特訓1
デュラの家財道具を部屋に入れると、明日の朝迎えに来るとだけ告げレンたちは立ち去った。
残されたアンジェは、やる事もないため地下の鍛錬場に足を運ぶ。勿論、デュラを誘うことも忘れない。と、言うよりもデュラがいなくては話にならない。
Sランクの魔物と戦える機会など滅多にあるわけではない。アンジェはレンとの実力差を埋めるため、デュラに実戦形式での特訓相手を申し込んでいた。
「アンジェさん、本当にやるんですか?」
「当然よ。レンとやり合うときの参考になるかも知れないじゃない」
「ですが、もし加減を間違えて血が出たら大変です。私、こういうの初めてですし……」
「大丈夫よ。私は慣れてるから血が出るようなことは滅多にないわ」
「そうだといいんですが、やっぱり初めては怖いです……」
廊下を歩く二人の会話を聞いて、マリーが「うそっ!」と驚愕の表情を浮かべている。
何をどう誤解したのか、顔を真っ赤にして、あわあわしながら逃げるように自室へ入っていった。
そんな事は露知らず、アンジェとデュラは地下に続く螺旋階段を下りていた。
大浴場のある階までは1分とかからず直ぐに着いたが、その先にある鍛錬場までが長い。
10分ほど歩いたところでやっと広い空間にたどり着いた。壁際に置かれた棚には様々な武器や防具が置かれ、喉を潤すための水差しなども置かれている。
鍛錬場の床は石畳のようなもので出来ていた。ようなものとは、その名のとおり石畳に見えるが石ではないからだ。どういうわけか僅かにクッション性があり、転んで頭を打っても怪我をしないように配慮されている。恐らく何らかの魔法を施されているのだろうが、それがどのような魔法なのかは定かではない。
アンジェは鍛錬場を見渡し、この広さなら自分の速度を生かせると大きく頷いた。
鍛錬場は直径100メートル以上の円柱形で高さもかなりある。アンジェは鍛錬場の中心で自分の剣を抜きデュラに突きつけた。
「さぁ、デュラ!あなたも剣を構えなさい」
「本当はこんなことはしたくないのですが、アンジェさんの頼みでもありますし、仕方ないですよね……」
デュラの体を黒い霧が覆い、漆黒の鎧に身を包んだデュラがその姿を現す。
初めて見る光景にアンジェは驚くが直ぐに気を引き締め直した。
目の前にいるのはSランクの魔物デュラハン、この程度のことができてもおかしくはないと自分に言い聞かせる。
「デュラ行くわよ!」
「えっ!?」
アンジェが掛け声と共に走り出す。一瞬にして間合いを詰めるとデュラに斬りかかった。
しかし、デュラは軽く剣を振ってアンジェの攻撃を弾いた。
それだけで、アンジェの剣は大きく跳ね上がり体ごと後ろに持っていかれる。
慌ててデュラが心配そうに声をかけた。
「アンジェさん大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。今度は手加減しないわよ」
アンジェは呼吸を整える。そして、
「〈加速〉〈瞬動〉」
スキルを発動させるとアンジェの姿はその場から掻き消える。
以前レンにやられたように素早く背後に回り込み背後から斬りかかった。
硬質な音が鳴り響き、気が付けばアンジェは後方に吹き飛ばされていた。デュラに剣を振った形跡はなく同じ場所から微動だにしていない。
「嘘でしょ……」
理解しがたいがアンジェにははっきりと見えていた。
デュラは剣を持っていない方の手で、振り向きもせずアンジェの剣を指で軽く弾いたのだ。
アンジェはデュラを甘く見ていたわけではない。それでも、自分の実力ならSランクの魔物にも通じると、心のどこかで高をくくっていたのかもしれない。
アンジェは根本的な考えを改める。相手は遥か格上、全力を出してもまだ手の届かない高みにいると。
デュラが心配そうに見つめる中、アンジェはよろよろと立ち上がり再び剣を構えた。
「あ、あの、まだやるんですか?」
「当然!今度は本当に全力よ。デュラも油断していたら怪我じゃすまないわよ」
アンジェは大きく深呼吸してスキルを発動させる。
「〈加速〉〈瞬動〉〈敏捷倍加〉!」
アンジェはデュラを見据えたまま高速で移動する。
デュラは先ほどと同じように身動き一つしない。アンジェは幾つものフェイントを織り交ぜるがデュラから動揺や焦りは伝わってこない。
アンジェはデュラの右側に踏み込むと見せかけて、瞬時に剣を持っていない反対の左側に回り込んだ。
