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【救済の代償】龍人の瞳と、偽りの父へ

 ビアンカとネロが決別して数か月が経った頃、王都に奇病が流行り始めた。

 それは身体にカビのようなものが生え、徐々に全身の機能が低下し始めると言ったものだった。

 この病がどこから来たのかはわからない。

 しかしこの病がこの世界を滅ぼすのだろうと言うことだけはツェッドは確信していた。

 ツェッドが最初に観測した限りこの病に最初に感染したのはネロだった。

 他にもいたかもしれないがツェッドには知る由もない話だ。

 最初は咳が止まらないとツェッドの店を尋ねたネロだったが次第に身体にカビのようなものが生えていった。

 ツェッドは往診をしながらあらゆる薬を試したが完治には至らなかった。

 せいぜい機能の低下を抑える薬を出すだけ。


「罰が当たったんだ……ゴホッ、俺が……ビアンカを騙していたから」


「弱気になるな。弱気になると病が進行する」


 ツェッドは薬を調合しながら弱気になっているネロを叱咤した。

 この病気はこの世界にある薬草じゃ治せないのをツェッドは理解していた。

 なぜならあらゆる病気の記録が残っているツェッドの書斎にない病気だからだ。


「お前は本当にビアンカを娘としてみたことが無いのか?」


「俺は……ゴホッ、アルジェリカ様に身の程知らずな思いを抱いていた。ゴホッ、だからアルジェリカ様の御子であるビアンカを殺すことはできなかった……本当は娘のように思っていたよ」


 烏滸がましくもな、と笑うネロの言葉に嘘はなくて、あの時娘と思ったことはないと言ったのはビアンカのためなのだとツェッドは悟った。

 一般市民としてのビアンカよりルモレの姫としてのビアンカの方が待遇が良いだろうから手放したのだと。

 その方がビアンカのためになるのだと信じて。

 これが親が子を思う気持ちかとツェッドは理解した。

 一方ルモレの居住区に身を寄せていたビアンカは老父からネロが最近流行っている奇病に罹患したことを知る。


「え……? お父さんが……?」


「あの男は姫のお父上ではございません。罰が当たったのでしょう」


 ルモレの居住区の中で可能な限り上等な暮らしをしていたビアンカは老父の言葉に罰……? と呟いた。

 老父はビアンカの言葉にだってそうでしょうと口を開いた。


「あの男は烏滸がましくも姫の父親を名乗っていたのですから」


 姫を一般市民として過ごさせるなんて罰が当たっても仕方ないですよ、という老父にビアンカはそんなことない! と叫んだ。


「お父さんとの暮らしで困ったことなんて一つもなかった!」


「あっ! 姫様!!」


 ビアンカはルモレの居住区を飛び出すとツェッドの家に向かった。

 ビアンカが知る限りで一番有能な薬売りはツェッドだからだ。


「ツェッドさん! いる!?」


「ビアンカ……随分上等な身形になったな」


 数か月ぶりに会ったビアンカは、ネロの元に居た時より数段上等な身形になっていた。

 しかしビアンカはそんなこと関係ないというようにお父さんを助けて! とツェッドに向かって叫んだ。


「ネロとお前は本当の親子じゃないだろう。それにネロはお前を騙していたんだぞ」


「そんなこと関係ない! お父さんは目一杯私を愛してくれていた! 騙したなんて言わないで!」


 私が出来ることなら何でもするからお父さんを助けて! と叫ぶビアンカをツェッドは訳の分からないものを見る目で見た。

 血の繋がっている親子でも一度確執が起これば見捨てるというのに、血の繋がっていないビアンカがネロのためにそこまで身を犠牲にしようとするのが理解できなかったのだ。


「実の親子でもないのに何故そこまで身を切ろうとする? ネロはお前の両親を殺したんだぞ」


「確かにお父さんは父上と母上を殺したのかもしれない。けれど六歳の私を今まで愛情をかけて育ててくれたのは事実だもの! それだけでお父さんのために何でもする理由になるわ!」


