国家樹立8
竜が飛び立ってから数分後、ノーヴェは席を立つとオーガストに一礼した。オーガストがどうしたと目で合図すると、ノーヴェはそんなことも分からないのかと肩を竦めた。
「オーガスト様、帝都から離れた場所に降り立つにしても、このままでは少々目立ちます。不可視の魔法で竜を見えなくしたいのですがご許可をいただけませんかね。それに伴いゴンドラを運ぶ竜以外は居城に戻らせたいのですが、如何に感覚に優れた竜であっても、互いの姿が見えない状態では衝突しかねませんからね」
オーガストは少し嫌味ったらしく言うノーヴェに顔を顰めるも、自分の失態を考えれば仕方ないかと溜息を漏らした。隣でレンが頷くのを確認するとノーヴェに全て任せた。
「お前に全て任せる」
「畏まりました。オーガスト様」
ノーヴェは最後にオーガスト様と皮肉を込めて告げると階段を登っていった。オーガストはノーヴェの後ろ姿を見送り、当分機嫌は悪いだろうなと苦笑いを見せる。
ノーヴェからしてもオーガストのせいで上位竜が全て役立たずと思われては冗談ではなかった。だが、機嫌が悪い理由はそれだけではない。
失態を犯しておきながら罰もなく再度機会を与えられた。それが羨ましかったのだ。僅かな怒りと嫉妬心が、ノーヴェの口から皮肉という形で思わず出てしまったのだ。
ノーヴェはゴンドラの屋上に出ると、我が子を守るように周囲を警戒する竜を見渡す。
竜もノーヴェの姿に気がつき、視線がノーヴェを捉えていた。ゴンドラを護衛する9体の竜、その視線を感じるとノーヴェは居城を指差した。
「護衛は不要になった。お前たちは居城に戻れ」
その言葉に納得できないのか、数体の竜が反対するようにゴンドラに近づいてくる。レンの護衛は大役だ、それを任された竜はどれだけ嬉しかったことか。それを必要ないとはどういうことだと意見を求めに来たのだ。
「これはレン様のご命令でもある。大人しく言うことを聞け」
レンの命令と聞かされてはどうしようもない。竜は長い首を項垂れて、寂しそうに居城へと去っていった。
護衛の竜が去った後、ゴンドラの上ではノーヴェが魔法を発動させようとしていた。
片膝をつくと右手をゴンドラに添える。そして……
[不可視の領域]
直後、手を添えた場所から魔法陣が広がり、透明な膜がゴンドラと上空を飛行する竜を包み込んでいく。
見上げれば上空にいるはずの竜の姿はなく、足元には遥か遠くに大地が見える。それはまるで空中に浮いているかのように見えた。
ノーヴェは魔法の発動を確認すると、見えないはずのゴンドラの上を何事もないように歩いていく。そして、ゴンドラ内部へと続く扉が見えているかのように、その前で立ち止まった。
ノーヴェが手を触れると、扉が開く音と共に下へと続く階段が現る。魔法は外面を覆うだけで内部に影響を及ぼすことはない。ノーヴェはそのまま階段の奥へと消えていく、扉が閉められた屋上には遥か遠くに青空と大地だけが広がっていた。
ノーヴェが去った後、レンは壁に掛けられた時計の針を見て何気なしに呟いた。
『もう昼過ぎか、少しお腹が空いたな……』
その言葉にオーガストが敏感に反応する。今回は各国の使者――王が自ら赴くのは想定外だが――を伴うこともあって食事も用意している。マーチに食事を用意させ、給仕をするメイドを食堂に待機させていた。
「そろそろお腹も空いた頃ではないか?食事の用意も出来ているので四階に上がってもらえるだろうか」
オーガストは王としての威厳を保つように、尊大な態度で各国の王に語りかけた。各国の王は顔を見合わせる。確かにお腹は空いているが、食事ができるとは思っていなかったのだ。
このゴンドラは移動しながら何でも出来るのかと苦笑いを浮かべている。
四階の食堂も見事な作りになっていた。細長いテーブルが幾つか置かれ、その上には金の刺繍を施した真っ白なクロスが敷かれている。上からは当然のようにシャンデリアが吊るされテーブルを照らしていた。
オーガストが食堂に入るとメイドたちが整列して出迎える。メイドもレンが竜王であるとは知らされていない。レンが購入した奴隷たちには、オーガストが竜王国の王であり竜王であると教えられていた。その際、顔合わせもしているため、竜王国の国民は誰もがオーガストのことを知っている。
自然とオーガストは上座に座り、その隣にレンは腰を落とした。各国の王もそれぞれのテーブルの上座に促される。
護衛や従者も席に促され、戸惑いながらも席に座った。護衛や従者が国王と食事を共にするなど本来あってはならない。
だが、そうこうしてる内に料理は次々と並べられていく。見たこともないような美しい料理と美味しそうな匂いに思わず手を伸ばしそうになる。だが自国の王より先に手をつけるなどあってはならない。何よりも本当に国王と一緒に食事をしても大丈夫なのかと不安になる。
そんな各国の従者の反応を見てオーガストは眉を顰めた。このままではレンが落ち着いて食事もできないと感じたのだろう。
「このゴンドラ内は我が国も同じ、各国の従者や護衛も我が国の客人と同じである。遠慮せずに食事をしてほしい」
