国家樹立14
フェブが侵入者を撃退している頃、エイプリルとセプテバによる貴族の説得――若しくは脅迫――も順調に進んでいた。
今もまた一人の男爵を説得し終わったところである。
二人は目立たないようにと[飛行]の魔法で夜空を飛んで移動していた。
竜での移動では余りに目立ちすぎる、貴族たちに逃げ隠れされて時間を無駄にしないようにとの配慮であった。
同時に竜での移動より膨大な魔力を込めた[飛行]の方が早いためでもある。
「それにしても移動が面倒っすね。一度行ったことがある場所なら[転移門]か
[転移]の魔法で一瞬なんすけどね」
隣を飛行していたセプテバが同意するように頷いた。
「私もセプテバさんもこっちの大陸には馴染みがないっすから……、はぁ……本当に面倒っす。抑、貴族が多過ぎるんすよ」
エイプリルは渡されたリストに目を落としてげんなりする。そこにはこれでもかと貴族の名前が書かれてた。その横には屋敷の場所も記されている。
セプテバが次の貴族の屋敷を発見したのか眼下を指差し速度を緩めた。
「お!もう到着すか?じゃ今回もやるっすよ!」
そう言うと屋敷の頭上で[飛行]の魔法を解除した。
重力に任せて徐々に落下速度が加速すると、そのまま屋敷の屋根を突き破った。
爆裂音と共に屋敷全体に揺れるような衝撃が走る。
執務室と思しき部屋の中に降り立つと、衝撃で崩れた書類が所狭しと散乱していた。
目の前では品の良さそうな老人が口を開けてぽかんとしている。
事態を飲み込めていないのだろう、天井に空いた穴とエイプリルを見比べて「はぁ?」と口に出していた。
「怪盗ジャンヌ参上っす」
老人は「怪盗ジャンヌ?」と首を傾げてもう一度少女を確認する。
こんな馬鹿な真似をする少女は老人の知る限り一人しかいない。しかも、老人の記憶にある昔と変わらぬ姿がそこにはあった。相変わらずの少女に思わず溜息が漏れてしまう。
「はぁ~、こんなところで何をしているのですか?ジャンヌ様」
「ん!私のこと知ってるんすか?話が早くていいっすね」
「知ってるもなにも僅かな間でしたがジャンヌ様と冒険者をしていたこともございますよ。本当に私のことをお忘れで?」
「確かここはコラルド伯爵の屋敷っすよね?コラルド……?」
確かに聞き覚えはある、エイプリルは昔を思い出すように顎に手を当て首を傾げた。
「ん?もしかして泣き虫コラルドすか?あの泣いてばかりの役立たずの?そう言えば実家に帰るって冒険者やめたっすよね。まさか貴族とは思わなかったっす、人は見かけによらないもんすね。それに昔の面影が全くないっす。あんなに小汚い小僧が、いつの間にか品の良さそうな爺さんになるとは。世の中なにがあるか分からないっすね」
「役立たずはないでしょう、それに小汚いって――抑、ジャンヌ様がいつも無茶な依頼ばかり受けるからです。お陰で毎回泥まみれになるわ、死にかけるわで大変だったではありませんか」
「なに言ってるんすか、無茶な依頼なんて一つも受けてないっすよ」
「……そうですか、まぁジャンヌ様から見ればそうなんでしょうな。で?なぜここに来られたのですか?私のことなど忘れていたのに。しかも、天井を破って来るとは、相変わらず常識外れな」
「ふっふっふ、怪盗ジャンヌは天井裏から密かに屋敷に忍び込むものなんすよ。むかしアオイがそんなことを言ってたっす」
「アオイ殿ですか、あの人も余計なことを……」
コラルドは天井に開けられた穴を見て「密かに忍び込む?」と苦笑いする。これは絶対にからかっている、それはもう間違いない。
どう考えても忍び込むとはかけ離れている、どこに天井をぶち破って忍び込む馬鹿がいるものか。
「いやぁ、実は密かに忍び込んだのには訳があるんすよ」
「ジャンヌ様、巫山戯るのもいい加減にしていただけますか?態と目立つように屋敷に入ったのでしょう?」
