国家樹立10
オヴェールは巨大な縦穴を見てから、魔法を放った少女に視線を移す。
これは人間の成せる技ではない、恐らくあれがサントスの言っていた神であろうと苦笑いを浮かべた。
神においては姿形など些細なこと、見かけで判断できないということか。
ジュン殿の魔法にも驚かされたが、まさか大地に底が見えない程の大穴を開けるとはな……
見ればセルゲイが少女に駆け寄り何やら訪ねている。探究心の強い彼のことだ、恐らく先ほどの魔法のことだろう。それを見てオヴェールは気楽なものだと溜息を漏らした。
ヒューリたち竜人とサントスは、この結果は当然と言わんばかりに頷いている。こうなることは予期していたのだろう。
他の者は先程の出来事が信じられないのか、みな一様に呆然と立ち尽くしていた。
目の前に出来た虚空を見下ろし、レンは一言だけ告げた『帰ろう』と。
いつの間にか不可視を解いた竜が上空を舞っている。先程の魔法が気になりやってきたのだろうか、不安そうに地上に視線を向けていた。
振り返れば背後の城壁の上では、騎士や魔術師たちが怯え逃げ惑っている。
一瞬にして目の前の城が内側の城壁と共に消滅したのだ。見たこともない魔法とその威力を見せつけられて完全に戦意を喪失していた。もはや、反撃しようとする者は誰もいない。
レンが上空を見上げると、それだけで竜は降下してきた。
上空から迫り来る竜を見て城壁の上ではさらに混乱が巻き起こる。一目散に逃げようとする者、その場で蹲り神に助けを請う者、泣き叫ぶ声や怒号が飛び交い収集がつかない状態になっていた。
そんな騎士や魔術師をレンは気にする様子もない。初めて人間が死ぬ瞬間を目撃して、敵を気遣うほどの心の余裕はなかった。
愚かな王に使えるしかなかった騎士たちに、幾人かが哀れみの視線を送っていた。先代のエルツ帝国皇帝は人間的にも立派は人物だった。それに惹かれて騎士になった者もいただろう。だが、どれだけ素晴らしい皇帝に使えても、代替わりした皇帝が愚かでは救いようがない。
騎士たちにも家庭がある。皇帝が変わったからと簡単に職を手放すことはできないのだ。愚かな皇帝に巻き込まれ死んだ者は不幸としか言いようがなかった。
地上に下ろされたゴンドラを見るや、誰もが長居は無用とばかりに馬車と共にゴンドラへと乗り込んでいった。
全員ゴンドラに乗り込むと竜は大地を蹴って飛び上がる。
城壁の上では上空に遠ざかる竜を見て安堵の溜息が漏れていた。その場に崩れ落ちると嘗て城が聳えていた場所に視線を移す。これからどうなるのだろうか――未来を悲観し多くの者が項垂れていた。
レンは思う事があり今後の全てをオーガストに任せて六階の寝室へと向かった。初めて人を殺せと命じたこと、そして目の前では大勢の人間が亡くなった。初めて人間の死に触れ精神的に参っていたのだ。
重い足取りでベッドの端に腰を落とすと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。瞼を閉じて思い出す。
先程の魔法で一体何人死んだのだろう、否応がなしに魔法が放たれた瞬間が頭を過ぎる。
簡単に人の命が失われていった……
飢えて死ぬ者、魔物に殺される者、戦争に巻き込まれて命を落とす者。
この世界の命は軽過ぎる。
そして俺の命令で大勢の人が死んだ。
あの、判断は正しかったのだろうか。
だが……
だが、あそこで殺さなければもっと大勢の人が苦しんだかも知れない。そう思うことで自分を無理やり納得させるしかなかった。
それに今のレンには守るべき大切な配下や国民たちがいる。もし、殺さなければ間違いなく竜王国に害をなしていただろう。なにせ相手は他国を手に入れようと画策していたのだから。
その頃、会議室では今後のことが話し合われていた。
円卓を囲む各国の王はどうしたものかと頭を抱えて悩んでいた。喉が渇くのか頻繁に水差しに手が伸びている。
そんな中でサントスが思い切った案を出す。それに呼応してオヴェールも口を開き討論が始まった。
「いっそ竜王国がエルツ帝国を併合しては如何かな?」
「だが、エルツ帝国の貴族たちが黙ってはいまい。それに王子たちも恐らく生きているだろう、奴は自分の子に大きな街を統治させていたからな」
「統治と言えば聞こえはいいが、好き勝手遊んでると聞いたぞ。とても王の器とは思えぬ。それにヴェレクの言葉ではないが、後継者争いで国は暫く混乱するはずだ。それに乗じて王族や王族に与する貴族を始末すれば、併合は可能だと思うのだがな」
「王族や貴族を暗殺するようなやり方では、併合された国民が納得しないぞ。間違いなく内乱が起こる。少なからずエルツ帝国の国民を納得させるだけの大義名分が必要になる」
「我々を殺そうとしたのだ大義名分にこれ以上のことはないのではないか?」
「エルツ帝国の国民から見れば、我々は皇帝を殺した憎むべき存在だ。寧ろそのことをエルツ帝国は大義名分に掲げるだろうな。それに、王族や貴族だけを狙うやり方は不味い。それでは兵士はほぼ無傷で残り、多くの火種を抱え込むことになる。一同に反旗を翻すことも考えられるのではないか?」
オーガストは瞳を閉じ黙ってサントスとオヴェールの話を聞いていた。
確かに併合するのは簡単だが少なくない血が流れるだろう。
