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第三章~アフェット~

 ツェッドが世界の記録を取り扱う一風変わった記録屋に三度目の来店をしたのは、二度目の来店から二週間が経った頃だった。

 ツェッドはこの二週間依頼をこなしつつ考えていた。

 一か月前に依頼を受注した国の騎士団長が死んだ時のことを。

 あの時ツェッドは庇おうと思えば庇える位置にいた。

 けれどあいつの実力不足だと切って捨てた。

 それがよかったことなのか悪かったことなのか……。

 グルグル頭の中でそんなことを考えながら店に入るとカイトは変わらぬ笑みでツェッドを出迎えた。


「いらっしゃいませ」


「前と似たのを頼む」


 ツェッドは指定席となりつつある場所に腰かけるとカイトにアンナリ・パッラを要求した。

 カイトはそんなツェッドに今回はスパンが短かったですが、どのような依頼を? と問いかけた。

 ツェッドはまたその質問かと思いながら討伐の依頼がメインだったと答えた。


「そうですか。では聖女という存在をご存じですか?」


「知らないな。それが何か関係あるのか?」


 カイトはツェッドの返しにいえ、と言うとアンナリ・パッラを取り出した。

 ツェッドはアンナリ・パッラを受け取ると慣れた手つきで手を翳す。

 ツェッドの意識はスッと吸い込まれていった。

 そんなツェッドにまたもや近づく女性が一人。

 外套を被り青色のワンピースを纏ったその女性はツェッドを見てこう言った。


「こいつ、少しは変わってきたのかしら」


「どうでしょう。一時的なものかもしれないですよ」


 カイトは女性に珈琲を出しながらそう言った。

 女性は珈琲を飲みながらそうよね……と呟いた。

 あのツェッドが二つの世界を経験した程度で変わるわけないのだ。


「今度はどんな世界に行ったの?」


「聖女が失われたことにより滅びたアフェットへ」


 お茶請けにクッキーはいかがですか? とカイトはクッキーを女性に勧めた。




 ツェッドが意識を取り戻すと、そこは木で造られた部屋の中だった。

 部屋の中には前回の世界同様ベッドとクローゼット。そしてテーブルと椅子が置いてあった。

 テーブルの上には淡い光を纏った書物が置いてあった。

 書物の題名には『アフェット』についてと書かれていた。

 ツェッドは前回・前々回同様淡い光を纏った書物を手に取ると表紙を開いた。

――聖女がいる世界『アフェット』。

 貴方は聖女ヴィオラの幼馴染であり筆頭護衛騎士として教会に務めている。

 この世界には数多の種族の人間がいるため魔法も竜化も可能。

 木造建築が主流で石造りの家に住んでいるのはドワーフだけである。

 モンスターを操る王、魔王が人間世界に攻めてきており、現在は聖女の力で均衡が保たれているがそれを失ったことにより滅びた世界である。――

 そこまで読んでツェッドは幼馴染なんてわからないし、記憶もないぞと思った。

 途端キイィンと耳鳴りがして映像が流れてくる。

 栗色の髪と愛嬌のある顔立ちをした紫の瞳の少女と森を探検する記憶、少女が動物を癒す記憶、少女が教会の人間だと思われる人間に連れていかれる記憶など幼少の頃から筆頭護衛騎士になるまでの記憶が雪崩れ込んできた。

