特訓2
翌日、レンの迎えを待ってアンジェとデュラは再びコルタカの街にやってきた。
「これからどうするの?」
アンジェに問われるがレンは何も決めていない。
個人的には蛮族に興味があったが、ベヒモスが森に入れないため諦めるしかなかった。
一日で終わるような依頼も薬草採取しかないため他の街に移る必要がある。
『ベヒモスは森への出入りが禁止されている。他の街に移る必要があるだろうな。取り敢えず、ここから近い町に移動して冒険者ギルドを覗いて見ようと思う』
「まぁそこら辺はレンに任せるわ」
「私はレン様についていくだけです」
アンジェやデュラに異存はない様で、すんなりと隣町への移動が決まる。
特に急いでいるわけではない。ベヒモスには普通に歩いて移動してもらい、終始寝転がりながらの、のんびりとした旅路である。
それでも、ベヒモスはその巨体から歩幅が大きいこともあり、数日かかる道程が僅か一日で終わってしまった。
次の街が視界に入り、アンジェが体を起こして「ん~」と背筋を伸ばしている。
「快適よね。一日中寝ているだけで目的地に着くんだから」
「ベヒちゃんは歩く速度も速いんですね」
『今日はもう直ぐ日が暮れる。街に入ったら竜王国に戻り、依頼は明日の朝受ける』
「分かったわ」
「畏まりました」
街の入口に近づくと、意外にもあっさり通してもらえた。
レンは街に入るのを拒まれるのではないかと危惧していたのだが、どうやらベヒモスの話は伝わり話題になっているらしい。
街に入れば遠巻きに住民がベヒモスの様子を窺っている。不安そうな表情の住民もいれば、興味津々といった面持ちの住民もいたりと様々である。
初めてコルタカの街に入った時の拒否反応から比べたら随分とましであった。
『さて、街にも入れたし帰るとするか』
レンは可愛らしい寝息を立てているメイに視線を移す。
軽く体を揺らすと気怠そうに瞳を擦りながら目を覚ました。
「ん?レン様?」
『メイ、今日はここまでだ。アンジェとデュラの屋敷に移動する』
「ん~分かったの」
屋敷の前でアンジェとデュラの二人を下ろし、レンたちも直ぐに居城へと帰っていった。
それを見届けアンジェがデュラに向き直る。
「デュラ、食事前に地下で模擬戦をしましょう。一日中寝ていたから体が鈍ってしまうわ」
「はい、お付き合いいたします」
アンジェとデュラは昨日と同様に模擬戦を行った。
昨日の今日で直ぐに強くなっている訳もなく、やはり実力には大きは差がある。
当然といえば当然で、一撃も入れることができずに模擬戦は終了した。
アンジェは肩で大きく息をしながらデュラに尋ねた。
「昨日と比べてどう?」
「どう?と言われましても、私には同じように感じたのですが……」
「そう」
アンジェとて一日二日で強くなれるとは思っていない。それでも聞かずにはいられなかった。
今のアンジェの実力ではレンたちのおまけと言われても過言ではない。居ても居なくても依頼の成否に影響を及ばさない空気のようなものだ。
それが無性に悔しくもあり、寂しかったのだ。
私とデュラの間にはどれだけ差があるんだろう……
そして、私とレンとの差はどれだけ離れているんだろう……
アンジェは考えるも実力の差があり過ぎて見当もつかない。余裕の態度から、恐らくレンもデュラも本気は一度も出していないと思われた。
「遠いなぁ……」思わず溢れた言葉に、アンジェは肩を落として溜息を漏らすことしかできなかった。
翌日からは、ギルドで討伐系の依頼を受けては全てアンジェがこなしていった。
勿論、レンとデュラの二人は反対したがアンジェは頑なに譲らなかった。二人に対する負い目や、少しでも強くなりたいという思いが、アンジェを魔物討伐に狩り立てた。
尤も、ベヒモスを見た時点で魔物に戦意があるはずもなく、逃げ惑う魔物にアンジェが止めを刺す形である。
夜になればデュラとの模擬戦、こうした日々が半年もの間続けられた。
その間、レンたちのランクも既にBランクまで上がり、近隣諸国では名の知れた冒険者となっていた。
実際には、災害級の魔獣と魔物を従える冒険者として世界中に名が知れ渡っていたのだが、レンたちはまだそのことを知らない。
少し考えれば分かりそうなことだが、レンの一般常識は竜に囲まれた生活の中で少しズレていた。
