冒険者25
レンたちはギルドを出てベヒモスを見上げる。
体が少しは温まったのだろう。ベヒモスの背中では、アンジェが体を伸ばしたり屈伸したりと動きを確認していた。
『アンジェ、体の調子は大丈夫か?』
レンの声にアンジェは不機嫌そうに顔を顰めた。
凍えるほどの寒さに身を晒したのはお前のせいだろ!と言いたげに。
「問題ないわ。そっちこそ、デュラの登録は終わったの?」
『こちらも問題はない。デュラの登録も済ませてある』
「そう、で?これからどうするの?」
『デュラの家財道具を回収する必要がある。遺跡に戻るつもりだがアンジェはどうする?』
「レンは私に凍え死ねって言うの?」
『……確かにその薄着では無理だな。では、デュラの屋敷の掃除をしてもらえるか?』
「屋敷?デュラの家ってあの遺跡よね」
『遺跡のことではない。新たな屋敷を竜王国から貰ったので、そちらの掃除をして欲しい』
「屋敷を簡単にくれるなんて、レンは竜王国に重宝されているのね」
『そ、そういう訳ではないが……、取り敢えず竜王国から貰った屋敷に移動するか』
メイに視線を移せば食事の真っ最中であった。
美味しそうにサンドイッチらしきものを頬張っている。その様子を見て昼ご飯を食べていないことにレンも気付いた。
『と、その前にアンジェも昼ご飯を食べないか?』
「食欲もないし私は必要ないわよ」
『デュラは食事を取ったりしないのか?」
「私に食事という行為は必要ございません」
『そ、そうか……。メイ、貰った屋敷は覚えているな。そこに移動する』
メイはサンドイッチを頬張りながら首だけで頷いた。
アンジェは見慣れない風景をまじまじと観察する。
遠くに見える湖の上には、まさに聳え立つという表現が相応しい巨大な城が見える。城は大きさも然る事ながら、どれだけ石を磨いたのか美しく光り輝いていた。
アンジェのいる場所から城までは真っ直ぐに大通りが伸び、立派な建物が所狭しと並んでいる。しかし、その素晴らしい街並みとは裏腹に、通りは閑散として寂しい感じのする街だった。
「ここが竜王国なの?」
『そうだ。そして、ここがデュラの家になる』
振り返ったレンの視線の先、アンジェたちの目の前には庭付きの大きな城しかない。
「あのレン様?お屋敷ではなくお城に見えるのですが、このお城に私が住むのでしょうか?」
『う、うむ。私も少々大きいのではと言ったのだがな。私の従者が住むには小さいくらいだと猛反発されてな……』
レンはアテナたちに言われたことを思い出しげんなりする。
自分の従者の屋敷が欲しいと言ったら、アテナたちが街の郊外に即席の城を築き上げたのだ。
レンの居城より遥かに小さいものの、その出来は見事である。しかも、小さいといっても部屋数は100以上、なぜか玉座の間や竜が降り立てるテラスまで作られている本格仕様だ。
普通の冒険者が何に使うんだと突っ込みどころ満載の城である。その他、地下の鍛錬場や大浴場など、とても一人で管理できるものではない。
当然のように大量の住み込みメイドが送り込まれることになっている。
「ねぇレン、聞きたいことが山ほどあるんだけどいい?」
『あぁ~、よくはないな。恐らく答えられない。そうだ、アンジェもここに住まないか?部屋数も多いし鍛錬場もある』
アンジェは鍛錬場という言葉に惹かれるが問題はそこではない。
「この城を私とデュラの二人で管理しろっていうの?無理に決まってるでしょ!」
『そのことなら心配はない。住み込みのメイドが50人ほど来る手筈になっている』
「ご、50人?そんなお金払えるわけないじゃない!」
『そう興奮するな。全て国が払うに決まっているだろ?』
「どれだけ優遇されてるのよ……」
アンジェは深い溜息を漏らす。
だが、レンの実力を考えれば仕方ないのかもしれない。
アンジェの見立てではレンの実力は一国をも滅ぼせる。更にはベヒモスを従え今のレンは歩く災害と言っても過言ではない。
そのレンに逆らえる者など恐らく数える程しかいないはず、それを考慮すれば竜王国の過剰すぎる対応も頷けるというものだ。
『その内メイドが来るだろうからな。アンジェはメイドと一緒に屋敷の掃除をしてくれ。ついでにメイド達に部屋を割り当てるといいだろう』
「屋敷ね……、どっからどう見ても城にしか見えないわよ?」
『細かいことは気にするな。ベヒモスは大きすぎて遺跡に入れないからここに置いていく。あとは頼むぞ』
レンはメイに目配せする。
メイは次のサンドイッチを頬張りながら心得たとばかりに頷いた。
「ちょ、ちょっとベヒちゃん置いて……」
アンジェが言い切る前に、レンとメイとデュラの三人は姿を消していた。
アンジェはベヒモスを見上げて肩を落とす。
「はぁ~、メイドが怖がって逃げちゃうじゃない」
アンジェの独り言を他所に、ベヒモスは眠そうに大きな欠伸を一つしていた。