「〈幻影の輪舞曲〉」
回り込むと同時にアンジェは攻撃スキルを発動させた。
残像のように複数に浮かび上がるアンジェの姿から、鋭い刺突が幾重にも繰り出される。
だが、当然実体は一つだけ、繰り出される刺突も一つのみ。デュラは何事もないかのようにアンジェの剣を指先で摘む。
デュラは力を入れているようには見えなかった。それでも摘まれた剣は押しても引いても1ミリも動かない。そこでアンジェは諦めたように剣から手を離した。
僅か数回打ち合っただけにも関わらず、スキルの併用でアンジェの体は悲鳴を上げていた。立っているのも辛く、その場に座り込みデュラを見上げる。
デュラの体は黒い霧が覆い、見る間に普段のドレス姿に戻っていった。
「アンジェさん大丈夫ですか?あちらのテーブルセットで休みませんか?」
デュラは心配そうに身を屈めてアンジェの剣を差し出す。
壁際には休憩所となるテーブルセットも置かれている。水差しやグラスなどもあることから、人心地つくには丁度いい場所であった。
「そうね。喉も乾いたし椅子に座って休みたいわ」
アンジェは剣を受け取り鞘に戻すと、デュラの手を借りて立ち上がった。
ふらつくアンジェだが、デュラがしっかりと支えているため倒れるようなことはない。
デュラはアンジェを椅子に座らせ棚から水差しとグラスを持ってきた。
「どうぞ」
グラスに注がれた水を受け取りアンジェは一気に飲み干す。
「ふぅ~、ありがとう。これで少し落ち着いたわ」
「それは何よりです」
アンジェは感謝の言葉と共に笑みを見せると、デュラも笑顔で返した。
「ねぇ、さっきのことだけど、デュラは私の動きが見えてるの?」
「見える、というのとは少し違いますね。私の場合は感じるんです」
「感じる?」
「はい、相手の気配や大気の僅かな動きなどを感じ取っているんです」
「感じるか……。でも、私の動きに簡単についてこれるんだからデュラも凄いわよね」
「そうでしょうか?あの程度の速度でしたら余裕なのですが」
「よ、余裕なの?」
「えぇ、それ程速くは感じませんでしたが……」
「そうなんだ……。速度には自信があったんだけどな……」
アンジェは肩を落とすが相手はSランクの魔物。自分より格上なのだから、この結果は仕方ないと素直に受け入た。
寧ろ、そんな格上の相手と実戦形式で鍛錬ができるのだから喜ばしいことだ。
いつの間にか体も軽く足の痛みも消えている。疲労は一時的なものだと分かるとアンジェは直ぐに立ち上がった。
「よし、もう一度やるわよ」
「え?大丈夫なんですか?」
「少し休んだら良くなったわ。今度はデュラが全力で動いてみて。そうね、今の私だと恐らくデュラの攻撃を躱せないから、攻撃するのは無しで動きだけ見せてくれる?」
「それでしたら構いませんが……」
「それじゃ、お願いね」
アンジェは可愛らしく片目を閉じてウィンクし、それに応えるようにデュラは再び鎧を身に纏う。
二人は剣を抜かずに鍛錬場の中心付近で対峙し、アンジェがデュラに指示を出す。
「先ずは私の目の前まで踏み込んでもらえる?デュラの速度を直で見たいの」
「分かりました。では行きますよ」
デュラは言い終わると同時にアンジェの目の前にいた。
その風圧で後ろに吹き飛ばされ地面に倒れ込みながら、アンジェは驚きで目を丸くする。
「え、なに今の?全く見えなかった……」
デュラが吹き飛ばされたアンジェの元に駆け寄り心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?ごめんなさい」
「だ、大丈夫よ。それよりも今のが全力なの?」
「止まれる自信がなかったので全力ではないのですが……」
申し訳なさそうなデュラの言葉を聞いて、アンジェは眉間に皺を寄せた。
「力は疎か速度でも敵わない。今の私じゃ全く勝目がないわね」
「申し訳ありません」
「なんでデュラが謝るの?私は嬉しいのよ。自分がどれだけ自惚れていたか分かったんだから」
「そうなのですか?」
「そうなの。最初と同じく実戦形式でやりましょ。但し、デュラは守りに徹して攻撃はしないでね」
それから、アンジェは幾度となくデュラに挑んだ。と、言っても、アンジェが一方的に攻撃して疲弊するだけであるが。
そして、動けなくなる度に休憩を入れて水を飲む。すると、なぜかまた直ぐに動けるようになった。
