国家樹立13
それから数日後
荒野の中を馬に乗った集団が颯爽と駆けていた。
集団が目指す先は死の大地にあると言われている国。
彼らは第一王子リッテルの密命を受けて動く特殊部隊、その中でも暗殺を専門とする暗部と呼ばれる部隊であった。
皇帝が殺され何もしないでは国の沽券に関わる。そう取り巻きの貴族に諭されて、リッテルは国の暗部を動かすことになった。
自国の王が殺されるという大失態。貴族たちは、これを野放しにしては他国につけ込まれると思ったのだろう。
この世界において、多くの貴族は既得権益や体面に重きを置いている。特殊部隊を動かすことで他国を牽制し、自国への介入を阻止したいのだ。
それにより自らの領地を他国から守り、何者にも屈しないと体面を保つことにもなる。
だが、相手をよく調べもせずに敵対するなど愚かとしか言い様がなかった。
帝国領内にも優秀な貴族は数多くいる。もし、リッテルの傍に優秀な貴族がいたのなら話は違っていただろう。
しかし、残念なことにリッテルの周りには保身を図る貴族が多かった。
皇帝の死去により軍や特殊部隊の多くがリッテルの指揮下に入ったことも大きく影響し、それを取り巻きの貴族たちが自らの保身のために使ったのだ。
結果、他国を牽制するという形で特殊部隊が各国に送られることになった。
貴族たちは、オーガストが語った国家樹立の話も生き残りの騎士から聞かされていた。
当然、国家樹立を認める訳もなく、特殊部隊の中でも最も腕の立つ暗部が死の大地に送り込まれることになる。
リッテルからしてみれば、今は国や貴族の体面よりも皇帝の継承争いの方が重要であった。
しかし、取り巻きの貴族を蔑ろにするわけにもいかない。
有力な貴族は大切な駒だ。ぞんざいに扱い他の陣営に寝返られたら、それだけ皇帝の椅子は遠のくことになる。
今は第一王子という立場もあり皇帝に一番近いが、取り巻きの貴族如何によっては覆る可能性も十分あるのだから。
そのため、渋々取り巻きに従っていたのだ。
リッテルは自室で苦虫を噛み潰したような顔をしながら、自分に指図した貴族を思い出していた。我が物顔で暗部を動かせといった貴族たちの顔が頭から離れない。
だから誓った。皇帝になった暁には俺に指図した奴は絶対に後悔させてやると。
だが、愚かな貴族の思わくは外れ、第一王子の願いは叶うことはなかった。
彼らはそれを思い知ることになる。
死の大地に送り込まれた暗部は、近隣諸国において知らぬ者がいないほどの実力者揃いであった。
徹底的に訓練され、暗殺、隠密においては右に出る部隊はない。
更に低等級ではあるが全員攻撃魔法を使うこともできた。
そのことからも暗部への入隊は狭き門である。魔法適正、身体能力、判断力その全てが一定水準を満たさなければ暗部には入隊できないのだ。
更に入隊後は過酷な訓練の日々。これによって近隣諸国最強と呼ばれる暗部が維持されていた。
そして、死の大地に送り込まれた暗部の数は百近くにもなる。
これは少数精鋭の暗部の全てであった。本来であればこれだけの数を送り込むことなど有り得ないことだ。
なにせ暗部一人でさえ警備の厳しい上級貴族を容易く葬ることができるのだから。
では、なぜ百近くいる暗部を全て送り込んだのか。それは至って単純なこと、新たに死の大地に国ができたという情報はあるが、その居城など正確な場所までは分からないからだ。
そのため人海戦術で死の大地全域に暗部を放とうというのだ。これならより早く居城の在り処も見つけられ、あわよくば国王も抹殺できる。
暗部を送り込んだ貴族たちはそう考えていたのだろう。
暗部たちは街から街へと、馬を乗り潰しながら驚くべき速度で移動した。
一週間以上かかる道のりを僅か二日で移動し、既にエルツ帝国の外れまで来ていた。
装備は利き腕に仕込みナイフ、反対の腕には盾の役割も果たせる大きめの小手を装備し、その上に小型のクロスボウを装着している。
動きを重視するため防具は片腕の小手のみ、動きやすい軽装で腰には数本の短剣と矢筒を差していた。
頭の上から黒ずくめの外套を羽織った姿は暗がりで人目に付くことはない。
夜の荒野を駆ける姿は、まるで馬だけが疾走しているかのように見えた。
「本当に国なんてあるのか?」
