【急襲】野外演習と龍人の爪
翌日、野外演習地にて予想していた通りモンスターが表れた。
野外演習の場所は国の北にある草原だ。
近くには森がありそこからモンスターが出現する。
突如現れたモンスターに兵士達は動揺が走ったもののすぐに体勢を立て直しモンスターの討伐に頭を切り替えた。
「モンスターがそっちにいったぞ!」
「右翼はそのまま周りこめ! 左翼はそのまま切りかかれ!」
流石世界最高峰の武力を持つ騎士団と言うべきか、手際よくムカデ型のモンスターを討伐していく。
ヴェルデの指揮の元、わらわらと湧いてくるモンスターを討伐する騎士団は真剣な表情をしていたがどこかいきいきとしていた。
ツェッドはそんな騎士団を見ながら迫りくる大きな気配に神経を尖らせていた。
「……来る」
「ツェッドさん……? あ、あれは……!」
迫りくる大きな気配が森から出る前にツェッドは駆け出した。
いきなり走り出したツェッドに怪訝そうな顔をしたヴェルデだったが、その後すぐに現れた巨大なムカデのモンスターに臨戦態勢を取った。
「ツェッドさん! 高難易度のモンスターです!」
「わかっている」
ツェッドは森の木々を優に超すであろうムカデのモンスターの頭に飛び移ると剣を突き刺した。
が、ムカデのモンスターの外殻は固くガキンと鈍い音を立てて剣を弾いた。
「狙うなら関節か」
「ツェッドさん!」
ツェッドは暴れるムカデのモンスターから振り落とされないよう関節に剣を差しこむと、そのまま引き裂くように剣をスライドさせた。
ムカデのモンスターは痛みに暴れ狂い触手のようなものを出してツェッドを払い落とそうとした。
それに気づいたヴェルデがムカデのモンスターの上に飛び移ろうとしたがツェッドに目で制される。
今実力がない人間が入っても邪魔なだけだ。
ツェッドはそう思いながら竜化した爪で触手を切り裂く。
「グギャァァァァ!」
そのまま竜化した爪を心臓があるであろう場所に突き立てるとブシャッと緑色の液体が噴き出た。
その液体に触れたマントの端が溶けたところを見るに猛毒の類だと判断したツェッドは、竜化を進め腕まで竜化するとそのまま心臓を探り当て引き抜いた。
「ギャァァァァァァ!!」
「うるさいんだよ虫野郎」
そのまま絶命したムカデのモンスターがどしんと倒れこむと、ツェッドは、何食わぬ顔で着地した。
その手にはモンスターの心臓、コアが握られている。
「ツェッドさん大丈夫ですか!?」
「問題ない。この程度の毒、竜化すれば全く効かないからな」
ツェッドは腕についた毒を人がいない所で振り払うと竜化を解除した。
竜化をすればある程度の毒も効かなくなり、より強固になった爪でどんなに硬い外殻も貫けるのである。
ツェッドはモンスターのコアをクリーンの魔法を使って綺麗にするとヴェルデに差し出した。
「俺にはいらんものだからな。騎士団で使え」
「こんな立派できれいなコア頂けないですよ……! このコアがあったらどれだけ武器を強化出来るか……!」
どうやらこの世界でもモンスターのコアを使って武器を強化するのは変わらなかったらしく、ヴェルデはツェッドの申し出を辞退しようとした。
しかしツェッドの武器はこの程度のモンスターのコアで強化出来るほど弱く鍛えていない。
それにアンナリ・パッラの世界から物を持ち出すことはできない。
故に無用の長物なのだ。
「俺には無用なものだ。いらなければそこらに投げ捨てるが」
「ツェッドさんがそう言うのでしたら……いただきます」
ツェッドが投げ捨てる素振りを見せれば、ヴェルデはそんなもったいないことできないと素直にモンスターのコアを受け取った。
最初から素直に受け取っておけばいいものを……これだから他者と関わるのは面倒なんだと思いながらツェッドはため息をついた。
その瞬間。
「伏せろヴェルデ!」
「え? はい!」
明らかにヴェルデを狙って鷲のモンスターが上空から急降下してきた。
ツェッドはその気配にヴェルデに伏せるように言うと降りてきた鷹のモンスターを鷲掴みにする。
「グギャギャギャ!」