ベヒモスは屋敷の目の前で、そのまま寝転がって動かなくなる。正直、通行の邪魔でしかない。
メイドが来たら間違いなく怖がって逃げるに違いない。アンジェは必死にベヒモスを退かそうと話しかけるが、ベヒモスは意にも返さない。
「これ、どうするのよ……」
そんなことをしてる間に少女の団体がアンジェの背後に佇んでいた。
「あの、このお城の方ですか?」
不意に声をかけられアンジェはビクッと体を震わす。振り返ると明らかに自分よりも年下の少女がそこにいた。
その数50人、全員見るからにアンジェよりも年下で中には幼い子供もいる。
「あの、あなたたちは?」
代表と思われる少女が一歩前に出て洗練された動きで一礼する。
「今日からこのお城の担当になるメイドです。私はこのお城のメイド長を任されましたマリーと申します」
目の前にいるちびっ子がメイド長とはこれ如何に、「メイド長?」とアンジェは首を傾げる。
が、それよりも問題は他にある。ベヒモスを見て逃げ出さないかと気が気ではない。アンジェはベヒモスを隠すように視界を遮るが、ベヒモスの巨体を隠せるわけもなく直ぐに見つかる。というよりも初めから見えている。
じっとベヒモスを見つめるマリーに、アンジェがあたふたしながら声をかけようとしたが、それより早くマリーが口を開いた。
「ベヒちゃんじゃないですか。こんなところでお昼寝ですか?」
その声に答えるようにベヒモスはマリーに視線を向けて唸り声を上げる。
「そうですか、でもそこにいられては邪魔になります。少し場所を移動してください」
ベヒモスは仕方ないとばかりに気だるそうに場所を移動した。
アンジェは訳も分からずその光景を見ているしかなかった。
「あの、マリーちゃん?ベヒちゃんのこと知ってるの?」
「当然知ってますよ。レン様の大切なペットですから」
「ペット?」
「はい、ペットです」
「ペットか、そうなのかぁ……」
アンジェは登録魔獣をペット扱いするのはどうなんだろうと思ったが、思えば自分もそんな風に扱っている。
主にもふもふを堪能したり、もふもふを堪能したり、もふもふを堪能したり……
思い返せばアンジェの中のベヒモスはもふもふでしかない。これではレンのことは悪く言えない、情けなくて思わず地面に突っ伏したくなる。
それからアンジェはベヒモスに視線を移した。私の言うことは聞けないのに、ちびっ子メイド長の言うことは聞くのかと少し悲しくなる。
「あの、お城の中に入ってもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、構わないわよ。住む部屋も適当に決めてちょうだい」
「分かりました。それでは私たちの部屋は下の階、そして、えっと……。申し訳ございません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「自己紹介がまだだったわね。私はアンジェリカよ。アンジェって呼んでね」
「アンジェ様ですね、畏まりました。では、アンジェ様のお部屋は上の階にいたしましょう」
深々と頭を下げるマリーにアンジェは顔を顰める。アンジェとしてはもっと普通に接して欲しいと思っていた。
抑、今のアンジェは一介の冒険者であって偉いわけではない。この優遇もレンのお陰であり、自分の実力を認められてのことではないのだ。
「マリーちゃん、私に様は必要ないわよ。それに変に畏まる必要もないわ。友達として仲良くしましょう」
マリーはニッと笑みを浮かべる。
「アンジェさんは少しだけレン様に似てますね」
「レンと似てる?冗談でしょ?」
あの上から目線の高慢ちきと似てるとはどういうことだとムッとなる。
その表情に気付いたマリーは優しい笑みを浮かべながら話し出す。
「レン様は普段偉そうに話しますが、とても優しい方なんですよ。この国の住民の殆どがレン様に助けられた人たちです。この国に移住してからも定期的に私たちの様子を窺いに来て、なにか困ってることはないか聞いて回ったりしてるんですよ」
「そうなの?」
「そうなんです。そのうちアンジェさんにもレン様の素晴らしさが分かりますよ」
「素晴らしさね……」
「さぁ、立ち話も程々にしてお仕事です。みんな行きますよ」
マリー率いるメイドたちは意気揚々と城の中へ消えていった。
アンジェも後を追うように城の中へ入り――「え!」と目を疑う。そこはまるで別世界、天井からは煌びやかなシャンデリアが幾つも吊るされ廊下を明るく照らしている。
柱や壁には細かな彫刻が施され、それ自体が美しい芸術品になっていた。
所々に飾られている甲冑や花瓶、絵画など、どれを見ても国宝と思える程の素晴らしいものばかり、貴族として暮らしてきたアンジェでも、その価値が如何程の物なのか見当もつかない。
アンジェはメイド達に指示を出しているマリーを捕まえて問いただす。