不意に暗部の男が誰ともなく呟いた。それを耳にした近くの男が馬を並べて並走する。
「そんなことは関係ない、我々は命令に従うだけだ。国があるなら命令通り国王を殺せばいい、国がなければそれを報告するだけだ」
「確かにその通りだが、不確かな情報で暗部を全て動かすとは、王子は何を考えているのか……」
「王子ではなく取り巻きの貴族だろうな……それに国があるのは確かのようだ。ノイスバインに放っていた密偵を通して以前から情報はあったらしい」
「なら、居城の在り処も調べておけばいいものを……」
男は面倒くさそうに呟いた。何せこれから広大な死の大地を隈なく探さなければならない。幾ら人数が多いとはいえ運が悪ければ何日掛かるか分からないのだ。
もし、密偵の情報が偽りで、居城や国がなければ膨大な時間が無駄になる。
それを考えると顔を顰めずにはいられない。
先頭を走る暗部の男が肩越しに視線を後ろに向けた。
「もう直ぐ国境だ!気を引き締めろ!」
暗部という特殊な部隊では少しの油断が命取りになりかねない。男は気持ちを入れ替える。例え無駄でも、何も無くてもやることは変わらない。真っ直ぐに前方を見据え自分のやるべきことに集中した。
いつの間にか荒野は草原に変わり、辺りには背丈の短い草が生い茂っていた。
真夜中の僅かな月明かりの中でも夜目の効く暗部にはその光景がはっきり分かる。
先頭を走る暗部の男は、その光景に馬を止めた。
それに釣られるように後続の暗部たちも次々と馬を止める。
死の大地に草原だと?みな一様に前方の草原を見つめて困惑する。こんな情報は聞いていない、何より死の大地は数百年ずっと荒野だったはず。
これから個別に行動しようとしていた矢先の不測の事態。
暗部たちが足を止める中、前方から若い女性の声が聞こえてきた。
「やれやれ、待ちくたびれたぜ。それにしても、数日に渡って国境全域を
[領域探査]で調べたのに、来たのがたったの百人足らずかよ」
その声に暗部は警戒を顕にする。
暗部には女性だから、少数だからと油断する愚か者は一人もいない。
そんな甘い考えでは暗部で生き抜くことはできない。何よりも草原に一人で佇む女性の異様さに目を見張った。この近くに街や村はなく夜に女性が一人で来れる場所ではない。
言動からも明らかに敵対者だ。暗部の誰もが油断なく女性の様子を窺っていた。
「さてと、命令だから取り敢えず警告はしてやる。私の名前はフェブ、竜王国の重臣だ。今すぐ引き返すなら命は助けてやる。だが、このまま進むなら――殺す!」
フェブは腕を組みながら暗部を見渡す。
どうやら、引き返すつもりはないらしい。
じっとフェブを観察しながら、包囲するように場所を移している。
「……そうか、ならお前らは皆殺しだ。さてどうしたもんかな。殺すのは簡単だが……取り敢えず逃げられないようにするか」
だが、フェブが魔法を放つ前に漆黒の矢が襲いかかる。それは一本や二本ではないその数凡そ五十本。しかも矢には漆黒の艶消しが塗られ、僅かな月明かりでは目視することはできない。
フェブは微動だにせず、その全ての矢を全身で受け止めた。
全方位から襲いかかる矢に暗部の誰もが殺ったと確信する。しかし……
[火壁]
矢で射殺した。そう思っていたフェブは何事もないように魔法を発動させた。
直後、暗部の背後に火柱が立ち上る。それはフェブを中心に巨大な円を描いていく、気が付けば全ての暗部を包囲していた。
炎の壁が出来上がると逃げ場はどこにもない。
想定外の出来事に驚くも暗部は直ぐに行動へ移す。炎の壁を横目で見ると即座に馬から降りて身構える。逃げ場もなく限られた空間では、馬はかえって邪魔になると判断したのだ。
それを見てフェブは笑みを浮かべた。
「やる気があっていいじゃねぇか。そんなお前たちに猶予をくれやる。私は今から10分攻撃も回避もしない。これならお前らも少しは楽しめるだろ?」
何を馬鹿なことを、多くの暗部たちがそう思う中で一部の暗部はこの窮地をどう脱するか考えていた。
フェブと名乗った女性が使った魔法は[火壁]のはず。だがそれは余りに常軌を逸した威力、火柱は百メートルはあろうかというほど吹き上がり、炎の壁は向こう側が見えないほど分厚い。
