慈愛の理解と「龍人の片翼」
魔王が念話してきてから三か月後、ある事件が起こった。
ヴィオラが可愛がっていた交雑種の犬がモンスターとして護衛騎士に大怪我を負わされたのだ。
「何をしてるんですか!」
「ヴィオラ様……! モンスターが裏庭に潜伏していたんです!」
それはヴィオラが朝の餌付けを行おうと裏庭に行った時に起こった。
交雑種の犬にとどめを刺そうとしていた護衛騎士はヴィオラの声にピタ、と止まり交雑種の犬を指してモンスターがいたのだと発言した。
この護衛騎士は見所があるなと思いながらツェッドはその犬は交雑種だと護衛騎士に告げる。
「それにこの犬は聖女ヴィオラが最初に治療した犬だ」
「早く治療しないと……」
「なっ! 危険です聖女様!」
ヴィオラが護衛騎士をすり抜けて交雑種の犬に癒しの力を使うと、最初に治療した犬と聞いて固まっていた護衛騎士はヴィオラを交雑種の犬から離そうとした。
しかしヴィオラは頑なに動かない。
真剣な表情で癒しの力を使っている。
治療魔法と癒しの力の違いはその効果の速さにある。
死にかけだった交雑種の犬は瞬く間に生命力を取り戻していった。
「危険なものですか! この子もこの世界に生きる一つの命なのですよ!」
「しかしこの犬は……!」
「お前はもう下がってろ。ここからは俺が引き取る」
ヴィオラの気迫に飲まれた護衛騎士にツェッドは肩に手を置くと護衛騎士を下がらせた。
護衛騎士は何か言いたげだったが、聖女と筆頭護衛騎士のツェッドがいるのなら……と下がっていった。
ヴィオラは額に汗を搔きながら癒しの力を使っている。
数分後には交雑種の犬はペロリとヴィオラの手を舐めるほど元気になっていた。
「よかった……間に合った……」
「ワンッ」
「あの護衛騎士クビにするか?」
ヴィオラは一息つくともう心配したんだからねと交雑種の犬を撫でた。
そんなヴィオラに水を差し出しながら交雑種の犬を傷つけた護衛騎士をクビにするかとヴィオラに問いかけた。
ヴィオラはふるふると首を振った。
「あの人は自分の仕事をしただけだもの」
「怒ってないのか」
「怒ってないよ。もしこの子が間に合わなかったとしてもそれは主のお導きだもの」
それにあの人もこの世界に生きる命の一つだもの、と続けるヴィオラにこれは甘ちゃんとかいう存在ではないのかもしれない、とツェッドは思った。
普通可愛がっている犬が殺されかけたら怒るだろう。
感情のままにクビにしたってなにも問題ないはずだ。
それなのに交雑種の犬が死んだとしても主のお導き……?
この違和感は何だ……?
「お前は……主とやらを信じているのか」
「一応聖女にそれを聞く? 信じてるに決まってるじゃない。それに私はこの世界に生きるすべての命を尊いと思っているの」
そう言うヴィオラはとてつもなく優しい顔をしていて、ツェッドはヴィオラが巷で何と呼ばれているかを思い出した。
――慈愛の聖女――
そう、確かそう呼ばれていた。
ツェッドが甘ちゃんだと判断していた部分がすべて慈愛に当てはまるのなら、それはツェッドとは相容れない感情だ。
無償の愛だなんてツェッドは信じない。
けれどヴィオラは昔から無償の愛を他者に与えていた。
そんなもの吐き気がする。
けれどそれはツェッドの知りたかった感情の一つで。
これが慈愛だというのなら理解を拒むが教えてもらった礼をしなければならない。
ツェッドは絞り出すようにそうか、と言うとヴィオラの護衛に戻った。
その夜、ツェッドは自室にて、腕と翼だけを竜化させると左翼を剣で切り落とした。
爪を引き抜いた時よりも強烈な痛みが走り、何より片翼を失った喪失感がツェッドの中を走り抜けるがツェッドは気にしない。
何故なら翼こそが今回の礼にふさわしい品だとツェッドは思ったからだ。
これを加工するのは少々時間がかかる。
竜の翼は固い上に合わせる素材を間違えると翼が台無しになるからだ。
完成するのは早く見積もって二か月後と言ったところだろう。
暫く徹夜だな、と思いながらツェッドは手当てをすると翼の加工に入った。
今回も短めです。