デュラはまだその辺りのことをよく理解しておらず、この程度の冒険者は珍しくないと思っていた。
アンジェはと言えば己れの鍛錬で手一杯、他のことなど頭になかった。
メイは何も考えていないので問題外。結局のところ、レンは少し名が売れだした冒険者程度に自分たちのことを考えていた。
その自称売れ出し中の冒険者たちは今後の方針を悩んでいた。
サウザント王国内の主要都市には全て立ち寄ったため、他の国に行かないかとアンジェに提案されたのだ。
「今度は竜王国なんてどう?国土が一番広いし、なにより私たちは竜王国のお抱え冒険者なんでしょ?少しは国内で依頼を受けた方がいいんじゃないの?」
アンジェの言うことは最もだが、竜王国には目星い依頼などなかった。
レンは魔物や盗賊の排除完了の報告を重臣たちから数ヶ月前に受けとっていた。
その後も巡回は怠っていないため、魔物や盗賊のような存在は皆無と言っても過言ではない。
『残念だが竜王国に討伐系の依頼はない。何せ竜が治安維持のため巡回している上に、竜王国の重臣が盗賊を全て狩り尽くしているからな』
アンジェは空を飛び回る竜を思い出し盛大に顔を顰める。
「ねぇ、竜王国の竜って全て災害級よね?どうやって従えているの?」
『そそ、それは国の最重要機密だ。私が知るはずがないだろ』
突然の質問にレンは少し上ずった声で返す。
怪しいことこの上ないが、アンジェは気にする様子もなく「そうよねぇ」と呟いていた。
『そんなことより次の目的地はどうする?』
「じゃドレイク王国はどう?竜人に会ったことがないし、一度でいいから会ってみたいわ」
レンは大名行列を思い出し眉間に皺を寄せる。
竜人は俺のことが声で分かるらしいからな。
俺がドレイク王国に行ったら正体がばれるに決まっている。
そうなれば面倒なことになるのは間違いない。
『抑、ドレイク王国には冒険者ギルドがない。行っても意味はないから行く不要はないな』
「そうなの?少し残念ね。ならノイスバイン帝国は?何でも山が切り崩されて街道が繋がったって聞いたけど」
アンジェの言葉を聞いて、レンは以前受けた報告を思い出していた。
あぁ、確かにそんなことを言っていたな。
街道を作るのに邪魔だから、旧エルツ帝国との国境に跨る山を切り崩したとか。
確か採取した鉱石をどうすればいいか相談された記憶がある。
山は両国に跨っていたし、鉱石は互いの国で半分にするように言ったはずだ。
『新たな街道も気になる。旧エルツ帝国からノイスバイン帝国に向かうとしよう』
「街道が気になるの?」
『竜王国が作った街道だからな。不備がないか通って確かめた方がいい』
「なるほどね。まぁ私に異存はないわ。デュラはどう?」
「私はレン様について行くだけですから」
『二人共いいなら決まりだな。今日はもう直ぐ昼になるし、移動は明日からにする』
「まだお昼前でしょ。今から移動してもいいんじゃないの?」
『メイもゆっくり城で昼食を取りたいだろうからな。アンジェも今日くらいは自由に過ごすといい』
「そうね。ならそうさせてもらうわ」
昼食と聞いて、今まで退屈そうにしていたメイが瞳を輝かせている。
「ご飯なの!」
『そうだな、帰るとするか。アンジェとデュラはベヒモスから降りてくれないか?』
レンたちはアンジェとデュラの屋敷の前でベヒモスに乗りながら相談をしていた。
そのためレンはベヒモスから降りるように促したのだ。
メイは余程ご飯が待ちきれないらしく、二人がベヒモスから飛び降りるのと同時に[転移]を発動していた。
アンジェが振り向けば既にレンたちの姿はない。
別れの挨拶も言わないレンに憮然となるが、これも所詮はいつものこと。デュラに視線を向けていつもの言葉を出した。
「デュラ、模擬戦をしましょう。今日こそ一撃入れてみせるわよ」
「はい、今日も頑張りましょう」
これはデュラにとっても毎日の日課になっていた。
今のデュラには当初に見せていた嫌がる様子はない。何度も挑んでくるアンジェの熱意に押され快く受けるようになっていた。
何よりも、僅かではあるが日増しに強くなるアンジェの成長を見るのが楽しみになっていたのだ。
二人は地下鍛錬場の中央で身構え、アンジェがいつものようにスキルを発動させる。
「〈瞬動〉〈敏捷倍加〉〈加速〉」