これが何度も繰り返されると、流石にアンジェもこの水が治癒のポーションだと気が付く。
しかも、水差しの水は一定の量を保ち減ることがない。つまり、無限に治癒のポーションが手に入るのだ。
回復の効果は如何程か知れない。恐らくこんなところに無造作に置いているのだから大きな効果は見込めないだろう。
だが、アンジェの疲労を全て取り除くだけの効果はある。それだけでも神話で語り継がれるような魔道具であることは間違いなかった。
治癒のポーションを飲みながら、アンジェは独り言のように呟いていた。
「ほんと、竜王国って非常識な国よね」
「何が非常識なんですか?」
不意に声をかけられアンジェが振り返ると、そこにはメイド服に身を包んだマリーがムスっとしながら立っていた。
「な、何でもないのよ」
「竜王国のことを悪く言うのは感心しません。私、怒りますよ」
「そんなつもりで言ったんじゃないの。ただ、竜王国は貴重品を簡単に下賜するから不思議でならないのよ」
「そんなの決まってます。レン様だからですよ」
「まぁ、確かにレンの実力を考えたら優遇するのも分かるけど、やりすぎじゃないかしら……」
「そんなことよりも夕食の準備が出来ています。早く食堂に来てください。デュラさんもですよ」
「えっ?でも私、食事は出来ないのですけれど」
「食事ができなくても、みんな一緒のテーブルに着くんです。主従に関係なく友達として接して欲しいと言われましたし、私も友人として気兼ねなく言いたいことは言わせてもらいます」
「ゆ、友人!」デュラが満面の笑みでマリーに抱きついて離れようとしない。
マリーの顔はデュラの大きな胸に埋まり、見る間に赤くなっていく。
「む、胸が、く、苦しい。離してください。し、死んじゃう、死んじゃうから」
「あ!申し訳ございません。つい嬉しくて」
デュラに解き放たれたマリーは大きく息をして二人に向き直る。
「兎に角、お二人とも食堂に来てください。私は先に行ってますからね」
マリーは「うぅ~、疲れるぅ~」と肩を落としながら鍛錬場から出ていった。
アンジェとデュラが食堂に入ると、テーブルには豪華な料理が並び既に50人のメイドたちが席に着いていた。
「お二人の席はこちらの上座です。早く座ってください。折角の料理が冷めちゃうじゃないですか」
マリーに促され二人が席に着くと同時に、直ぐに食事が開始された。
メイドたちはテーブルマナーも仕込まれているらしく、上品に料理を切り分け口に運んでいる。しかし、殺伐とした貴族の食事風景とは違い、思い思いに話をしながら食事を楽しんでいた。
本来、メイドが主と一緒に食事をするなど有り得ない。そのため、多くの貴族の食事とは物静かなものだ。勿論、アンジェの家も例外ではなかった。
「こういう騒がしい食事も悪くないわね」
「ええ、素晴らしいです」
アンジェの言葉にデュラも楽しげに返答する。
デュラは食事を取ることができない。しかし、可愛いメイドたちが楽しそうに食事をしているのを見ているだけで幸せであった。
食事の後はみんなで風呂に入り汗を流した。デュラも風呂には入れるらしく、脱衣所でデュラの体を黒い霧が覆う、すると霧の中から一糸纏わぬデュラが姿を現した。
不思議な光景であるが、それについて尋ねるメイドは一人もいない。メイドたちはデュラのことを事前に聞いていたため、そういうものだと受け入れていた。
なによりも、人当たりの良いデュラのことを嫌いになるようなメイドはここにはいない。
アンジェはと言えば、手早く服を脱いで真っ先に湯船に飛び込んでいた。こういうところは誰よりも子供である。
風呂から上がるとデュラは星を見たいと外に出ていった。
睡眠を必要としないデュラハンであるため、今夜は夜空を眺めて過ごすのだとか。
ずっと遺跡に篭り夜空を見るのは久し振りなのかもしれない。アンジェの瞳には嬉しそうに外に出ていくデュラの後ろ姿が焼きついていた。
そして、アンジェはと言えば、寝室に入るなりベッドに倒れ込んでいた。
アンジェにとって今日は朝から慌ただしい一日であった。遺跡で襲われ殺されそうになり、その後は極寒の大気で凍死しそうになったりと散々である。
更には新しい住処を与えられ、そこは度肝を抜くようなお城であったり信じられないことばかり。
アンジェは肉体的疲労と精神的疲労、二つの疲れに後押しされて、深い眠りへ落ちていった。




