【自覚】恋のパズルと「鱗」の代償
「ベッロ嬢!」
「あらルチェンテッザ様、覗き見は止めましたの?」
どうやらマローネはツェッドとオロが覗き見をしていた事を知っていたようだった。
オロはマローネの言葉にうっと詰まると悪かったと謝罪した。
「それは何に対しての謝罪ですの?」
「それは……覗き見に対しての謝罪と君があんな風に絡まれているとは知らなくて……その……」
オロは自分の気持ちが整理できていないようで歯切れ悪く言葉を吐き出しながらとにかく悪かったと頭を下げた。
マローネはそんなオロに溜息をつくといいですこと、と前置きをして言葉を紡いだ。
「覗き見に対しての謝罪なら要りません。あの状況でルチェンテッザ様やコレガメント様が入られた方が面倒ですわ。そして私が女子生徒に絡まれるから関わらないという謝罪でしたら私、とんだ見込み違いをしていましたわ」
「見込み違い……?」
「だってそうでしょう? 私は貴方様の学力と私を隣国の公爵令嬢として扱わない所を見込んでましたの。同じ学問を学ぶ身として切磋琢磨出来ると思っていたのに……ルチェンテッザ様はあんな羽虫の言うことに左右されて私と距離を取ろうとするのですね」
マローネの言葉にオロは反射的に違うと返した。
「違う……! 俺は君と距離を取るつもりはない。これからも学問を学ぶ身として切磋琢磨していけたらと思う。けれどそれをしたら君に迷惑がかかるだろう?」
「迷惑だなんて思わせんわ。所詮羽虫の言うこと。全く気にもなりません」
そこまで言うとマローネは嬉しそうに微笑んだ。
それは今まで見せていた公爵令嬢としての微笑みとは全く違っていて。
「ルチェンテッザ様と同じ思いであったこと本当に嬉しいですわ。これからも切磋琢磨していきましょう? とりあえずの目標は打倒コレガメント様、ですわ」
「……っ、君は意外と好戦的なんだな。万年一位のツェッドを負かそうなんて」
マローネはオロの言葉にふふ、と笑うと知りませんでしたの? と言葉を紡いだ。
「プロスペリタの女は強くあらねばなりませんことよ」
そう言って笑うマローネはとても美しく、オロは思わず顔を赤く染めた。
だがすぐ真面目な顔になるとオロはマローネに手を差し出した。
「プロスペリタの女性は……いや、君は強いんだな。その強さとても好ましく思う。これからもよろしく頼むよベッロ嬢。打倒ツェッドだ」
「ええ、打倒コレガメント様を目指して頑張りましょう」
そうして二人は握手をした。
ツェッドはその光景を見ながら何かのパーツが嵌まった気がした。
打倒ツェッドと言うめんどくさい目標を掲げられていたが。
ツェッドは穏やかに微笑みあう二人にバレないようにその場から去ると、オロの表情の変化を思い返した。
マローネが本当の笑みを見せた時オロはとても嬉しそうにしていた。
そして同時に顔を赤くもしていた。
これが何かのパーツのようで仕方がない。
ツェッドはこれからの日々を過ごせばその正体もわかるか、と思い明日の予習をすべく本に手を伸ばした。
それからの二人は変わった。
いや、ツェッドを挟んで嫌味の応酬をする点では変わらないのだがどこか雰囲気が柔らかいのだ。
たとえば魔法造形学において
「緊急防御用に咄嗟に展開出来るシェルターを作りましたの。どのくらいの強度か見ていただけませんことコレガメント様」
「その造形では大した強度は得られないんじゃないのかい? こうしたほうが良くないかなぁツェッド」
だったり(因みにオロが考案した術式を展開してもツェッドの魔法の威力には耐えられなかった。)
経営論では
「だからそれじゃ長期的な利益を得る前に民が疲弊するだろう。なぁツェッド」
「目先の利益ばかり取っていても領地は破綻しますわ。ねぇコレガメント様」
といったように嫌味に棘が無いと言うかどこか甘いのである。(因みにツェッドは中期的な案を出した)
しかも互いを見る視線がどこか優しい。
人の好意に鈍いツェッドでも流石に毎日挟まれていれば嫌でも気付くという物である。
それにこの瞳はジャイロとヴェルデと同じものだ。
あと、マローネがほかの男性生徒と話しているとオロが無意識に苛つくことが増えた。
この変化がどういうものなのかツェッドにはわからないが、これもまたパーツの一欠片だと思った。
そんなある日、ツェッドはマローネから内密に話があると言われ学園内にある植物園に呼び出されていた。
マローネが居たのは植物園の中でも奥にある人目が付かない四阿だった。
「お呼び出ししてしまい申し訳ありませんコレガメント様」
「いや、構わない」
それで、話とはなんだと促すとマローネはおずおずと話し始めた。
「最近、脅迫の手紙をよくもらうようになりまして……」
「手紙?」
マローネは学生服のポケットから一通の手紙を取り出すとツェッドに手渡した。
中を見ても? と問いかけると頷くので手紙を開けるとそこには本から切り取り貼り付けた文字でこれ以上ルチェンテッザ様達に近づいたら殺す、と書かれていた。
「この程度の手紙に屈するつもりはありませんがもし私のみに何か起こった時に誰かにしていてもらえば話が早いと思いまして」
「魔力の残滓は感じられないな。こういう手紙はどこで?」
ツェッドはめんどくさいことに巻き込まれたなと思いつつマローネに聞き込みをした。
マローネが実際に殺されてしまったら隣国との戦争になること待ったなしだからだ。
ああ、そういえばこの世界はそれが原因で滅びるのだったな、と思いつつだからと言って見捨てるのも後味悪いのでツェッドは犯人を特定しようと決めた。
