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愛の伝道師、サティーナ・エルヴィナ

 舞台袖から、なまめかしくもゆったりとした足取りで現れたのは、一人の女性だった。


 腰まで届く灰色の長髪。ほどよくくびれた腰と豊かな胸元が強調されたスリット入りのドレス。その一挙手一投足から、言いようのない艶っぽさがにじみ出ている。


 観客席がざわめく中、彼女は涼しげな笑みを浮かべながら、ゆっくりと舞台中央に歩を進める。


 名前は、サティーナ・エルヴィナ。年齢は二十八歳。職業はマッサージ師。

 筋肉疲労のほぐしから、癒やし系リラクゼーション、さらには刺激の強い施術まで――彼女の手にかかれば、どんな相手でもとろけるという噂がある。


 そのサティーナが、今は何も持たず、ただその体ひとつでステージに立っている。

 

「はぁい、サティーナで〜す♡ 本日はよろしくお願いしますねぇ〜?」


 声もまた、どこか舌に甘くまとわりつくような響きだった。

 

 彼女は舞台の中央で立ち止まると、両手を腰に当て、ふいに不満げな顔を浮かべた。


「にしてもさ〜、ほんっっっとに運営ってばヒドくな〜い?」

「私ね、スキンシップで想いを伝えるタイプなのよ? 抱きしめたり、撫でたり、耳元でささやいたり……そういうのが“告白”ってやつでしょ?」


 舞台袖からスタッフが何かを制止しようとする気配を見せるが、サティーナは気にする素振りもなく、にんまりと笑った。


「でもこの舞台、触っちゃいけないんだって。直接、愛を伝えるのは禁止? ……ふふ、バッカみたい」


 ふっと空を見上げ、目を細める。


「だってさ、人間なんて結局、体と体をぶつけあわなきゃ、わかりあえないでしょ?」


 その視線が、まっすぐにシンジを捉える。


 ゆったりと歩み寄り、サティーナはシンジのすぐそばまで身を寄せた。

 そのまま彼の耳元に唇を寄せ、かすかに吐息を混じらせながら囁く。


「だからね? 私、今日までずっとずっと……魔力と愛欲を溜めてきたの。誰ともそういうコトしないで、全部この瞬間のために取っておいたんだから」


 右手を胸元に添え、艶やかな声で宣言する。


「今日まで、オナ禁もしてきたんだよ?」


 観客がどよめく中、サティーナはくすりと笑い、ぐっと指を立てて言い放つ。


「見てなさい、シンジくん。……これが、私の愛の力よ」


 そのまま微笑を残して、サティーナは静かに目を閉じた。


*******


 私が最初にこの大会を見たのは、まだ10代の頃。 第1回告魔フェス。

 光と音が交錯するステージの上で、誰かが誰かに“本気”をぶつけていた。

 あのときの衝撃は、今でも忘れられない。


 その瞬間から、漠然と“愛を伝えたい”という気持ちが芽生えた。

 自分の手で誰かを癒す仕事がしたいと思い、施術の道に進んだのも、きっとあの光景のせいだった。触れて、ほぐして、癒して……そんな風に、誰かのために生きられたらと思っていた。