暗部の知る[火壁]とは全く異なるものだった。
馬で駆け抜けても直ぐに焼け死んでしまうだろう。今のままでは脱出は不可能と判断すると、全員フェブに向き直る。
10分も何もしないのはそれだけ自信があるからだ。
個別に攻撃しても効果は薄いだろうと他の暗部に呼びかけた。
「あの女は強い!連携して波状攻撃を仕掛ける!」
その言葉に他の暗部も同調する。何故なら声を発した男は暗部を束ねる実力者、その男が強いというのだ。目の前の女は一筋縄では殺せないと即座に判断した。
先程と同じように全方位から漆黒の矢がフェブを襲う。その数は先程の倍、しかもその矢には致死性の毒も塗られていた。
だが結果は先程と同じ、フェブは弾かれた矢を手に取ると、つまらなそうに呟いた。
「毒か、こんなんで殺せるわけねぇだろ」
矢を放り投げると次はまだかと手招きする。
暗部たちは合図を送ると今度は同時に魔法を放つ。
[火の矢][火][風の刃][風][突風][氷の針][水]
[水飛沫][雷][稲妻]……etc
使われた魔法の殆どが第2等級以下の魔法だが、それぞれの魔法が相乗効果を生み殺傷能力を高めていた。
炎の魔法を風が巻き上げ炎の渦を作り出す、水の魔法が雷の効果範囲を広げ稲妻を通しやすくする。
絶え間なく魔法が放たれた後には広範囲に渡り地面が焼け焦げていた。
その中心でフェブは腕を組み、変わらぬ姿勢で佇んでいる。衣服も無傷で何事もなかったかのように余裕の表情を浮かべていた。
流石にこれには暗部たちにも動揺が走る。
低等級の攻撃魔法とはいえ暗部全員から放たれた魔法、その数は百近くにも及ぶ。
その集中攻撃を受けて衣服すら破れることがないのは余りに想定外。
予想されるのは魔法を無効化する特殊な魔道具を装備していることくらいだ。
矢も魔法も効かないとなると後は接近戦での直接攻撃しかない。
しかし相手は一人、大人数で群がっても互が邪魔になる。
近接戦に長ける暗部数人が目配せしてフェブに駆け出した。
一瞬で距離を詰めると、腰から短剣を抜き放つ。それぞれが急所めがけて短剣を突き立てた。
ある者は心臓を、ある者は喉元を、ある者は眼球に、月明かりに照らされた短剣は僅かに煌めき真っ直ぐに突き刺さった。はずだった……
「キンッ」という甲高い音が三つ鳴り響く。
男たちは有り得ないことに目を見張る。フェブは薄い肌着を一枚着ているだけ、防具は全く身につけていない。それなのに金属がぶつかり合うような硬質の音が響いたのだ。
しかも、眼球に突き立てられた短剣は、その瞳を抉ることなく見開いた瞳の前で止まっている。
無理やり短剣を押し込もうと柄を全力で殴りつけるも、まったく切っ先が入っていかない。
驚く男たちを見てフェブは口元を歪める。
その異様な雰囲気に接近した男たちは直ぐに距離を保った。
「何なんだお前は!」
「貴様人間ではないな!」
「この化物め!」
フェブはそれを聞いて、強ち間違っていないなと、不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、全ての暗部たちに悪寒が走った。
ここに居ては不味い!本能が警鐘を鳴らすも逃げ場などない。
「10分経ったし今度は私の番だ」
フェブの言葉に暗部たちに冷や汗が流れる。
助けを請うため口を開こうとしたが既に遅かった。
「ま、まて……」
[地獄の炎]
フェブを中心として青白い炎が放射状に覆い尽くす。
暗部たちや馬は勿論、[火壁]も飲み込み、地上のありとあらゆるものを蒸発させた。
地面は融解しマグマのように赤くなる。生物の存在を否定するかのように、一瞬にして大気の温度が急上昇した。上空を飛び交う夜行性の鳥たちも燃え落ちていく。
炎が消える頃には赤く融解した大地しか残らなかった。
フェブは赤く煮えたぎる大地に、どかっと胡座をかいて座ると、つまらなそうに呟いた。
「貴族の説得が終わるまでここで待機か、退屈だな……」
あと数日、ここで国境を守らなければならなかった。
折角来た侵入者は簡単に死んでしまい暇潰しにもならない。
フェブは大きく欠伸をすると、その場で仰向けに倒れた。
「ふぁあぁ、レン様に会いてぇなぁ……」
フェブの切なる願いは融解した大地に溶けて消えていった。