「黙れ鳥野郎。ヴェルデ、この魔方陣に見覚えは?」
「これは……そんな……」
ツェッドが鷲のモンスターの足に刻まれている魔方陣をヴェルデに見せると、ヴェルデは驚いたように目を見張った。
「見覚えあるようだな。どこのだ」
「アレイスター家の……我が家の使役紋です」
使役紋とは文字通りモンスターを使役する魔方陣のことで、家によってその形は変わる。
ヴェルデが震えた声でそう言ったのに対してツェッドは一番王妃に近いと言われている娘を殺す利点は何だ? と内心首を傾げた。
仮にも騎士の家系だというのなら清廉潔白ではないのか、それとも一枚岩ではないということか。
この国の貴族勢力図なんて覚える気はないが、ヴェルデの命を狙うものが多いことは実証された。
そう思いながらツェッドは鷲のモンスターを切り捨てた。
辺りを見渡せば湧いていたモンスターの影はなく、負傷兵もいないのか一般兵達がこちらを見ていた。
恐らく指示を待っているのだろう。
ヴェルデの方を見遣るとヴェルデも一般兵が指示を待っているのに気が付いたのか野営の準備をするように指揮を執った。
勿論負傷兵がいないか確認した上で。
その後は特に大きな問題が起こることなく野外演習は終了した。
強いて言うなら高難易度のモンスターを一人で倒したツェッドに稽古をつけてほしいと頼み込む一般兵が多かったことくらいだろうか。
ツェッドは指南役として呼ばれたと言うのに面倒だと思いながらその兵士達全員を相手にした。
誰一人欠けることなく帰還した騎士団をジャイロは大いに労わった。
兵士達がジャイロの言葉に顔を輝かせている中ヴェルデだけが暗い表情をしていた。
実家から命を狙われていると知ったのだから当たり前だろう。
そんなヴェルデにジャイロが気づかないはずもなく、ジャイロは個別にヴェルデを呼び出した。
指南役のツェッドも一緒に。
今回の演習でヴェルデに何かあったのは間違いないが第三者の意見も欲しいと言ったところだろうか。
呼び出された場所はツェッドがジャイロに最初に連れてこられた王宮の裏庭だった。
「それで、何があったんだいヴェルデ」
「陛下の気を煩わせるわけには……」
一つ増えた椅子に腰かけながらジャイロはヴェルデに問いかけた。
その向かいに座ったヴェルデは俯きながらふるふると首を横に振った。
明らかに臣下の態度ではないが、今は幼馴染としての面が強く出ているのだろう。
第三者であるツェッドがいる前でそれはどうかと思うが。
「ツェッド殿。何があったのか話してくれるかい?」
「ヴェルデの実家、アレイスター家からヴェルデに使役紋を刻まれたモンスターが放たれました。殺されかけたんです」
「ツェッドさん!」
隠したいヴェルデの気持ちなんて知ったことではないツェッドは端的に起こったことを述べた。
ツェッドの報告にヴェルデは非難するように名を呼んだがツェッドは痛くも痒くもない。
「アレイスター家が……何故……?」
「実の娘を狙う意図は汲めませんが、恐らくヴェルデが王妃に一番近い立場だと認識されているからだと」
「「え?」」
ツェッドが憶測を話せば二人は揃ってキョトンとした表情を浮かべた。
まるでそんな噂全く知らなかったとでも言うように。
ツェッドは自分たちのことを客観視できていない二人に頭痛を覚えながら説明してやることにした。
「だってそうでしょう。貴方方は幼馴染で陛下のヴェルデ贔屓は一目瞭然。ヴェルデも騎士団長という立場の前に幼馴染としての側面がすぐに出る。今のように」
「そんな噂が立っていたなんて……」
「私と陛下は恐れ多くも幼馴染だがその前に主と臣下だというのに」
「男と女が密接な関係だったら勘ぐる奴が多いってことですよ」
互いに婚姻を勧められたことはありませんか? とツェッドが問いかけると心当たりがあるのか二人は黙ってしまった。
「まぁだからこそ王族と親戚関係になれるかもしれない可能性を潰そうとするアレイスター家の意図が汲めないのですが。第三勢力に頼まれたかそれともあの使役紋は偽造か」
使役紋はそう簡単に偽造できないってだけで偽造できないわけではないですからね、とツェッドが言った。
