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【決別】明かされた正体と親子の別れ

 翌朝、記憶が間違っていなければいつもの通りビアンカとネロがツェッドの家を訪ねてきた。


「ツェッドさん! 今日は王都観光の日だよ!」


「わかってる」


 朝食を食べながらぴょんぴょんと兎のように跳ねそうなビアンカを見ているととても王族とは思えない。

 只の十代の小娘である。

 ネロはそんなビアンカに落ち着くように促していて、この二人が親子じゃないと疑う者はいないだろうという具合に親子が型についていた。


「今日はどこに行くんだ?」


「今日は博物館に美術館と市場!」


 それ午前中に廻れるのか? という疑問はあったがツェッドは何も言わなかった。

 美術館にも博物館にも特に興味は無かったからだ。

 市場はまぁこの国がどれだけ栄えているか身をもって実感出来るから悪くないと思った。


「お父さんは博物館にも美術館にも詳しいんだよ!」


「市場はビアンカの方が詳しいがな」


「ビアンカが市場に行って大丈夫なのか? ルモレ人は偏見に晒されるんだろう?」


 ツェッドの疑問にビアンカは確かにそうだけど……と前置きしたうえででも大丈夫! と笑った。


「六歳の時お父さんが市場に連れて行ってくれたから、市場の人はもう家族みたいなものなんだ!」


 アウレオラ人も六歳の子供を差別する心を持ち合わせていなかったということだろうか。

 それともネロの信頼が厚かったか。

 どちらにせよビアンカはルモレ人の色眼鏡で見られていないことがわかった。


「ならいいが……そういえばビアンカの母親はルモレ人なんだよな?」


「お父さんが言うにはそうみたい。私、六歳までの記憶無いんだ」


 ビアンカの言葉にツェッドはなるほど、と納得した。

 六歳ならある程度の記憶はありそうなものなのに何故ネロを父親として慕っているのか不思議だったのだ。

 当時本当の両親が殺されたことが相当ショックだったのだろう。

 それにより記憶が封印され、ネロを父親だと思い込んでいる、と。


「なんか湿っぽくなっちゃったね。ツェッドさん、早く行こ!」


「わかったから引っ張るな」


 ビアンカはにぱっと笑うとツェッドの腕を引っ張りツェッドの家を出た。

 ネロはその後ろを音も無く着いてくる。

 ビアンカに最初に連れてこられたのは美術館だった。

 そこにはアウレオラの美術品に加えルモレの美術品も並んでいた。

 ツェッドはネロの説明を聞き流しなら周囲を見渡す。

 この美術館は誰にでも開かれているようでいて、ルモレ人が入ることはよく思ってないようだった。

 皆ビアンカのことをちらちらと見てはひそひそと悪口を言っている。

 ビアンカは慣れているのか気にせずネロの説明を聞いている。


「お父さん、あの絵について説明して!」


「ビアンカは本当にあの絵が好きだな」


 ビアンカが指さしたのは美術館の隅、誰も人が通りがからなそうな所に飾ってある一枚のルモレ人の女性とアウレオラの王族が描かれている絵だった。


「この絵はアウレオラの王宮に招かれたルモレの王妃、アルジェリカ様を描いた絵だ」


「この絵を見ているとなんだか懐かしい気分になるんだよね」


 描かれている女性はどこかビアンカに似ているような気がした。

 いや、同じ髪型にしたら瓜二つなのだろう。

 これは昨日の老父がビアンカを見つけたら騒ぐな、とツェッドは思った。

 その予感は後に大いに当たることとなる。

 美術館を回った後は博物館を巡り、市場にやってきた。


「ビアンカちゃん! 今日は男前を二人も連れてるね!」


「おばさん! この人はツェッドさんだよ! この間王都に来た薬売りさんなの!」


 市場に着くと早速ビアンカは声をかけられた。

 それは果物屋の女性で、ビアンカと親しげだ。

 ビアンカが市場に詳しいというのは本当らしく、最初の果物屋を始め八百屋や雑貨屋、穴場になっている揚げ物屋など色々と紹介してきた。


「ここの串揚げは美味しいんだよ!」


「確かに美味いな」


 ツェッドはビアンカにおすすめされた串揚げを食べながら辺りを見渡した。

 周囲には昨日の老父の姿は見えない。

 しかしこの市場でのビアンカの人気からして老父がビアンカに近づくのも時間の問題だろう。


「アルジェリカ様……?」


「え?」


 噂をすれば何とやらか、市場の端の方に居たにもかかわらず昨日ツェッドを尋ねてきた老父がビアンカの前に現れた。

 老父はビアンカの姿を視野に入れるとよろよろと近づいてきて、ビアンカの顔をよく見ようとした。

 それを阻止したのはネロだ。

 ネロはビアンカを隠すようにビアンカの前に立った。


「お前は……グリージョ……! そうかお前がビアンカ様を連れ去ったんだな……!」


「なんのことだか。俺はグリージョなんて名前じゃない」


 惚けるネロに老父は忘れるものか……! と声を上げた。