 あまりの馴染みのない記憶に頭痛がしたが、この記憶があれば問題なく過ごせそうではある。

幼馴染の実感は湧かないが普通に接する分には問題ないだろう。

そう思って書物の続きを読もうと思ったら書物は淡い光とともに消えていった。


「まだ途中だったぞ……」


 この世界について書かれている書物は一度目を離すと消える仕様らしくふわっと消えてしまった。

ツェッドは聞いてねぇぞと悪態をつきながらクローゼットを漁る。

 クローゼットの中には流れ込んできた記憶と全く同じの筆頭護衛騎士の服と鎧が入っていた。

 ツェッドは流れ込んできた記憶通りに服を着替えると鎧を身に纏った。


「仕方ない……行くか……」


 陽の上がり具合からして時刻は早朝、雪崩れ込んできた記憶を頼りにするなら不寝番の護衛騎士と交代する時間だ。

 ツェッドは未だに馴染まない記憶に舌打ちすると今回の自室から一歩踏み出した。

 聖女がいる最高峰の教会とはいえ木造作りのここはそう複雑ではない。

 いたって普通の教会と同じだ。

 違うことと言えば宿舎に中庭があることだろうか。

 中庭には木の実や果物がたわわになっていて聖女の力と言うのを身近に感じる。

 雪崩れ込んできた記憶によれば聖女は居るだけで豊穣の力があるとか。

 他にも治癒やらモンスターが湧き出る吹き溜まりの浄化やら、魔王に対抗出来る障壁やらを張れるらしい。

 ここまで能力を並べるとさぞ清廉潔白な偉人かと思われるがその実態は……。


「あ、ツェッド! おはよう!」


「また抜け出してきたのか」


 その実態は不寝番の目を盗み部屋から脱走するお転婆娘だ。

 恐らく木を伝って抜け出してきたのだろう、長い栗毛には木の葉が所々に引っかかっていた。

 その上裸足だ。

 ツェッドはため息をつくとクラフトで靴を作ってやった。


「ありがとうツェッド! 靴履いてると音が立っちゃうから履けないんだよね!」


「その言い分はもう聞き飽きた」


「ツェッド隊長! ヴィオラ様が……あ!!」


 てへっと舌を出してお茶らけるヴィオラにツェッドは再びため息をついた。

 その時ヴィオラの不寝番をしていたであろう護衛騎士が大慌てでツェッドの元にやって来て、ヴィオラの姿を見るとヴィオラ様! と声を上げた。


「こうも抜け出されては我々の立場がございません!」


「ごめんね」


「ごめん、じゃないだろう阿呆」


 ごつんとヴィオラの頭に拳骨を落とす。

 こんな所信者に見られたら大変だが、この教会に務めている人間は見慣れた光景なのか自分たちのことを見て穏やかに笑っている。

 不寝番の護衛騎士は勘弁してください……と力無く項垂れる。

 ヴィオラはいったーいと言ってこちらをポコポコ叩いてくるが無視だ無視。

 ツェッドはヴィオラの腕を掴むと不寝番の護衛騎士に後は引き継ぐと言って歩き出した。

 向かうはヴィオラの私室である。


「ツェッド、ツェッドってば!」


「なんだ」


「部屋に戻る前に行きたいところがあるの! 付き合って」


 ヴィオラは腕をぐっと引っ張ると行き先を裏庭に変更した。

 ツェッドはもうすぐ朝食の時間じゃないのか、と言いかけた。

しかしヴィオラが言い出したら聞かないのは雪崩れ込んできた記憶で知っていたので、ため息をつきながらヴィオラの後を着いて行った。

 裏庭に着くとヴィオラは出ておいでー! と声を上げた。

 その声に釣られたのか一匹の犬がワンッと声を上げて駆け寄ってきた。

 大きさは大型犬くらいだろうか。

 そこそこ大きい犬をヴィオラは難なく受け止めた。


「なんだその犬は」


「覚えてない? 私が一番最初に治したあの子よ!」


 ヴィオラの言葉にツェッドは記憶を漁る。

 確か一番最初に聖女の力を発揮したのは小さな子犬だった気がする。

 その子犬は茶色に白ぶちの模様が入っていた気がするし、この大型犬も茶色に白ぶちの模様が入っている。

 成長したと言えば考えられなくないがヴィオラが聖女の力を発揮したのは十年以上前だ。

 犬にしては長生きしすぎではないだろうか。

 もしかしてモンスターとの交雑種か……? そう思って犬をよく観察すると額に小さな角が生えているのが確認できた。


「おい、そいつモンスターとの交雑種じゃないか」


「そうよ? でもこの子は人を傷つけたりしないわ」


 ヴィオラはどこに自信があるのか、ねーっと言いながら交雑種の犬を撫でた。

 筆頭護衛騎士としては危険を一つでも減らすべく、この犬を排除するべきだがヴィオラがかなり可愛がっているのを見ると簡単には手を出しにくい。

 普段のツェッドならそんなこと絶対なかったのに、これが幼馴染ってやつの効果か……とツェッドは眉間に皺を寄せた。


「こーら、そんなに皺を寄せていると皺が残っちゃうよ」


「ワンッ」


 ヴィオラはツェッドが眉間に皺を寄せているのを見るとよいしょと交雑種の犬を持ち上げツェッドの顔の前に差し出した。

 交雑種の犬はぺろりとツェッドの顔を舐めるとそのままヴィオラの方を向いてぺろぺろとヴィオラの顔を舐め始めた。

 ツェッドは交雑種の犬の唾液で汚れた顔を拭くと、ヴィオラから交雑種の犬を取り上げた。


「この犬のことでここに来たんじゃないのか」


「あ、そうそう。ご飯だよー」


 ヴィオラはどこから出したのかパンや木の実を取り出すと交雑種の犬の前に差し出した。

 交雑種の犬は嬉しそうにワンッと鳴くとがつがつとそのパンや木の実を食べ始めた。

 ツェッドはその様子に餌付けしているのか……と遠い目をしたがヴィオラのすることに干渉するまいと心に決めた。

 干渉したらしたで面倒だからである。


「よーしよしいい子だね。また明日来るから良い子にしてるんだよ」


「ワンッ」


「……そこまで可愛がっているのなら名をつけるものなのではないのか」


 ヴィオラがあまりにも交雑種の犬を可愛がるのでツェッドは思わずそう呟いた。

 それに対してヴィオラはつけないよ? と答えた。


「だって私聖女だもの。一つの命だけ特別視してはいけないわ」


 ツェッドはその答えに得も知れない何かが背中を這う感覚がした。

 なんだこれは。

 俺が知らない感情だ。

 ツェッドはぞわぞわした腕を軽く擦ると気持ちを切り替えた。


「……気が済んだなら行くぞ。朝食の時間だ」


 ツェッドはヴィオラの首根っこを掴むと交雑種の犬から離れさせ、食堂へと歩き出した。

 勿論人目が付くところの前でヴィオラは降ろした。

 ヴィオラは犬猫じゃないんだけどと文句を言いつつも、降ろされると聖女然とした笑みですれ違う教会関係者と朝の挨拶を交わしていた。

 その変わり身の早さにツェッドは若干引きながらも朝食が置かれている大広間に向った。

第三章開幕です。ツェッドはどんな愛を見、何を差し出すのか……。

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