それを聞いたジャイロは僕の身の振り方が原因ならば、と口を開いた。
「アレイスター家については僕の方で調べるよ」
「陛下のお手を煩わせるわけにはいきません!」
「かといってヴェルデが動くと余計危険だろう? 大丈夫、上手くやるから任せておいて」
ジャイロはヴェルデの髪を撫でるとそれでは早速取り掛かるよと言ってその場を後にした。
ヴェルデはそんなジャイロの後姿を見ながらありがとうございます、陛下……と呟いた。
「先程はキョトンとした顔を浮かべていたがヴェルデは陛下に恋愛感情はないのか?」
「そんな恐れ多いこと考えたことありません。それに私と陛下は幼馴染ですし」
「幼馴染だと恋愛感情がないのか?」
「ないことはないでしょうけど私たちの仲ではありえません」
そう言ってヴェルデは語り始めた。
アレイスター家は代々男が当主を引き継ぎ、騎士団長の地位に就いていたがヴェルデの代になって子がヴェルデしか生まれず、家が断絶の危機にあったこと。
それを知った当時継承権四位だったジャイロが遊び相手としてヴェルデを抜擢したこと。
それにより王家の信頼を受けたと見做され家の断絶は免れたこと。
ジャイロは当時から穏やかで優しかったこと。
ヴェルデが剣に打ち込むのも女の癖にと批判せず、見守ってくれたこと。
そしてきちんと実力で騎士団長の地位に就いたのだと見せるために武闘会を開いてくれたこと。
それによりヴェルデの騎士団長としての地位が盤石になったこと。
ジャイロを本当に尊敬していて親愛の念は抱いているが恋愛感情は抱いたことなんて一度もなかったということ。
などなど如何にヴェルデがジャイロを慕っているか聞かされたツェッドは、あれこれ前にも似たようなことを聞かされたなと思った。
そう、ジャイロのヴェルデ語りである。
主たるジャイロは従たるヴェルデをとても大切に思っていて、従たるヴェルデも主たるジャイロをとても大切に思っている。
ツェッドはかちりと何かがはまる音を聞いた。
これも一つの愛の形だと。
名付けるならば主従愛、とでもいうのだろうか。
ツェッドは愛を教えてくれた二人に礼としてヴェルデを死なせないようにしようと思った。
「ヴェルデ、お前の剣を一晩俺に預けてくれないか」
「剣を……? 何故……?」
不思議そうな表情を浮かべるヴェルデに何、少し強化するだけさとツェッドは答えた。
そんなことしていただくわけには……と辞退しようとするヴェルデを悪いようにはしないからと言い包めツェッドはヴェルデの剣を預かった。
その後宿舎にある部屋に戻ったツェッドは左手を竜化させる。
「龍人の身体は便利だよなぁ。素材にもなるんだからよ」
そう言ってツェッドは左手の爪を五本、引き抜いた。
多少の痛みが身体に走るがツェッドは気にしない。
龍人が数少ないのは訳がある。
それは彼らの身体が武器を強化するこれ以上ない素材になるからだ。
それ故に昔乱獲され龍人は数を減らした。
しかしそんなことはツェッドには関係ない。
引き抜いた五本の爪を魔法で磨り潰しヴェルデの剣と融合させる。
するとヴェルデの剣は淡い光を放ち柄には赤、青、黄、緑、黒の石が表れた。
これらの石はそれぞれ対応する魔法が出るようになっている。
赤は火、青は水、黄は土、緑は風、黒は闇魔法が使える。
所謂魔剣に変化したわけだがこれらを使いこなせるかどうかはヴェルデ次第。
使いこなせれば死ぬ確率はかなり低くなるだろう。
翌朝、剣をヴェルデに返すとヴェルデは驚いたように目を見張った。
「ツェッドさん……これは……!」
「使いこなせるかはお前次第だ。まぁ俺が求めるものを教えてくれた礼、だな」
強化はしていたものの一晩で魔剣となって帰ってきた愛剣にヴェルデは目を見張ったが、ツェッドの言葉に必ず使いこなして見せます! と意気込んだ。
ヴェルデにはツェッドの求めているものはわからない。
けれど自分が期待されて魔剣を託されたのはわかる。
だから必ず使いこなして見せる、とヴェルデは鍛錬に打ち込んだ。