さらに新たに取得したスキルを発動させた。
「〈影移動〉」
アンジェの姿が消えた瞬間、デュラの影からアンジェの姿が躍り出る。それも目視不可能な速度で、そこから振り下ろされる剣は絶対不可避の一撃であった。
そう、本来であれば……。だが相手は災害級の魔物、そう簡単に攻撃が通るわけがない。
デュラは攻撃が分かっていたかのように、難なくアンジェの剣を指先で弾いた。
アンジェは剣ごと上空に弾き飛ばされながら空中で体を翻し態勢を整える。
「クッ!やっぱり影からの攻撃は読まれるわね」
そのまま地面に着地すると険しい顔で言葉を吐き捨てた。
そして今度は別のスキルを発動させる。
「〈超加速〉」
アンジェはデュラの周りを駆け巡り翻弄する。
それは横の動きだけではない。地面、天井、壁を利用した立体機動、そこかしこにアンジェの幻影が浮かび上がり幾重もの斬撃や刺突がデュラを襲う。
流石のデュラも初期の頃のようにアンジェの剣を摘むことはできず、全ての攻撃を指先で弾いていた。
そんな攻防が小一時間程行われ、遂にアンジェは膝をつく。
昔であれば五分も持たないスキルの併用である。それだけでもアンジェが如何に強くなったのかが窺える。
しかし、アンジェは納得していない。
確かに自分でも強くなっている実感はあるが、それでもデュラにはまだまだ余裕があるからだ。
疲労で動けなくなったアンジェはその場に倒れ込み天井を見上げる。
玉のような汗が頬を伝わり地面へ染み込んでいくのが感じられた。
激しく脈打つ鼓動がはっきりと聞こえ、それを落ち着けようと肩で大きく息をする。
「アンジェさん大丈夫ですか?」
水差しとグラスを手に持ったデュラが、心配そうにアンジェを覗き込んでいた。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」
「それなら良かったです。これをどうぞ」
アンジェは上体を起こして差し出されたグラスの中身を一気に飲み干す。
治癒のポーションが体に染み渡り、その効果は直ぐに現れた。
先程まで立つこともできないほど疲労していたはずなのに、まるでそれが嘘のように体が軽くなる。
「このポーション相変わらず凄いわね。これが無限に湧き出るなんて、この水差し一体どうなってるのかしら?」
「本当に不思議です」
アンジェが昔レンに聞いた時は『知らん』と言われ釈然としない思いをしたのだが、今では「竜王国だから仕方ないか」と粗方それで納得していた。
人間環境が変われば変わるものである。
「まぁいいわ。これのお陰で無茶な鍛錬ができるんだし続きをしましょうか」
「はい」
デュラが水差しとグラスを壁際に戻すと再度アンジェが身構える。
デュラに一撃入れるためには速度がまだ足りない。
私の最高速度を更に高める必要がある。
アンジェは大きく息を吸い込み精神を集中させてからスキルを発動させた。
集中しているからといってスキルの効果が変わるわけではない。それでもアンジェの中では気の持ちようが多少は変わった。
アンジェが願うことは唯一つだけ、誰よりも速く動くこと。
「〈瞬動〉〈敏捷倍加〉〈加速〉〈超加速〉」
再びアンジェの姿が消える。
風を纏うような高速移動はデュラも視認はできない。しかし、気配で場所は手に取るように分かっていた。
アンジェから振り下ろされる剣先は、いつものように見向きもせず指先で弾き返される。
これじゃ駄目!
デュラの反応速度より速く動かないと!
今ですら立体機動を駆使しての高速移動で体には大きな負荷がかかっていた。
筋肉がいつ断裂してもおかしくない状況で、アンジェは自らの足に更に力を込める。
だがデュラにはそれでも届かない。斬撃や刺突は全て弾かれアンジェの剣は掠る気配すらない。
アンジェは心の内で祈るように何度も言葉を繰り返す。
もっと速く!
もっと!もっと!
その言葉に呼応するかのように僅かに速度は上がる。
しかし、その程度で結果が変わるはずがない。
幾度となく剣を振り降ろすが、いとも簡単にあしらわれる。
アンジェの体は既に限界を超えて動いていた。筋肉は軋み、警鐘を鳴らすかのように鼓動が激しく脈打つ。
体を巡る激痛を堪え、それでもアンジェは更に力を振り絞る。
諦めない!
諦めたくない!
私は足でまといにならない!