レン様は慈悲深いお方、きっとそれを望まれない。
しかし、このまま放置すればより多くの血が流れることになる。
後々、レン様がお心を痛めかねない。
多少強引でも早めに方を付けるか……
オーガストは自分の考えを確認するようにノーヴェに向かい合った。
「ノーヴェ、私はエルツ帝国を併合しようと思うのだが、お前はどう思う」
「よろしいかと。速やかに制圧した方が犠牲は少なく済むでしょう」
「やはりそうか……」
視線を上げれば、ヒューリがオーガストに視線を向けて頷いていた。二人の会話を聞いて賛同しているのだ。
だが、併合するといっても独断で進めるわけにもいかない。少なくてもエルツ帝国と隣接する国、オヴェールとサントスの賛同を得なくてはならない。
ドレイク王国はエルツ帝国と離れていることもあり、このまま併合に向けて動き出しても問題ないだろう。
しかし、隣国のノイスバイン帝国とサウザント王国は違う。特に街道が整備されているサウザント王国はエルツ帝国との取引が盛んで、多くの人が行き交っていた。そうした行商人や旅人にも少なからず犠牲が出ることになる。
それに併合ともなればエルツ帝国の貴族が黙っていないだろう。領地を奪われ既得権益を失う事になるのだ、兵を起こすのは目に見えていた。
オーガストは暫し考える。
竜王国に従うことを条件に領地の存続を約束してもいいが、それは後でレン様の許可を得なければ。
犠牲を最小限に抑えるには、兵を起こされる前に逆らう貴族を皆殺しにするのが一番か……
後は時間を掛けて国民の意識を変えていけばいい。
オーガストは自分の考えをある程度纏めると各国の王に告げた。
「ではオーガスト殿はエルツ帝国を併合すると?」
オヴェールがオーガストに尋ねると大きく首を縦に振った。
「そこでエルツ帝国に隣接するオヴェール殿とサントス殿には念のため自国の国境警備を強化して欲しい。新たな皇帝が決まるまで大規模な軍を動かせないだろうが、皇帝を殺された貴族が独自に兵を起こすかも知れない」
「それは構わないのですが、併合となると宣戦布告をするのでしょうか?」
「行わない。全ての王族と逆らう貴族を速やかに抹殺する」
その言葉に一同目を丸くする。聞き間違いだろうかと互いに目配せするも、どうやら聞き間違いではないらしい。
暗殺紛いのやり方を嫌うオヴェールが即座に異を唱えた。
「それは何故ですかな?王族や貴族を殺して国を手に入れても、残された国民や兵士は納得できないでしょう。各地で反乱が起きますぞ」
「納得させるつもりはない。反乱が起きないように竜に監視させる。もし反乱が起きたら速やかに制圧すればよいだけの話ではないか」
「それでは街にも被害が及び、少なくない犠牲が出るのでは?」
「多少の犠牲は仕方ない。反乱が起きたら逆らうことの愚かさを教えるためにも、幾つかの街には犠牲になってもらう。それでも真正面から戦うより死者は遥かに少ないはずだ」
「確かにそうかもしれないが……」
オヴェールは言葉を濁した。確かにそれならば被害は最小限に抑えられるだろう。だが、そんな不意打ちで国を乗っ取って民意が得られるのだろうか……オヴェールはそれが心配だったのだ。
「オヴェール殿の言いたいことは分かる。無理やり従わせても何れ内部から崩壊すると言いたいのだろう?」
「その通りです」
「貴族を始末するといっても問答無用で全て殺すわけではない。私に従う貴族には生きて役に立ってもらう」
「エルツ帝国の貴族に街を管理させるのですか?確かにそれなら今まで通りの暮らしも期待できますし、国民も安心できるでしょうが……」
「何が言いたい?」
「他国の貴族が大人しく従うとは思えませんな」
「領地等の既得権益をある程度認めれば言うことは聞くだろう。そうだな説得には……」
そこまで言ってオーガストはあることを思い出す。
そう言えば世界中に名を馳せている子がいたわね。
何故か世界中の国から恐れられているようだし、あの子たちに説得をお願いしたら話は簡単に纏まるんじゃないかしら?
「我が国にはSSSランクの冒険者が二人いる。彼らが説得すれば喜んで私のために働いてくれるだろう」
「そ、そうですな……」
オヴェールは盛大に顔を顰めた。
それは説得ではない、脅迫だ。断ったら国を滅ぼすと言っているようなものだ。
二人の話を聞いて一同苦笑いを浮かべている。
「先ず初めに貴族の説得と次に王族の抹殺だが……そうだな、王族も我々に従うのなら命だけは助けてやろう。尤も王位継承権は放棄してもらうがな。もし説得が上手くいけばこれだけで国は併合できる。後は逆らう奴がいればその都度殺せばいい」
「王子や貴族が余程の馬鹿でもなければ説得だけで終わることでしょう」
オーガストの説明にノーヴェも賛同するように答えた。
各国の王に視線を移し確認すると、暫し考えてみな頷いていく。他に良い案も浮かばないのだろう。反論も上がらず、今後はエイプリルとセプテバの働きしだいということで会議は幕を閉じた。
会議を終えてオーガストは思う。
あれ?これ初めからエイプリルとセプテバに任せれば良かったんじゃないの?
確かに皇帝の説得――実際は脅迫――を二人に任せれば事は穏便に済んだであろう。
だが、皇帝は城ごと消されてもういない、後の祭りであった。