その言葉に従者や護衛は自国の王に視線を移した。その視線を受けて各国の王たちも頷く、折角の持て成しを無駄にするわけにもいかない。何より竜王国には逆らえない、若しくは逆らいたくないのだから。
食事を口にして従者や護衛のみならず、各国の王も素晴らしい料理に賛辞を贈った。
みなが食事に夢中になる頃、ことを終えたノーヴェが戻ってきた。当たり前のようにレンの隣に座ると食事が運ばれてくる。
『ノーヴェ、もう終わったのか?』
「はっ!不可視の魔法で見えなようにいたしました」
『ノーヴェ、今の私はオーガストの従者だ。そのつもりで話せ』
如何に各国と席が離れているとは言え聞かれる恐れもある。ドレイク王国とサウザント王国には聞かれてもいいが、ノイスバイン帝国には聞かれるわけにはいかない。
そんなやり取りをセルゲイは黙って見つめていた。オーガストとノーヴェからは金髪の青年を気遣う様子が時折見られた。
宮廷魔術師であるセルゲイは探究心や好奇心が人一倍強い、どうしても気になり隣に座るオヴェールに小声で尋ねた。
「陛下、あの金髪の青年は何者でしょうか?」
一瞬手を止めるも、オヴェールは気付かれないように食事を続ける。
それとなく周囲を警戒しながらどうしたものかと悩んだ。
もし、セルゲイに話さなければ、奴のことだ恐らく勝手に探りを入れるだろう。
それを気付かれるリスクを考えれば、セルゲイには話した方がいいのかもしれんな……
「恐らくあの青年が竜王だろうな」
「彼が……ではオーガスト殿は身代わりですか?」
「恐らくそうだろう、このことは他言無用だ。隠しているということは知られたくないということ。我々も知らないふりをした方がいい」
「……そうですな。竜王の怒りを買うのは私も御免です」
セルゲイはジュンの放った魔法を思い出していた。一瞬にして全軍が押し流された光景は忘れることはできない。今でもはっきりと目に焼き付いていた。もし本気だったなら……セルゲイは小さく身震いした。
そんな会話がされていたとは露知らず、食事を終えた一行は会議室に戻り寛いでいた。
「オーガスト様、時間的にエルツ帝国の領内に入っております。私は外に出て帝都近くに竜を降下さたいのですがよろしいでしょうか?」
オーガストが頷くとノーヴェは席を立ち階段へと消えていった。その話を聞いていたサントスが驚きの表情を見せる。サウザント王国を出発してから、まだ1時間しか経っていない。もうエルツ帝国に着いたのかと信じられないのだ。
驚くサントスの気持ちはヒューリもオヴェールもよく理解していた。何せ初めて乗った時には自分たちも驚いたのだから。馬での移動でも半月はかかる道程を僅か数時間で移動できるのだ、驚かない方がおかしい。
「オーガスト様、私の従者に馬車の準備をさせましょう」
「サントス殿もよろしく頼む」
サントスに同行している従者はサンドラ以外は御者であった。馬を操る技術に長けた者が選ばれて同行していた。
サントスの指示を受けて、御者は馬車をいつでも出せるように一階へと降りていった。後は到着するのを待つばかりである。
程なくして僅かな衝撃がすると、遅れてノーヴェが降りてきた。何事もなく無事に着地できたのだろう、ノーヴェは落ち着いた表情でオーガストに歩み寄った。
「オーガスト様、帝都近くの街道から離れた場所に降ろしました。馬車ですと帝都まで10分もかからないでしょう」
「ご苦労様。それでは馬車で移動しましょう」
各国に分かれて馬車に乗り込むとゴンドラの扉が開かれる。視界に飛び込んできたのは、帝都を囲む巨大な壁と、出入りをするための巨大な門。そこには検問所が設けられ、多くの人が列をなして並んでいる。
御者は馬車を出して暫く進むと、程なくして列の最後尾にたどり着いた。しかし、列には並ばずそのまま検問所の方に向かった。列に並ぶ人たちは迷惑そうに横目で馬車を見ては嫌な顔を見せている。
だが、馬車は豪華な装飾が施された見事なものだ。貴族や王族であることは十分窺い知れた。そのため不満を口に出すものは誰もいない。貴族や王族への暴言は命を落としかねない行為だからだ。
検問所にたどり着くと御者が何かを見せていた。各国の王家の紋章だろうか、それを見て検問所の衛兵が頷いている。そして馬車に乗る人物を確認して顔色を変えた。
事前に使者が訪れることを聞かされていた衛兵だが、まさか各国の王が自ら赴くとは思いもよらなかったのだ。失礼の無いように直ぐに検問所を通し、それに先行して他の衛兵が城に早馬を走らせていた。
恐らく各国の王が赴いたことを知らせるために早馬を出したのだろう。それは誰もが容易に想像出来た。
本来なら国賓として出迎えの準備もしなければならないのだから。
今回は余りに急すぎた。これは事前に何の知らせもなく赴いた各国の王に落ち度がある。抑、事前に数ヶ月前から知らせを入れ、相手の了承を得てから赴くのが普通なのだ。急に来訪された国はいい迷惑である。
だが、エルツ帝国は僅かな時間で出迎えの準備を済ませていた。それには誰もが驚かされることになる。