「王とアルジェリカ様を殺した上にビアンカ様を連れ去ったお前の顔を忘れるものか!!」


「アルジェリカ様って……ルモレの王妃様だよね……?」


 殺したってどういうこと……とビアンカが困惑した様子でネロを見やる。

 ネロは無表情のままビアンカの前に立っている。


「私はあの日王宮の用事で城を抜けていたから助かったが、お前の顔を忘れたことはないぞアウレオラの犬が!」


「……ここだと騒ぎになるから場所を移さないか?」


 いくら隅とはいえ市場。

 老父の大声にチラチラと視線が集まって来ていた。

 それを実感したのか老父とネロ、そして困惑しているビアンカはツェッドの提案を受け入れツェッドの家に移動した。


「そもそもなんであんたはネロがグリージョという奴だと思うんだ?」


「市井の噂とグリージョの目付け役が私だったからです」


 市井の噂と言うのはグリージョが王と王妃を殺したという物だろう。

 ビアンカのことを必死に探していた老父のことだ、ツェッドとは別の方法で情報を手に入れたのかもしれない。

 グリージョの目付け役だったら顔を覚えていても可笑しくはない。


「ビアンカ様……貴女様は亡きアルジェリカ様の忘れ形見、ルモレの姫なのですよ」


「そんなこと言われても……私はお父さんと暮らしていたただの市井の娘だし……ねぇお父さん?」


 ビアンカは突然自らの出生について言及され縋るようにネロに返答を求めた。

 一方ネロはここいらが潮時と思ったのか小さくため息をつくと口を開いた。


「お前はこの老父が言うようにルモレの姫だ。十年前私がルモレの王と王妃を殺して城に火をつけた際、六歳のお前を殺すのはあまりに忍びなくて私が攫った」


「そんな……嘘でしょお父さん! 私はお父さんの娘だよね!?」


 ビアンカの悲痛な叫びにネロは顔を顰めながら首を横に振る。

 それはビアンカとネロが本当の親子ではないと証明するには十分だった。


「お可哀そうにビアンカ様。この男を父親だと思い込ませられるようにお育ちになられたのですね」


「おじいさんは黙ってて! ねぇお父さん嘘だと言ってよ! 私はルモレの王族なんかじゃなくてただのお父さんとルモレ人のお母さんの間に生まれた一般市民だよね!?」


「お前はルモレの王妃、アルジェリカ様の娘だ」


 ネロのその言葉はビアンカと決別するには十分で。

 ビアンカはボロボロと涙を零しながら噓でしょ……と呟いた。


「私はお父さんの娘じゃなかった……?」


「お前を娘として接した記憶はない。本当は成人した時に全てを明かすつもりだった」


 ネロの言葉にビアンカは立ち上がるとネロの頬を叩いた。

 パシン、と乾いた音がツェッドの家に響く。


「お父さんの馬鹿! 知らない!!」


「ビアンカ様!!」


 そうしてビアンカはツェッドの家を飛び出した。

 その後を老父が追って行く。

 ツェッドの家には頬を赤く腫らしたネロと、傍観に徹していたツェッドだけが残された。


「追わなくていいのか?」


「ああ。遅かれ早かれこうなっていたからな」


 ツェッドの問いかけにネロはそう答えると騒がせたなと謝ってツェッドの家を出た。

 残されたツェッドはこの状況でどうやったら俺が求めるものが手に入るんだ? と疑問に思いながらも今出来ることは薬売りとして生計を立てることだけなので調合を始めた。

 一方外に飛び出したビアンカは老父に連れられルモレ人の居住区に居た。


「アルジェリカ様……!?」


「いや、アルジェリカ様はお亡くなりになったはず……もしかしてビアンカ様か……?」


 初めて訪れたルモレ人の居住区は王都の端にあり、普段そこから出ないルモレ人達にビアンカは迎え入れられた。

 ルモレの姫、ビアンカとして。


「本当のお父さんとお母さんのことを教えてもらえますか……?」


「姫様、そんなに畏まらないでください。王と王妃様のことでしたら喜んでお話します」


 そう言ってルモレの王宮のただ一人の生き残りである老父はビアンカの父親である王と王妃のアルジェリカについて語った。

 ビアンカは老父の言葉を聞く度に過去の記憶が蘇っていくのが分かった。

 優しかったけれど威厳があった父と、お転婆なビアンカを優しく受け入れる母。

 ある日いつものように母の元へ訪ねるとそこには血に濡れた父と母の姿があったこと。

 血に濡れた両親の前には黒髪に金色の瞳の男が立っていたこと。

 自分は父と母の凄惨な姿にショックを受け、気を失ってしまったこと。

 そして目が覚めたら記憶喪失になっていたこと。

 すべて思い出した。

 と同時にネロとは本当に親子ではなかったのだとビアンカは涙を流した。


「泣かないでくださいビアンカ様。貴女様にはルモレの民がいます」


「そうです。貴女様は我々ルモレ人の光なのですから」


 そうしてビアンカはルモレの居住区に身を寄せることとなった。

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