第四章~ジェニトーレ・フィッリョ~
二話連続更新二話目です。
「お兄さん! あのツェッドだよね!! お願いがあるの! お父さんを助けて!」
「あ?」
ツェッドがヴィオラのことを忘れるように膨大な量の依頼を受けて二か月、それも一息ついたというところで少女に声かけられた。
因みにツェッドは片翼を失ったことによる重心の狂いを難なく調整し依頼を果たした。
そのため現段階でツェッドが片翼を失くしたと知っているのはカイトと記録屋にいた女性だけだった。
ツェッドは足を止めると五歳くらいの人族の少女を見下ろした。
少女はボロボロで見るからに裕福ではないことがわかる。
「お父さんにはクーラ草が必要なの! お願い!」
「金払えるのか?」
クーラ草は断崖絶壁の崖の上に生息しており、その崖は高難易度のモンスターが寝床にしているため上級冒険者でも難しい。
故にツェッドに頼んだのだろうがギルドを通していない依頼を受けると後が面倒なためツェッドは基本的に受けないでいた。
ツェッドの気が向けば金次第で受けていたが。
「お金は……これくらいしか払えないけど……でも、お父さん死んじゃうよ!」
少女が差し出した掌に乗っている金は少額で、到底クーラ草を取りに行くのには割に合わない。
ツェッドは論外だなと断ろうとしたがヴィオラの言葉が頭を過った。
――私はこの世界に生きるすべての命を尊いと思っているの――
「早くしないとお父さん死んじゃう……助けて……」
「……っ他を当たってくれ」
ツェッドは少女から逃げるようにその場を立ち去った。
後ろから少女の悲痛な声が聞こえるが聞こえないふりをする。
ツェッドは周囲からの痛い視線を無視するように店に急いだ。
「いらっしゃいませ。何かありましたか?」
「何でもない。それよりいつものを頼む」
カランとドアベルを鳴らしながら店に入ると、カイトがツェッドの顔を見て怪訝そうに問いかけてきた。
それに対して何でもないと返すとツェッドはいつもの席に座った。
ツェッドにも何故相容れないと理解したヴィオラの言葉が頭を過ったのかわからない。
けれどヴィオラの影響であの少女のことが気にかかるのは事実だ。
ツェッドは忘れるように頭を振るとカイトを急かした。
「早くしてくれ」
「まぁまぁそう焦らずに……今回はこの世界なんてどうでしょう」
ツェッドが急かすとカイトは珈琲飲みます? と言いながら並んでいるアンナリ・パッラの中から一つのアンナリ・パッラを取り出した。
ツェッドは落ち着くように珈琲に口をつけるといつもと違うことに気が付いた。
「今日の珈琲は、少し苦いな」
とこぼすツエッドにカイトは一瞬だけ、アンナリ・パッラを持つ指を白くなるほど強く握りしめ、すぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「ええ、最高級の豆に、ほんの少しアクセントを加えましたから。……片翼を失ったお身体には、これくらいの方が染みるでしょう?」
ツェッドは余計なお世話だと言うとカイトからアンナリ・パッラを受け取り何時ものように手を翳す。
ふっと意識がアンナリ・パッラに取り込まれた。
そんなツェッドを見守る影が一つ。
外套を被り緑色のワンピースを纏った女性はツェッドに近づいた。
「こいつ、片翼無くしてるのよね」
「そうですよ」
そう……と言った女性は龍人族の翼に対する価値観を思い出す。
龍人族にとって竜化した時の翼は誇りの一つだ。
翼がどれだけ立派かによって住処が変わるほど。
その翼を片翼とはいえ無くすとは。
何がツェッドをそこまで駆り立てるのだろう。
この間は弱った犬に治療魔法をかけていた。
今までのツェッドでは考えられないことだ。
でも先程の少女の願いを無下にするツェッドを見れば変わっていないかもしれない。
けれど先程のツェッドはどこか辛そうな顔をしていた。
「……ねぇ、今度はどんな世界に行ったの?」
「とある親子がきっかけで滅びた世界、ジェニトーレ・フィッリョへ」
親子……もしかしたらツェッドはまた変わって帰ってくるかもしれない。
女性がそう思っているとカイトは珈琲をどうぞ、と女性の前に差し出した。
ここの珈琲は美味しい。
心の中の蟠りが解れる気がする。
女性は勧められた珈琲を一口飲むとホッと息をついた。
ツェッドがいくら変わろうが関係ない。
関係ない……はずだ。
女性の心の揺れ動きを表すように外では雨がぽつりと降り始めていた。
この雨が恵みの雨となるか災害となるかはまだわからない。
ただ、今回の世界もまたツェッドに影響を与えるのだろうとだけは確信できた。
第四章開幕です。今回の旅でツェッドは何を差し出すのか……。