「やっぱり分かるすか?私が本物のジャンヌだって信じない貴族が多いんすよね。仕方ないから派手な登場の仕方で真実味を持たせてるんすよ」
「確かに貴族の屋敷の屋根をぶち破って侵入するなどジャンヌ様以外いないでしょうな」
「これで侵入するようになってからは、初対面でも半分くらいの貴族は信じてくれるようになったっす」
今のを聞く限り相当数の貴族が被害に遭っている。
この人は一体なんの嫌がらせでそんなことをしているんだ?コラルドが頭を抱えていると、天井から一人の男が舞い降りてきた。
昔、冒険者をしていたこともあり、コラルドもよく知る人物の姿がそこにはあった。
「げぇ!オロチ様?お二人が一緒とは珍しいですな。――まさかとは思うのですがこの国の貴族が何か失礼を?」
嫌な予感が脳裏を過る、二人が一緒に行動するなど滅多にあることではない。
「この国の皇帝が喧嘩売ってきたっす」
「はぁ?そんな馬鹿な!確かにヴェレク陛下は好戦的ではありますが、しかしお二人方に喧嘩を売るなど有り得ません。何かの間違いでは?」
「正確に言えば私らのご主人様である竜王様に喧嘩を売ったっす。折角、竜王様自らこの国に赴いたというのに、この国の馬鹿皇帝は竜王様を攻撃したそうじゃないすか。本来であればこの国は滅びて当然っすよ」
「ご、ご主人様?お二人はその……竜王様?に使えているのですか?」
「そうっすよ。偉大な竜王様は死の大地に竜王国を作られたんすけど、ここの馬鹿皇帝が国家樹立を認めないどころか殺そうとしたんすよ」
「では我が国の皇帝が殺されたというのは……」
「自業自得っすね。いまこの国の国民は竜王様のご慈悲で生かされてるっす。もし、竜王様が攻撃されたなんてお三方に知れたら間違いなく大陸ごと消えてるっすよ」
「お三方?」
「竜王様の次に偉大な方々っす。幸い竜王様のご命令で馬鹿皇帝の仕出かした事はお三方に伏せられてるから安心するといいっすよ」
「先程から聞いていると、その方々はお二人よりも強いように聞こえるのですが……」
「当然じゃないすか。私らじゃ瞬殺されるっすよ」
コラルドは共に冒険者をしていたこともあり、ジャンヌの強さは嫌というほど知っている。
国崩しと呼ばれたジャンヌの力の一端も一度だけ見たこともある。
そのジャンヌが瞬殺される?そんなことは想像もできない、いつもの冗談かと思ったが隣でオロチが頷いているのを見ると冗談ではなさそうだ。
何が何だか訳が分からないが、どうやら国を滅ぼしに来た訳ではないらしい。
コラルドは大きくため息を吐き出すと口を開いた。
「お二人は帝国を滅ぼしに来たわけではないのでしょう?少なくともジャンヌ様は問答無用で国を滅ぼしますからな。それに国を滅ぼすのであれば態々貴族の屋敷を訪問したりはしないはず」
「それなんすけどね、慈悲深い竜王様はこの国を竜王国に併合することにしたっす。そこで貴族たちには竜王国に従うか死ぬか聞いて回ってるんすよ。コラルドはどうするすか?」
「ジャンヌ様に逆らうわけが無いでしょうに」
「コラルドは話が分かるっすね。じゃ領地等の既得権益を奪うことはしないっす。ただ……」
そこで一区切りすると、真剣な表情でコラルドを見つめた。
「領民はお前が責任を持って管理するっす。もし竜王国に逆らう民がいたらお前が責任を持って処断する。いいっすね?」
「なるほど……そういう事ですか、それで貴族の説得をしていたのですな。どちらにしろ答えは一つしかございませんよ、全てに従いましょう。断っても死ぬだけですし、何よりジャンヌ様に逆らうなど愚かなことです」
それを聞くとジャンヌも嬉しそうに笑みを見せた。
ジャンヌとて昔の知り合いを殺したくはなかったのだろう。