そんなのは嫌だ!
そこかしこに浮かぶ幻影の中から、アンジェの本体がデュラの背後に高速で迫る。
しかし、不意に体が鉛のように重くなった。スキルの併用に加えて、無理に限界以上の力を引き出そうとした結果である。
本来であればスキルを併用しても一時間は戦えるはずが、僅かその半分で動けなくなってしまった。
苦痛に顔を歪めながらアンジェは渾身の力を振り絞る。
倒れるなら、せめて一撃いれてから……
朦朧とする意識の中でアンジェはそのまま倒れ込んだ。
デュラもそれに気付いてアンジェを受け止めようと振り返り手を広げたが、その腕の中にアンジェの感触はなかった。
アンジェの体はデュラの脇をすり抜けるように、デュラの後方に移っていた。
「えっ!?」
想定外の出来事にデュラも思わず声が出る。
アンジェはそのまま地面に倒れ込み、転がるように壁に激突して動かなくなってしまった。
「アンジェさん!」
デュラが慌てて駆け寄り、水差しから直接治癒のポーションを飲ませる。
アンジェは直ぐに目を覚ますが意識がはっきりしていないのか、寝惚けたように周囲を見渡していた。
「あれ?私どうしたんだろ?」
「どうしたんだろ?じゃありません!無理はしないでください!」
「そうだ。最後に無理して、それから……」
「兎に角、倒れ込む寸前にあんなスキルは使用しないでください。本当に驚きましたよ。いきなりアンジェさんの気配が消えたと思ったら後方から現れたんですから。流石にあれでは受け止められません」
「それどういうこと?」
「ですからアンジェさんが最後に使ったスキルです。感覚としては[転移]に酷似していましたよ」
それを聞いてアンジェは最後の瞬間を思い出していた。
確かデュラの背後から一撃入れようと必死で……
それから、体が何かを通り抜けたような……
思い出そうにも記憶が定かではないため、はっきりと思い出せなかった。
それでも自分が何らかのスキルを使ったという感覚はある。こうなればやることは唯一つだけ。
「デュラもう一度やるわよ」
「またですか?今日はもうやめた方が……」
「新しいスキルを覚えそうなの。お願いだからもう少しだけ付き合って」
「はぁ、仕方ありませんね」
二人は鍛錬場の中央に移動すると、アンジェがスキルを発動させた。
「〈瞬動〉〈敏捷倍加〉〈加速〉〈超加速〉」
アンジェは先ほどと同じく立体機動を駆使して高速で動き回る。
そして先程の光景を再現するかのようにデュラの背後から襲いかかった。
しかし、結果はいつもと変わらない。
そう、これじゃ駄目なのよ。
デュラは私の気配を感知して場所を特定している。
さっき私が倒れる寸前思ったことは。
倒れるなら、せめて一撃いれてから……
私はその想いでデュラの傍に移動しなければと強く思っていた。
そしてデュラの言葉。私の使ったスキルは[転移]に似ていたと。
もしかして私の使ったスキルって……
アンジェにはそのスキルに心当たりがあった。
神話や御伽噺に出るようなスキルであり、昔自分が憧れたスキルでもある。
尤も、使用できるのは神と呼ばれる存在のみ。スキルの存在自体が疑わしく、実在するかも分からないものだ。
アンジェとてそれなりの常識はある。仮にそのスキルが存在したとしても、それが人知の及ばない習得不可能なスキルであることは知っていた。
でも、もしかしたらという思いもある。だから……
アンジェは上空から強襲しながらスキルを発動させる。
移動先はデュラの足元。
「〈次元移動〉」
上空にあったアンジェの姿が忽然と消える。
アンジェの消えた気配にデュラが咄嗟に周囲を見渡した。しかし、アンジェの姿は何処にもなく、デュラは不思議そうに首を傾げる。
暫くして、不意にデュラの足元から剣が振り上げられ、それと同時にアンジェの気配が足元に現れた。
不意を突かれたデュラは反応できずにその攻撃を鎧で受け止める。
下から振り上げられたアンジェの剣は、デュラの腕を滑るように通り抜け脇に挟まる形で止まった。
普通の人間であれば肩から腕が切り落とされているだろう。しかし、災害級の魔物であるデュラには擦り傷一つつけられない。
涼しい顔で――ヘルムで表情は見えないが――アンジェを見下ろした。
「凄いスキルですね。気配を遮断して急に現れるなんて」
