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戦場に咲く、禁じられた毒の花

 ツェッドが意識を取り戻すとそこは野営に張るようなテントの中だった。

 湿った土の臭いがここが野営地なのだと教えてくれる。

 テントの中には藁が敷かれ、簡易ベッドとテーブル代わりの木箱が置いてあった。

 木箱の上にはいつも通り淡い光を纏った書物が置いてある。

 題名は『アモーレ・エ・オーディオについて』。

 ツェッドはいつものように書物を手に取ると表紙を開いた。

――この世界は『アモーレ・エ・オーディオ』。

 この世界は太陽の女神を信仰するソーレ王国と、月の女神を信仰するルーナ皇国の二つの国が戦争状態にある。

 貴方は流浪の傭兵からその実力を認められてソーレ王国騎士団の副官になった。

 ソーレ王国騎士団の団長の名前はローザ。

 彼女は武勇だけでなく戦術にも長けておりソーレ王国の要ともいえる存在だ。

 対してルーナ皇国騎士団の団長はアランチオ。

 彼もまたローザと匹敵するほどの武勇と戦術を持ち合わせておりルーナ皇国の要ともいえる存在だ。

 戦況は一進一退を繰り返していて被害は同等。

 この世界には魔法はないが魔術的な効果を付与された武器が存在する。

 それは古代兵器と呼ばれ、発見されるのは大変珍しい。

 この世界はソーレ王国が勝利を収めるがその後の統治により問題が生じ滅亡する。――

 ツェッドが書物を読み終わるといつもの通り淡い光の中に書物は消えていった。

 この世界の核となる人物はローザとアランチオだろう。

 いつも通り流れてきた記憶によるとローザはピンク色の髪に強い意志が宿った赤い瞳でかつ武人らしい身体付きをして白い鎧を纏った女性だ。

対するアランチオは遠目から見ただけだがオレンジ色の髪に同じく強い意志が宿った茶色の瞳でかつ体格が良く黒い鎧を纏った男性だ。

 記憶によればこの二人は何度も鍔迫り合いをしているが決着が着かず、毎回退陣を求められている。

 ツェッドからしてみれば二人ともまだ粗が見えるが両方とも将来有望な騎士団長ではある。

 それにしても女性の騎士団長か……ヴェルデを彷彿させるな。

 ツェッドは二度目の世界で出会ったヴェルデを思い出しながら、今度の騎士団長と王様もヴェルデとジャイロみたいな関係かもしれないし、出来る限り守ろうと決めた。


「ツェッド副官、団長がお呼びです」


「ああ今行く」


 テントの外から部下に話しかけられたツェッドは、副官の証であるマントを羽織るとテントの外へ出た。

 テントの外には沢山の医務テントが建てられており、医務官が忙しなく出入りしているのが見えた。

 戦況は一進一退と聞いていたが被害は大きそうだ。

 そう思いながらツェッドはこの野営地でも一番立派なテント、騎士団長のテントの中に入って行った。


「お呼びですかローザ団長」


「ツェッド……その堅苦しい喋り方は止めろと言っているだろう」


 特に今はお前と私しかいないのだから、というローザの顔には呆れが見えた。

 ツェッドがわざと堅苦しい言葉遣いをしたのがバレているようだ。


「悪い。で、何の用だ」


「それでいい。お前に敬語を使われると背筋がムズムズする。それで用件だが……」


 ローザの用件は次に使う戦術の話だった。

 ローザは半分を囮にし、背後から奇襲をかけるのがいいと思うがどう思う? とツェッドに問いかけた。

 ツェッドは団の被害状況を考えてそれではリスクが大きすぎると意見した。


「それなら三分の一を敵前逃亡させて追いかけてきたところを三分の二の戦力で叩いたほうが効果的だろうよ」


「なるほどな……確かにそれなら兵への負担が少ないか……だが」


 敵が釣れなかったらどうする? と問いかけてくるローザにツェッドは敵の被害も同等なのだから釣れないはずがないと言い切った。

 それから二人はツェッドの提案した戦術を使う方向で戦術を詰めた。


「逃げたぞ! 追え!」


「おい追うな!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」 


 数日後ツェッドの戦術は大成功を収めた。

 一人アランチオだけが罠に気づき追うなと声を上げていたが、疲弊した兵士達は単純な判断しかできず相手の三分の一ほどの戦力を削ることに成功した。

 しかしその代償は大きくこちらも三分の一ほど兵士が負傷した。

 負傷したと言っても軽度で、数日経てば戦線復帰出来る程度の負傷だったため大成功と言えよう。

 ツェッドは一進一退には変わりはないが相手に打撃を与えたと兵士達に褒め称えられた。

 ツェッドは褒め称えられた経験が少ないため居心地が悪く、明るいムード一色になっている野営地から少し離れた。

 すると外套を被った人物が野営地から出て行くのが見えた。

 密偵か? と思ったツェッドはその人物の後をひっそりと追う。

 密偵は馬に乗っていたが龍人のツェッドには関係ない。

 密偵と思われしき人物は馬を走らせルーナ皇国との戦況の中心地に着くと馬から降りた。

 そこには外套を被ったもう一人の人物がいた。


「アランチオ!」


「ローザ!」


 密偵と思われしき人物達はそれぞれ外套を取ると互いの名を呼んだ。

 月明かりに照らされた密偵の顔はそれぞれの国の騎士団長のものだった。

 二人はひしっと抱き合うとそのまま口付けを交わした。

 その光景を見れば愛に疎いツェッドでも嫌でもわかる。

 あの二人は愛し合っているのだと。


「アランチオ……無事でよかった」


「ローザ、君も無事でよかった」


 二人は近くにあった倒木に腰かけると月を見上げた。

 ローザは憎らし気に、アランチオは感謝するように。


「この戦争が無意味なものだと何故国は気づかないのだろう」


「信じる女神が違うんだ。対立が起こっても仕方がないさ」


 ローザは信仰の違いで戦争するなんて間違ってる、と吐き捨てた。

 そんなローザを宥めるように、彼女の頭を撫でながらアランチオは口を開いた。


「そうだね。信仰を認め合える仲だったら僕らも争わないですんだ」


「私達は争いたくないのに……女神のせいで」


「それを言っちゃいけないよ。僕達が祈れるのはこの戦争が早く終わることだけだ」


 アランチオはローザの唇に指を立てると再び月を見上げた。

 その瞳には、自分たちを引き裂く月の女神への呪詛と、それでも縋らざるを得ない祈りが同居していた。


「私はこの戦争が、アランチオの立場が憎くて仕方ない」


「僕もこの戦争と君の立場が憎くて仕方ないよ」


 僕達はこんなにも愛し合っているのに、それを引き裂くのだから……というアランチオの声は震えていた。

 ローザはそんなアランチオを慰めるように彼を抱きしめた。


「アランチオ……もし私を殺す者がいたとしたら貴方の手で」


「ローザ、勿論だよ。僕を殺す者がいたら君の手で」


 アランチオの言葉にローザは勿論だ、と返した。

 そうして二人は最後に再び口付けを交わすとゆっくり離れて行った。

 ツェッドは誰も居なくなったその場所を暫く見つめた後野営地に戻って行った。

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