 そして20歳になった頃――第2回の開催が発表された。もちろん、忘れてはいなかったが、その頃はまだ仕事も軌道に乗りはじめたばかりで、毎日が忙しかった。  

 告魔フェスの存在はどこか遠く、憧れのままだった。


 それでも、申し込む気持ちはあった。男の人に想いを伝える――それだけで胸が高鳴ったからだ。けれど、どうしても納得のいく告白魔法が思いつかなかったから諦めた。


 私の原動力は、“人と触れ逢い、愛し合う”という気持ち。施術も同じ。

 触れることで心までほぐし、癒し、寄り添う――そうして伝えるものが、私にとっての“愛”だった。


 だからこそ、触れられないというルールは致命的だった。

 自分の信じた愛が伝えられないなんて、耐えられなかった。


 それから、私は考え始めた。“触れずに伝える”告白魔法を。

 でも、それは想像以上に難しかった。

 試行錯誤を重ねるうちに、私はひとつの結論にたどり着く。


 ――触れずに伝えるなんて、やっぱり無理だ。

 だったらせめて、私の“愛し方”をそのまま、ぜんぶ見てもらおう。

 それが私の伝え方であり、私だけの魔法になるはずだから。


 そう決めてから、私は魔力と愛欲を、少しずつ、ゆっくりと“溜めて”いった。

 魔力の精度も上げた。愛情の揺らぎを形にするための演算も試した。

 ……もちろん、オナ禁もした。


 正直、何度もくじけそうになった。

 寂しさや衝動に負けそうになった夜も、数えきれないほどあった。

 でも、それでも諦めなかった。私は私の愛を信じた。


 そして第4回、告魔フェスの発表。

 条件は――「トマトが嫌いじゃない人」? ふふっ、そんなの関係ない。


 もう準備は、すべて整っていた。 心も、身体も、魔力も、そして欲望も。

 私の愛し方を、舞台の上で全部さらけ出す準備が。


*******


「愛欲共鳴術♡ Love Blaster」


 その呟きは甘く、けれど凛として舞台に響いた。

 次の瞬間、サティーナは両腕で自分の身体を抱きしめるように包み込み、ゆるやかに腰を揺らしながら艶めかしくもだえ始める。

 吐息とともに肌が艶めきを増し、胸元から、魔力を纏った真紅の♡が、ぷかりと浮かび上がった。


 それは呼吸をするかのように脈打ちながら、ゆっくりと上昇していく。

 舞台の照明がそれを追うように灯り、会場の全員がその行方を見上げた。


 ♡はどんどん大きく、濃く、妖艶に膨れ上がっていく。

 そして、宙高くまで昇ったそのとき――


 破裂音もなく、静かに弾けた。


 広がったのは、濃密な愛。

 視覚に見えるほどの、淡いピンクの波が空間を覆い、まるで香水のように甘く柔らかな気配が観客を包み込む。


 まずは、ぽつりぽつりと身じろぎする者が現れた。

 次第にそれは震えに変わり、身もだえとなり――そして、あちこちで、観客同士が見つめ合い、微笑み、手を取り合い始めた。


 好意を抱いていた知り合いたちが、無言で近づいて寄り添う。

 ほんの少し気になっていた他人同士が、自然と身を預けるように抱き合う。

 誰かが誰かを求め、応じる者がそれに応え、会場のそこかしこで熱の交差が生まれていく。


 そして――カップルが成立した瞬間、頭上にふわりと♡マークのエフェクトが立ち上がり、ぽわわんと弾けた。

 その一粒一粒がまた新たな魔力となって広がり、愛の連鎖は加速度的に空間を染めていく。


 中には魔力で抵抗を試みる者もいた。中堅以上の魔法使いは、結界を張ったり、意識を研ぎ澄ませることである程度の影響を防いだようだった。

 だが、ほんの一握りを除けば、大半の観客は愛の波に呑まれていく。

 2分も経たないうちに、会場はほぼ全面的に愛と欲望に染まりきり、もはや逃れる手段を探す意味すら失われていた。



――実況席。


「た、助かりました、カルディナさんっ! さすがの結界、素早いですねっ!」


 実況アナのセリオ・ミカが、赤面しながらも椅子から身を乗り出す。


「こ、これは……いったいどういうことなんでしょうか!? 何かすごい濃密な魔力が会場全体に落ちてきたと思ったら、皆さん♡を出しながら、イチャイチャし始めました!?」


「ええ、想像以上ですね……まず、シンジさんにはこの魔法の効果は一切届いていません。舞台システムの保護によって、彼は常に無干渉領域にいます」


「なるほど、それはよかった……って、あ、あそこ! 服脱ぎ始めちゃいましたよ!? こ、これって失格とかには……!? あぁ!ディープすぎ!?」


 セリオは顔を真っ赤にして、ちらちらと視線を泳がせながら騒ぐ。


「会場で魔法が暴発した場合など、一定の被害が発生する可能性について、観客は事前に同意書を書いているはずです。  そして私たちは、各出場者の告白魔法を詳細には知らされていませんが――運営はすべてを把握しているでしょう。  だからこそ、彼女を“10番目”に配置したのでしょう。そろそろ何らかの対処が行われると思いますが……」


 その瞬間、場内にほのかに光の膜が張られ、ふわりと空気の質が変わった。  波のように広がる光が、ゆっくりと全体を包み込む。


「……なるほど。今、会場全体に魔法の打ち消し処理が行われたようですね」


 カルディナが静かに解説する。


 打ち消し処理が完了すると、会場に漂っていた過剰な愛欲や性欲の波は次第に静まっていった。 恥ずかしそうに顔を赤らめて席に戻る観客も多い。

 だが、まだ手を握ったままの者たちもいたし、中にはまったく止まらずイチャつき続ける者たちもいた。


「彼女は、この日のために魔力と愛を貯めていたと言っていました。魔法自体も高度な部類ではありますが、それよりも魔力量による効果範囲の規模がすごいです。  どうしても見せたかったのでしょうね、自分の愛し方と思いの強さを」


「防げなかったら、私たちもどうなっていたことやら……愛の力って、ほんとすごいですね!」


 セリオが苦笑まじりに肩をすくめ、カメラに向き直る。


「そして、これで10人の告白魔法演武がすべて終了しました! このあと1時間後、ついに――5名が選ばれます! この放送をご覧の皆さんも、どうかお見逃しなく!」

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