「私も本当に使えるなんて夢にも思わなかったわよ。どうやらある程度移動時間を調整できるみたいね。何もない空間を移動してる感じがしたわ。今回は時間をかけて空間の感触を確かめたけど、一瞬にして移動することもできるんじゃないかしら」
「それはますます油断できませんね」
「それよりもデュラは大丈夫なの?怪我はない?」
「はい、問題ございません」
「渾身の一撃だったのに、やっぱりデュラは強いわね」
アンジェの言葉にデュラは「うふふ」と笑うばかりである。
まだまだデュラには余裕が窺えるが、当初の目的である一撃加えるという願いは叶った。
そして何よりも新たなスキルを習得できたことが大きい。
だからアンジェは満面の笑顔で告げた。
「スキルの感触を掴みたいし、もう少し付き合ってよね」
「はい、望むところです」
それから二人は再び模擬戦を行った。
アンジェは幾度となく新たなスキルを発動し、何が出来て何が出来ないのかを確かめる。
分かったことは移動時間を数秒ではあるが調整できるということ。一瞬にして目的の場所に出ることもできれば、数秒遅れて出ることもできる。
そして、移動できる場所は視界の範囲内であるということ。
このスキルのお陰でアンジェの攻撃も僅かではあるがデュラに入るようになっていた。
デュラは防御力が高く常に無傷であるためアンジェに手加減はない。
そして今もまたアンジェの全力の一撃がデュラに襲いかかる。それに応えるように、デュラも負けじと自らの大剣でアンジェの剣を薙ぎ払っていた。
「私に剣を使わせるなんて、アンジェさんのそのスキルは本当に厄介ですね」
デュラの涼やかな声は全く厄介そうに聞こえない。寧ろ嬉しそうに感じるのは気のせいではないだろう。
「デュラこそどうなってるのよ。手応えのある攻撃が何回か入っているのに、鎧に擦り傷すら付かないなんて」
肩で大きく息をしながらアンジェが答える。体中から汗が滴り衣服がベッタリと体に張り付いていた。その不快感に思わず顔を顰めたくなる。
「ですが、アンジェさんの攻撃は速度が乗ってかなりの威力があります。自信を持ってください」
無傷の相手に自信を持てと言われても虚しくなるだけであった。
しかし、その思いとは真逆にデュラに褒められて嬉しいのも事実である。
「なら、擦り傷くらいは付けられるようにならないとね」
アンジェはスキルを駆使しながら剣を振り下ろし、デュラもまたそれに応えた。
それから数回アンジェの剣が振り下ろされると、ピシ!と嫌な音が鳴り響いた。
しかし、模擬戦に集中している二人はそれに気付かない。
アンジェの剣をデュラの大剣が受け止めたとき、それは不意におとずれた。
アンジェの持つミスリル製の剣が音もなく二つに折れたのだ。
それはアンジェの家宝の剣であり、大切にしていた宝物でもある。
アンジェはその場で呆然と立ち尽くし、デュラはどうしようかと慌てふためいた。
「あ、あの、申し訳ございません。私のせいでアンジェさんの大切な剣が……」
デュラが悪いわけではない、それを一番よく分かっているのはアンジェであった。
頭を下げるべきはデュラではなく、寧ろ毎日の鍛錬に突き合わせている自分であると。
それにデュラの言葉を信じるなら自分の攻撃は威力が高いとのこと。アンジェは折れるのも仕方ないと納得するしかなかった。
アンジェの剣は細身のレイピアに近い作りであった。強打での打ち合いに不向きな剣がこれまで折れなかったのが不思議なくらいだ。
そして、今日までアンジェの剣が折れなかったのは毎日の手入れを欠かさなかったからである。それで折れたのだから誰が悪いわけではない。
どんな物にも寿命はある。折れるべくして折れたのだ。
「デュラが悪いわけじゃないでしょ?それに謝るのは私の方よ。毎日私の鍛錬に付き合わせてごめんね。そして、ありがとう」
「アンジェさん、でも剣が……」
「大丈夫よ。修理に出せるかも知れないし、まだ直らないと決まったわけじゃないわ」
「そうですか、直るといいですね」
「ええ、そうね」
アンジェはデュラの手前直るかもと言ったが、内心もう無理だろうと思っていた。
流石に折れてしまっては元通りとはいかない。折れたところから鍛え直し、短剣にするのが関の山であろうと。
明日、レンにでも相談してみるか。そんなことを考えながら、アンジェは折れた剣をいつまでも名残惜しそうに見つめていた。




