壁に隔てられた幼馴染と差し出される左腕
「団長も副官もどこ行ってたんですか?」
「少し風に当たりにな。お前らもほどほどにしろよ」
「俺も風に当たっていただけだ。団長とは別の方向に居たみたいだが」
ローザに遅れてツェッドが野営地に戻ると高揚している部下に絡まれた。
ローザは何でもない顔をしながら部下の頭を軽く叩くと自分のテントに戻って行った。
その背中を見てツェッドは思う。
愛し合っているのに殺すならお互いの手で、ってどういう気持ちなのかと。
これもまた愛の形のような気がしてツェッドは機会を見てローザに聞いてみようと思った。
それから小競り合いをすること三度、ツェッドがこっそり抜け出すローザの姿を見慣れた頃機会はやってきた。
ローザから個人的な呼び出しがあったのだ。
また戦術の話をするにしろ、二人っきりで話すのでツェッドにはこれ以上ない機会だった。
ローザのテントに入ると早速戦術の話が始まった。
二時間ほど戦術を詰めた後、ツェッドは問いかけてみることにした。
「なぁ、あんたルーナ皇国のアランチオ騎士団長と愛し合ってるんだろ?」
「!? な、なぜそれを……!?」
ローザはあの頻度で抜け出していてバレていないと本当に思っていたのか(まぁ実際にツェッド以外にはバレていないのだが)、心の底から驚いたようにツェッドを見た。
ツェッドはそんなローザに野営地を抜け出すあんたを尾行したと言うと、更なる問いを問いかけた。
「愛し合っているのに駆け落ちしないのは何故だ? あんた達程の腕があれば追っても振り切れように」
ツェッドは不思議だった。
愛し合っているのならこんな戦争放り出して駆け落ちでもなんでもすればいいのに、と。
そんなツェッドにローザは出来ないさ、と憎らし気に呟いた。
「私も彼も自分の地位に責任と誇りを持っている。だから駆け落ちなんてできない」
ローザはそう言うと昔話を聞いてくれるか、と言って話し始めた。
曰く、ローザ達が幼い頃は今のように両国の間は険悪ではなかったらしい。
ローザとアランチオは国境の村に住んでいて、ルーナ皇国側の家に生まれたアランチオとソーレ王国側の家に生まれたローザは幼馴染だったそうだ。
「あの頃は誰がどちらを信仰してるかなんて関係なかった。皆関係なく良き隣人として生活してたんだ」
中央はどうだかわからないが、と言うローザの顔は哀愁を帯びていた。
同じ年に生まれたローザとアランチオは子供が少なかったこともあり、自然と一緒に遊ぶようになったという。
森へ探索に行ったり川辺で遊んだり、時には引退した騎士団の兵士から剣術を習ったりしながら穏やかに過ごしていた。
ローザとアランチオは自然と惹かれあっていたという。
そんなある日、国から勅令が下った。
曰く国境の村の中心に壁を建てよと。
「この勅令はソーレ王国からもルーナ皇国からも下ったものですぐに騎士団が来て、あっという間に壁を築いていった」
そうして物理的に別れさせられた二人は、僅かな壁の隙間から誓ったそうだ。
互いに騎士団長になって、自分達が友好の懸け橋になろうと。
その誓いは政治によって容易く壊された。
両国の間に何があったのかわからないが、太陽の女神を信仰するソーレ王国と、月の女神を信仰するルーナ皇国の亀裂は修繕できないほど深まり、必死に騎士団長の地位に就いた時にはもう手遅れだったと。
「戦場でアランチオと再会した時、駆け落ちを考えないわけではなかった。だがそれをするにはあまりにも両陣営に被害が出すぎていたんだ」
戦争はローザとアランチオが騎士団長の地位に就く前から始まっていて、多くの被害を出していたという。
ローザもアランチオも自国の兵士がこんなにも被害を出しているのに、自分達だけが駆け落ちして幸せになることは考えられないと悟ったそうだ。
「私も彼も多くの同胞を亡くした。その中には親友とも呼べる存在もいたんだ」
幼い頃に強制的に道を隔てられた二人は当然境遇も違う。
勿論互い以外の親友や尊敬する先輩も出来るわけで。
そんな親友達が戦場で散って行ったのに自分達だけが幸せになるわけにいかないと。
「私は国が憎い。信仰が憎い。そしてルーナ皇国の騎士団長アランチオも憎い」
愛しているからこそ騎士団長という地位に就いた相手が憎いのだとローザは言った。
そしてそれはアランチオも一緒だろうと。
友好の懸け橋になろうとして就いた地位が、こんなにも憎くなるなんて思ってもみなかったとローザは言う。
「きっとこの戦争は私が死ぬか、彼が死ぬかでしか終わらないだろう。私達は互いに多くの血を流しすぎた」
いや、もしかしたらどちらが死んでも終わらないかもしれないな、と言うローザは再び憎らし気に戦況を表す地図を見た。
「アランチオも私も立場上仕方ないということはわかっている。でも彼への愛と騎士団長としての彼への憎しみが入り混じっているんだ」
そう言うローザの声は揺れていた。
だから初めて密会をした夜誓ったのだと言う。
「私を殺すのはアランチオで、アランチオを殺すのは私だと」
どうせ死ぬのなら愛した互いの手で死にたいと二人は誓い合ったそうだ。
確かに二人は愛し合っている。
しかしその反対に二人は憎しみ合っているのだとツェッドは理解した。
だってそうだろう。
個としては愛し合っているのに、親友や尊敬する先輩、多くの同胞を殺した敵将としては憎くて仕方がないと言っているのだから。
ツェッドはこれをどう捉えればいいのかわからなかった。
愛し合っているのに憎み合っている。
それは反対の物のようで嚙み合っていて。
なんだかピースが合わないパズルを無理矢理合わせているような、そんな歪さを感じた。
でもこれもまたツェッドが探し求めていた物なのだろう。
ならば教えてもらった礼に自分が出来ることは……。
「ツェッド、今話したことは内密に頼む」
「わかっている。士気にかかわるからな」
ツェッドはローザのテントを出ると自分のテントに戻った。
その際に暫く自然と人を寄せ付けない魔法を使って。
「あの二人に俺が出来ることは……」
ツェッドは自身の左腕を見下ろした。
龍人の骨はその部位ごとに惹かれあう性質を持っている。
その性質を使えば互いの心臓を狙う弓が出来るだろう。
鏃に鱗を加工すればより正確にお互いの心臓を狙いあうだろう。
これは俺のエゴだ。
でもあの二人のために何かしたいと、そう思った。
ツェッドは剣を抜くとざしゅっと左腕を切り落とした。
ごと、と鈍い音共に左腕が落下する。
今までにない量の鮮血がテントに飛び散った。
ツェッドは燃えるような痛みにこれでいいのだと言い聞かせた。
そして傷口を塞ぐ治癒魔法を施し、飛び散った血を魔法で綺麗にする。
それから周囲にツェッドは元々隻腕だったと認識させる魔法をかけると、片手で左腕の加工を始めた。
陽が昇る頃には一対の短弓が出来ていた。
鱗を鏃に加工した矢も二本用意できている。
後はこれを渡すだけだ。
ツェッドは次に呼び出されたら渡そうとその短弓を木箱に隠した。