「そうすか、じゃもう用はないんで行くっすね。あっ!そうそう、もし裏切ったら一族郎党楽には死ねないんで絶対に裏切ったら駄目っすよ」
「お待ちください。他の貴族に向けて書状をご用意いたします。その方が話も直ぐに通るでしょう」
「コラルドも気が利くようになったんすね。あの鼻垂れ小僧がこうも変わるとは」
「鼻垂れ小僧は余計ですよ。それに、犠牲は少しでも少ない方がよいですからな」
ジャンヌはからかう様に笑い、コラルドは肩を竦めた。
昔は当たり前のように見られた光景にコラルドが懐かしんでいると、騒ぎを聞きつけた使用人たちが執務室の扉を激しく叩いた。
「コラルド様!大きな物音がしましたがご無事ですか!コラルド様!」
「今頃来るとはコラルドの使用人はなってないっすね」
「夜間は使用人を離れで休ませるようにしておりますから」
「という事は、夜ならコラルドは簡単に暗殺できそうっすね」
「私ごときジャンヌ様なら昼夜関係なくいつでも殺せますよ」
「まぁ確かにそうなんすけど、無用心っすよ」
「そうですな、忠告は聞いておきましょう」
「コラルド様!そこに誰か居られるのですか!」
「いいんすか?呼んでるっすよ」
「ジャンヌ様とオロチ様はそちらのソファに掛けてお待ちください」
コラルドは椅子から立ち上がると扉の方へと歩き出す。
扉を叩く音に顔を顰めながらも扉を開けると、使用人だろうか数人の男女が心配そうに立っていた。
そして中の惨状を見て目を丸くする。床には書類や木材などが散らばり天井には穴が空いている。
ソファには見たこともない男女が二人腰を落としていた。
「コラルド様これは一体、それにあの方々は?」
「あちらの方々はSSSランクの冒険者、ジャンヌ様とオロチ様だ、直ぐにお茶を用意しろ。私は少し書き物がある、それが終わるまでお二人に失礼の無いように」
「あれが以前、コラルド様が仰っていたジャンヌ様……」
使用人たちはジャンヌのことを、コラルドから自慢話のように何度も聞かされていた。物珍しそうな視線がソファの少女へと自ずと集まった。
その失礼な態度にコラルドが小さく咳払いすると、使用人たちも我に帰った様にはっとなる。
言われたことを思い出し、お茶の用意をするために下の階へそそくさと降りていった。
コラルドは「やれやれ」と溜息を漏らすと机に戻りペンを取る、引き出しから封筒と羊皮紙を出し書状を認め始めた。
ジャンヌはその光景を面白うそうに眺めてはほくそ笑んでいる。
程なくしてお茶が運ばれ使用人も退室すると、執務室の中にはコラルドがペンを走らせる音だけが聞こえた。
「ふぅ、こんなものですかな」
コラルドは一息ついてペンを置いた。
書状を封筒に入れるとソファに座る二人に歩み寄る。
「終わったすか?」
「はい、こちらになります。書状は一枚しかございませんが全ての貴族に当てて書きました。使い回しになりますので封はしておりません」
「悪いっすねコラルド。あと最後に今の私の名前はエイプリルっす。オロチさんはセプテバさんになったっすよ」
「お名前を変えられたのですか?」
「偉大な竜王様が名付けてくれたっす。じゃ次に行きましょうかねセプテバさん」
セプテバは頷くと天井に空いた穴から夜空に躍り出た。
それを確認してエイプリルも後を追う。
コラルドが天井に空いた穴から上空を見上げると、そこには既に二人の姿はなく満天の星空だけが映っていた。
「エイプリル様か、名前は変わっても騒々しいのは相変わらずですな」
久し振りに会えたジャンヌは昔と何も変わっていなかった。
コラルドは椅子に座ると散々振り回された昔を思い出す。
口ではいつも巫山戯た事を言っていたが仲間思いなのは誰もが知っていた。
死にかけた事も何度かあるが、その都度必ずジャンヌが守ってくれた。
コラルドは天井に開けられた穴を見上げながら昔に思いを馳せるのだった。