「部屋の扉に挟まれていたり教室の机だったり様々ですわ」
「そうか……なるべく犯人を早く特定出来るよう努力するがそちらも気を付けてくれ」
ツェッドの言葉にマローネはええ、と頷いた。
マローネも大事にしたくないからツェッドを人目につかない所に呼んだのだろう。
じゃあ、とツェッドが去ろうとするとマローネは呼び止めた。
「何だ」
「あ、あの今度ルチェンテッザ様と勉強会を開くことになったのですがその軽食としてお菓子を出そうと思うのです。もしよろしければルチェンテッザ様のお好みのお菓子を教えていただけないでしょうかっ?」
マローネとしてはこちらが本題だったのだろう。
頬を赤く染め制服の端をギュッと握りながらツェッドの返答を待っている。
ツェッドはオロといつの間にそこまで親密になったんだと思いながらも記憶を引っ張り出す。
確かオロは……。
「レモンのマドレーヌが好きだったはずだ。勉強会にはもってこいだろう」
「ありがとうございます! お呼び立てしてしまい誠に申し訳ございません」
「いや、構わない」
ツェッドは今度こそマローネの前から去った。
マローネの先程の表情にまた何かパーツが嵌まる音を感じながら。
ツェッドが寮に戻りどうやって犯人を割り出すか考えているとトントンと部屋の扉をノックされた。
「誰だ」
「俺だよツェッド。話したいことがあるんだ中に入れてくれないか?」
ノックの正体はオロだった。
ツェッドは扉を開けてオロを招くとソファーに腰かけるよう促した。
「何の用だ」
「あー……その……」
オロはきょろきょろと視線を動かしながら言いにくそうに口をもごもごとさせていた。
ツェッドはそんなオロの様子に若干苛つきながらもオロが話し始めるのを待った。
結局オロが話し始めたのはソファーに座って十分が経った頃だった。
「さっき男子生徒が噂してたんだけどよ……今日ベッロ嬢と会っていたって本当か?」
「ああ」
ツェッドが頷くとオロはガットツェッドの肩を掴んだ。
その表情は真剣そのもので、ツェッドは何がオロにそんな表情を差せているのかわからなかった。
「何の話をしていたんだ!?」
「別にお前には関係ない。お前こそ何故知りたがる」
ツェッドはマローネが脅迫されていることは秘密裏に処理した方が良いだろうと判断し、オロを突っぱねるとなんでオロが気にするのか問いかけた。
オロはそれは……と再び視線を迷わせるともごもごと口を開いた。
「わからない……ただ他の男とベッロ嬢が会っていたというのにもモヤモヤするし、特にその相手がツェッド、お前だと特に焦燥感にかられる上にモヤモヤするんだ」
オロは自分でも感情が整理できていないようでとにかくお前は駄目なんだ……と呟いた。
その様子にツェッドは番を狙う相手を牽制する男性を思い浮かべた。
ん? 番?
ツェッドの中でかちりとピースがすべて嵌まった気がした。
「オロ……よくわからないがそれは好きとか惚れてるとかそういうものじゃないのか……?」
「惚れ……!? 俺が……!? ベッロ嬢に……!?」
オロはツェッドの言葉に物凄く動揺した。
でもそうだろう。
オロがベッロ嬢に話しかける男に苛ついていたのも、モヤモヤするのも全部番が他に取られるんじゃないかと不安になると喚いていた男達と全く一緒だ。
ツェッドにはその感情がわからないが言うなればこれは恋、というやつなのではないだろうか。
「たとえば俺がベッロ嬢にキスをしたと言ったらどうなる?」
「キ……!? それはとても嫌だ!! どうせするならツェッドじゃなくて俺と……!!」
「それを恋というんじゃないのか」
オロはマローネに恋をしている。
そしてマローネもきっと……。
癇癪を覚えた子供のようになってはっとかえっとか騒ぐオロを見ながら恋もまた愛の一つととっていいのではないかと思った。
だって今までの経験から言うと何かを大切に思う気持ちが愛なのだろう。
それはツェッドにはまだ理解できないものだけれどとても尊いものだということは今までの世界で経験してきた。
ツェッドはオロにも整理する時間が必要だろうと考え、うるさいから出て行けとオロを部屋から追い出した。
最後までオロは俺が恋……!? ベッロ嬢に……!? と困惑している様子だったが要領のいい男だ、明日には自分の気持ちを整理しているだろう。
ツェッドはオロが恋に落ちたとしたのならあの追いかけた時だろうと思い、気づかない間に恋愛という物に触れてきたのだなと実感した。
オロの困惑と高揚が入り混じった表情を思い返しながら、ツェッドは考えていた。
恋という感情は、ツェッドにはまだよく分からない。
分からない以上、どう扱えば正しいのかも分からない。
それでも、何か礼をしたいとは思った。
ツェッドが今までそうしてきたように。
その結果としてツェッドが思いついたのは、薬だった。
翌日の放課後ツェッドは薬学室に居た。
今回使うのは鱗だ。
龍人族の鱗には様々な効能があるが、煎じてある特定の薬草と合わせると感情を一時的に強く揺さぶる薬が出来る。
それは恋を「生み出す」ものではない。
ただ、すでに芽生えている感情を、本人が自覚しやすくするだけの代物だ。
この薬を作るのに必要な鱗の枚数は二十枚ほどか。
ツェッドは左腕をまくると鱗に刃を突き立てた。
合わせる薬草は既に入手済みだ。
万年一位という肩書はこういう時に役立つ。
ツェッドは鱗を剝ぎ取り終えると薬の調合に入った。
出来上がったのは無味無臭の透明な液体。
小瓶一本ほどのそれは完璧な惚れ薬だった。




