薬売りと親子
ツェッドが意識を取り戻すとレンガ造りの家の中にいた。
キッチンにリビング、書斎に寝室、浴室と全て揃っている辺り文明の水準が伺える。
リビングのテーブルの上にはいつもの通り淡い光を纏った書物が置いてあった。
ツェッドは今度は目を離さないと心に決めつつ、『ジェニトーレ・フィッリョについて』と書かれている書物を手に取り表紙を開いた。
――この世界は『ジェニトーレ・フィッリョ』。
貴方はこの世界で最も栄えている国、アウレオラの首都ラッジョに住み着いた旅人。
アウレオラは十年前戦争しており、隣国のルモレを滅ぼし吸収している。
アウレオラの栄光はルモレの技術を取り入れているからと言ってもいい。
そのルモレには幼き姫がおり、城が落城するとともに姿を消している。
この世界は魔法が発展していない代わりにルモレの技術によって製薬が発展している。
貴方は旅の薬売りとしてアウレオラの首都ラッジョに住み着いた。
貴方の店は質が良いと評判になっており、常連客も増えてきた。
常連客の中には十代の女性の姿もあり、その女性とは親子ぐるみで食事を共にしている。
この世界では人以外の種族は存在しないので竜化はおすすめしない。
また、この世界は疫病によって滅びることになる。――
ツェッドが常連客もその十代の娘も知らんぞ、と思ったらヴィオラの時と同じく記憶が雪崩れ込んできた。
十代の娘の名前はビアンカ。
その父親の名前はネロ。
父親の年齢は四十が過ぎたというところか。
ビアンカは長い白銀の髪を縛り水色の瞳をしていてどこか気品ある顔立ちをしている少女で、ネロは肩に着くか着かないかくらいの長さの黒髪に無精髭を生やした鋭い金色の瞳をしている中年の男性だ。
この二人は首都に辿り着いたばかりのツェッドに親切に接してくれ、それ以来親子ぐるみで食事に行ったりしている仲、だそうだ。
ビアンカは活発な娘でネロは物静かな男だ。
血の繋がった親子、というのが信じられない位に二人の性格は真反対だった。
だがしかし、今回核となるのはこの親子だろうと思う。
「薬の知識は……書斎を見ればいいか」
ツェッドは簡単な調合は出来るがあくまで冒険者だ。
本格的な薬の知識があるわけではない。
書斎に行くとこの世界の文字で薬について書かれている書物やレポートが沢山あった。
調合に必要な道具も置かれている。
ツェッドはこれ一晩で読めるか……? と思いながら書物の一冊を手に取った。
翌日、ツェッドは目の下に軽く隈を作りながら薬を調合していた。
その手つきは迷うことなく、生来の器用さが伺える。
ツェッドは徹夜で書物やレポートを読み漁った。
そうしないと翌日薬屋を開けないからだ。
核となる人物達に怪しまれるのは困る。
それだけの理由でツェッドは膨大な量の書物とレポートを読破した。
その内容が全て頭に入っているのだからツェッドの頭脳の良さが垣間見える。
「ツェッドさーん! 朝ごはん食べよー!」
「また徹夜で調合してないか?」
「……はよ」
コンコン、と玄関のドアを叩く音がしたと思ったら、外からビアンカとネロの声が聞こえた。
ツェッドは調合の手を止めると玄関のドアを開けビアンカとネロを招き入れた。
人付き合いなどめんどくさいこと最低限しかしたくないツェッドだが、ビアンカとネロはこの世界の核になる人物だろうから付き合わないわけにはいかない。
なので最低限の挨拶だけする。
「あ! ツェッドさん隈出来てる!」
「また徹夜したのか」
「うるせぇ。飯食べるんだろ」
ビアンカが目敏くツェッドの隈に気づき、ネロが諭すように何か言いかけるのを邪魔するようにツェッドは悪態をつくとビアンカとネロをキッチンに追いやった。
ビアンカは仕方ないなーと言いながら持ってきたパンをツェッドが出した皿の上に並べ、ネロが作ってきたのであろうパンに挟む具を並べた。
ツェッドはそれを尻目に簡単にスープを作ると木皿にスープをよそう。
ツェッドが席に着けば朝食を食べる合図だ。
「「「いただきます」」」
三人揃ってパンに手を伸ばす。
ネロが用意した卵やハム、コールスローなどはどれもパンと相性が良く、とても美味しかった。
ツェッドが簡単に作ったスープも好評でビアンカは美味しい美味しいと言いながらスープを飲み干した。
「ツェッドさんは今日もお店を開くの?」
「調合がまだ残っているから調合が終わり次第だな」
ビアンカはツェッドの返答にそっか、と言うと倒れないように気を付けてねと笑いながら言った。
その表情は何か言いたげだったがツェッドにはわからない。
そんなツェッドを見かけてネロが小声でビアンカはお前に王都を案内したいんだと言った。
「ちょ、お父さん!」
「お前は折角王都に来たのに薬に関係するところを抑えた以外どこにも行ってないだろう。それをビアンカは気にしているんだ」
王都には薬に関係するところ以外にも見所は沢山あるからな、と言うネロにツェッドは首を傾げた。
仮にネロが言う通り自分がほぼ引きこもりだとして、それを何故ビアンカが気にかけるのか。
ビアンカはネロを軽く叩くと気にしないで、と言った。
「ツェッドさんにもこの街を好きになって欲しいだけだから!」
ビアンカは本当にこの街が好きなのだろう、色々あるのよと言いながら美術館や博物館、オペラの舞台に大衆食堂など様々な場所を上げた。
ツェッドはそれを聞きながらどれも興味がないなと思ったが、核となる人物に近づくためにはある程度付き合うのも必要か? と思った。
そのため、二日後なら定休日だが急患が来ることも考えて午前中なら時間が作れる、と述べた。
「本当!?」
「嘘をついてどうする」
「じゃあ案内するね! お父さんも一緒に!」
お父さんも二日後はお休みだからいいよね!? というビアンカの迫力は凄まじく、ネロはあ、ああと若干戸惑いながら頷いた。
そういえばネロは何の仕事をしているのだろう。
そう思って記憶を探ると大衆食堂で料理を作っているのだという情報が引っかかった。
どうりでパンに合わせる具が美味しかったわけである。
「じゃあ二日後の朝迎えに来るから準備しておいてねツェッドさん!」
「わかった」
そんなに念を押さなくても明日も朝飯を食いに来るだろうと思いながらもツェッドは頷いた。
そうして朝食を終えるとビアンカとネロは、特にビアンカが楽しみにしてるからね―! と言いながらツェッドの家を去って行った。
「騒がしい娘だ……それにしても」
ツェッドは食事をしている時のネロの所作を思い出す。
ただの大衆食堂の料理人にしてはやけに無駄な動きが少なかった。
料理人と言うよりむしろ訓練された……。
そうだとしたら身分を偽っているのだろうか。
いや、記憶によると料理人として働いている姿がある。
過去はどうあれ今は大衆食堂の料理人と言ったところか。
「まぁ、関係ないか」
ネロの過去がどうあれツェッドには関係ないことなので、ツェッドは一伸びすると薬の調合に戻った。