 だからお父さんを助けて! と叫ぶビアンカにツェッドはこれもまた一つの愛の形なのだと理解した。

 名付けるなら親子愛だろうか。

 父であるネロはビアンカの将来を思い突き放し、子であるビアンカは父のために何でもすると言う。

 これが愛の形でないというのならば何というのか。

 幼少期に親から見放されたツェッドには理解しがたい愛の形だがそれ以外当てはまらないだろう。

 ツェッドはビアンカにわかった、と返事をした。


「本当!?」


「ああ。だがこれは量産出来る薬ではない。他言は無用だ。いいな」


「わかった!」


 幸いネロが奇病に罹患したことを知るものは少ない。

 老父もネロのことを嗅ぎまわっていたから知ったに過ぎない。

 ならば魔法で記憶を弄ればネロが奇病に罹患したことを隠せるだろう。

 そう考えたツェッドは調合に入ると言って書斎に籠った。

 そしてナイフを取り出すと自身の左目を抉りだす。

 ぐりゅっとした感覚と共に炎が走ったかのような痛みが身体中を巡る。

 それでもツェッドは左目を抉りだした。

 龍人族の瞳にはあらゆる病気を治癒させる能力がある。

 故にツェッドは自身の左目を抉りだした。

 ツェッドは魔法で止血をすると調合を開始する。

 時間にして二時間、ツェッドは薬を作り上げた。

 その際にツェッドが元々片目だったと周囲の記憶を弄るのも忘れない。

 ツェッドは眼帯をクラフトすると左目に身に着け書斎から出た。


「出来たぞ」


「ツェッドさん……ありがとう!」


 礼を言うビアンカにそれは治ってからに取っておけと言ったツェッドは、その足でネロの家に向かう。

 当然ビアンカも着いてきた。


「ネロ、入るぞ」


「お父さん! 大丈夫!?」


「ビアンカ!?」


 ネロの家に着くとツェッドはノックしてから扉を開け中に入った。

 その際にビアンカも中に入り寝室に駆け上がるとネロの元へと向かった。

 寝室からネロの困惑した声が聞こえてくる。

 ツェッドは薬を手に持ちながら小言を言われるだろうなと思いつつネロがいる寝室に向かった。


「ツェッド! 何故ここにビアンカがいるんだ! ビアンカ、移るから出ていきなさい」


「私がツェッドさんに治る薬を調合するよう頼んだの! お父さんが奇病に罹っているのに出ていけるわけないじゃない!!」


「とりあえず特効薬が出来たから飲め」


 ツェッドの予想通りネロから小言が飛んできたがビアンカが言い返していた。

 ツェッドはネロが寝ているベッドのサイドチェストに先程調合した薬を置くと、水差しから水をコップに注いだ。


「特効薬……?」


「量産は出来ないから他言は無用で頼む」


「量産は出来ないって……無茶してないだろうな」


 訝しむネロにいいから飲めと促すとネロは渋々と言った感じで薬を飲んだ。

 途端ネロの身体からカビのようなものが消えていく。

 病床にいたことによりやつれた頬も生気を取り戻した。


「すごい……」


「身体が一気に楽になったんだがツェッドこれは……?」


「秘密だ」


 まさか目玉を使いましたとは言えずツェッドは無表情で誤魔化した。

 それに対しネロが何か言おうとしたがその前にビアンカがネロに抱き着いた。


「お父さん! 治ってよかった!! 本当に治ってよかったよお!!」


「ビアンカ……」


 ビアンカは泣きながらネロに抱き着いていて、ネロはそれを宥めるようにビアンカの背中に腕をまわした。


「父と呼んでくれるのか……罪深い俺を……」


「当り前じゃない! 私にとってお父さんはお父さんしかいないよ!」


 ツェッドは泣きながら抱きしめあっている二人を見ながらネロが奇病に罹った記憶を周囲から消していた。

 しかしネロ一人救えたとは言えこの世界は奇病がきっかけで滅びる。

 即ちビアンカもネロも何かしらの原因で死ぬと言うことで。

 この世界が滅びるのは何とも思わないが、二人が死ぬのは何とも言えない気持ちになった。

 そう思った途端グンッと意識が引っ張られる感覚がする。

 どうやら今回はここまでのようだ。

 ツェッドは泣きながら笑うという器用なことをしている二人を背に寝室から去った。

 身体がどんどん透けていくのがわかる。

 ツェッドはあの親子のことをもっと見たかったなと思いながら意識を手放した。

 ツェッドの存在をすっかり忘れた親子は顔を見合わせて笑いあっていたという。

 ツェッドが意識を取り戻すといつぞやと同じく目の前にはカイトが居た。


「おや。今回は左目を差し出されたのですね」


「何か悪いか」


 ツェッドは半分になった視界でカイトを見た。

 近くにいる女性がガタっと音を立てたが気にしない。


「いえ。ただ貴方の何がそうさせるのかと。どうせ滅ぶ世界なのに」


「俺はその時にあったものを差し出してるに過ぎない」


 おしゃべりはここでしまいだ、と言うようにツェッドは立ち上がった。

 今から行かなければならない所があるのだ。


「ねぇ」


 そんなツェッドに駆け寄る女性が一人。

 外套を被り緑色のワンピースを纏った女性はツェッドにこう問いかけた。


「貴方はそこまでして何を見てきたの?」


「愛を見てきた」


 ツェッドは女性の問いにそう答えると店を出た。

 その足でクーラ草が生えている地域まで向かう。

 前なら竜化して飛べば一瞬だったがツェッドには片翼しかない。

 だから飛べない。

 それに視界が半分なのにも慣れてないから多少時間は食うだろう。

 今でも平衡感覚が来るって人にぶつかりそうなのだ。

 慣れるまでの我慢とはいえ仕方がない。

 けれどなるべく早くクーラ草を手に入れなければ。


「くそっ、視界が半分と言うのは存外やりにくいな」


 ツェッドは崖を昇りながら襲い来るモンスターを魔法や剣術で仕留めていった。

 ツェッドがクーラ草を手に入れたのはカイトの店を出てから三日が経った頃だった。


「おい」


「あ、ツェッド……」


 ツェッドは以前話しかけてきた少女を見つけ出すとずいっと手を差し出した。

 その手には沢山のクーラ草が握られていた。


「これで足りるか」


「これ……クーラ草……!? でもお金……」


「ただの気まぐれだ。いるのか、いらないのか」


 ツェッドが手を引っ込めようとすると少女はその手をガシリと掴んだ


「いる! ありがとうツェッド!!」


「別に」


 ツェッドは少女にクーラ草を押し付けるとその場を去った。

 その様子を見ていた街の人々があの傍若無人のツェッドが……!? と驚いている気配を感じたが知ったことではない。

 勿論その様子は店に居た女性も見ていた。


「あいつが無償で働くなんて……それにクーラ草を……」


 確かにツェッドは変わってきているのかもしれない。

 それもいい方向に。

 けどそれを認めるのはなんだか癪に障るので女性はまぐれよ、まぐれと言い聞かせてその場を去った。

 片目を失ったツェッドだがその能力が衰えることはなく、むしろ感覚が研ぎ澄まされて以前より強くなっていた。

 そんなツェッドが厄介な依頼を多数片付けて再びカイトの店に行くのは一か月後の話。

 さて、今度はどんな愛に出会うのか。

 それは神のみぞ知る。                    

第四章閉幕です。第五章はありきたりだけれど自覚が難しい愛に触れる話……。

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