「ねぇ、ここに私たちが住んでいいの?何かの間違いじゃない?」
「レン様にここに住めと言われたのですよね?なら、何も問題ありませんよ」
「え、だって、どう見ても王族が住むような場所じゃない。おかしいわよ」
「あぁ、言いたいことは分かります。私も初めてお城に使えた時には自分の部屋を見て驚きましたから……。でも、この国はこういう国なんです。待遇がかなりおかしいというか行き過ぎというか、兎に角諦めてください。そのうち慣れますから」
マリーはどうしようもないですよと苦笑いを浮かべていた。
レンに鎧を与えるのだから、竜王国はそれなりに資金の豊富な国なのは分かる。しかし、一介の冒険者に城をあてがうなど異常としか思えない。しかも、城内の調度品は国宝級の物ばかり、それだけレンを優遇しているのだろうがやりすぎにも程がある。
抑、新たにできた国なのに財源など不透明なことも多い。
「きっとレン同様、竜王国は非常識な国なのね……」
アンジェの口からは自然とそんな言葉が漏れていた。
アンジェは城の中を見て回るが掃除が必要とはとても思えない。床も壁も天井も全てが綺麗に磨かれていて埃一つ無い。
ここを掃除しろとはなんの嫌味で言っているんだと逆に腹ただしくなる。
部屋はどこも広く調度品や家具、寝具など全てが備わっていて、その一つ一つが国宝級ではないかと思える物ばかり。アンジェの実家もそれなりに裕福な貴族であったが、そこで使われていた家財道具が見窄らしく見えてしまうほどだ。
しかも、寝室と思われる場所は全て同じ仕様になっている。つまり、住み込みのメイドも王侯貴族が住むような部屋をあてがわれることになる。
恐らくメイドたちは貴族の娘なのだろうが、それでもメイドにこの待遇はない。
「もしかして、住み込みで働くメイドって全員上級貴族の御令嬢なのかしら……」
部屋で一人佇むアンジェに答える者は誰もいない。
アンジェは肩を落とし重い足取りで城内を散策する。城の中央には玉座の間、上階にはやたらと広いテラス、地下には大浴場と鍛錬場、どこを見ても素晴らしい作りになっていた。
掃除をしろと言われたが、掃除をする場所など当然どこにもなく、アンジェは外にいるベヒモスの上で寝ることにした。
城を出るとちょうどレンと鉢合わせになる。
遺跡から持ってきた家財道具は少ないらしく、デュラが大きな椅子を一つ持ち、レンは山積みの書物を両手で抱えていた。
アンジェは聞きたいことがあるとレンに歩み寄る。
「レン、このお城かなり豪華よ。本当に住んでいいの?後で叱られたりしないでしょうね」
なぜか不機嫌そうに尋ねるアンジェに、レンはまた何かあったのかと顔を顰めた。
『問題ない。これは私が貰った屋敷だ、叱られる道理がない』
「それならいいけど、中の調度品なんかも国宝級の物ばかりよ。壊しでもしたら弁償なんてことにならないの?」
『それも全て私の所有物になっている。壊しても気にするな』
国宝級の調度品を壊しても気にするなとは、どういう神経をしているんだと怒りがこみ上げてくる。
だが、所有者が気にするなというのだから仕方ない。「腹いせに態と壊してやろうかしら」アンジェは誰にも聞き取れないような小声で呟いていた。
「それと、メイドって貴族の御令嬢よね。私、堅苦しいのは嫌なんですけど!」
『何を言っている?メイドには平民しかいないはずだが』
「えっ?だって、部屋は王侯貴族が暮らすような豪華な部屋しかないわよ」
『そうだろうな』
「そうだろうなって、そこに平民のメイドが住むの?」
『当然だ。私は貴族だろうが平民だろうが差別はしない。アンジェもそうだと思っていたのだが違うのか?』
「私も基本的にはそうよ。私が言いたいのは豪華すぎるってことなの。私やメイドにあんな豪華な部屋は必要ないのよ」
『まぁ、そこは我慢してくれ。私にはどうにもならない。何せ国のお偉いさんの方針だ。もっと言えば私も豪華すぎると抗議はしたのだ。尤も、私の意見は受け入れられなかったがな』
「やっぱり竜王国は非常識な国なのね。どれだけお金があるのよ……」
レンもやりすぎであることは重々承知しているのだが、こればかりはアテナたちが引かないためどうしようもない。
アンジェさん、あなたは一つ大きな勘違いをしている。
このお城は元手ゼロ、タダ同然です。
この国のお偉いさんは、何もない所から何でも作れるんですよ。
まぁ、お金があることは否定しないけど……
それと、俺は決して非常識ではない。
と信じたい……
レンが思いに耽っているとアンジェの訝しげな視線を感じた。
胡散臭いものを見るように暫く見つめたあと、今度は諦めたように溜息を漏らしている。
『ま、まぁ、アンジェの言いたいことも分かるが人間諦めが肝心だ』
「そうね。諦めが肝心ね」
アンジェの冷ややかな声に、レンは返す言葉が見つからなかった。




