国家樹立5
『オーガスト、どういうことか説明しろ』
その声にインドラがピクリと反応した。だが、目の前ではバハムートが睨みを利かせて動けない、下手に動けば更に怒りを買いかねない。
オーガストという初めて聞く言葉も引っかかるが、今それは問題ではなかった。何よりその声に惹きつけられたのだ。子守唄のような安らぎを与える心地良い声が聞こえたかと思うと、魂を震わすような猛々しい咆哮が体中を巡るかのようであった。何とも表現しがたい高揚感が湧き上がってくる。インドラはこの不思議な感覚をもう一度味わいたいと、頭を下げながら耳に全神経を集中させた。
問いかけられたオーガストはインドラから視線を外すことはない。もし、暴れられたらレンを巻き込んでしまうため、牽制するように一挙手一投足にまで注意を払っている。
「……この者は嘗て私の居城を襲い、下僕を殺した雷竜でございます。もう死んだものとばかり思っていたのですが、まさか生きていたとは」
インドラを憎々しげに見下ろしながら言葉を吐き捨てた。
それを聞いて飛び出したのも無理はないだろうとレンは頷いた。怒気を含むオーガストの言葉からは抑えきれないほどの怒りを感じる。
レンとて自分の配下が殺されたら激怒するだろうし、殺した者に復讐しようと考えるはずだ。それを考慮すればオーガストを止めることはおこがましいことだと頭の中では理解している。
だが……レンは土下座する少女に視線を移した。
外見はまだ幼い少女だ。見た目より遥かに歳を取っているのは分かっているが、どうしても見殺しにするのは忍びないと思ってしまう。
オーガストは下僕を殺されたと言っていた。
敵を討ちたいのは当然だ、俺だってそうするだろう。
だが、相手は小さな女の子、見た目通りの年齢じゃないにしても見殺しにするのは後味が悪すぎる。
『オーガスト、その者は私に預けてくれないか?』
オーガストはレンの慈悲深さをよく理解している。そのため、レンが止めることも分かっていたのだろう。振り返ったその顔には、険しかった表情は消え失せ、いつもの微笑みを浮かべていた。
「全てはレン様の御心のままに」
インドラは会話のやり取りを聞いてバハムートが今はオーガストと名乗っていることを知った。そして、自分の命が救われたことも。
素敵な声の持ち主に一言礼を述べたいが、許可もなく頭を上げることは不敬に思われた。何故かは分からないがそう思ってしまうのだ。まるで本能が相手は遥か上位の存在であると教えているかのように。
レンは土下座する少女の前に歩み寄ると、胸を張り腕を組みながら少女を見下ろす。畏怖を感じるような尊大な態度を取り、見た目から上位者であると分かるようにした。
そんなことをしなくても、レンの声を聞いた時から相手は遥か上位者だと分かっているのだが、それをレンが知ることはない。そのため見た目から上位者であると窺わせる態度を取ったのだ。
『面を上げよ』
魂を打ち震わす声にインドラが顔を上げると、そこには素敵な男性が堂々たる姿で立っているではないか。インドラは熱に浮かされた様にぽうっと真っ赤になっていく、目の前の男性から目を離す事ができずにいた。
『私の名はレン・ロード・ドラゴン、竜王である。お前の名は何と言うのだ?』
目の前にいる素敵な男性が竜王であると聞かされると、インドラは更に顔を赤らめた。今にも湯気が吹出るのではと思うほどだ。
「イ、インドラでございます竜王様」
『私のことはレンと呼ぶがよい。お前には新たな名を与える』
そう言うとレンは瞼を閉じて暫し考えた。
インドラか……
確かオーガストが雷竜と言ってたな。
なら名前はサンドラにするか。
インドラにも似てるし直ぐに馴染むだろう。
レンは一人頷くと目を見開く、真っ直ぐにインドラの瞳を見つめて名を与えた。
『今よりお前の名はサンドラだ。以後、裏切りは絶対に許さん』
「はっ!レン様に絶対の忠誠を誓います」
サンドラは深々と頭を下げる。そして、素敵な竜王の元に居られることを歓喜した。
『だがサンドラ、お前の過去の罪が消えたわけではない。よって罰を与る。そうだな……オーガストの仕事を手伝わせるか』
サンドラは早速任務を与えられたと破顔する。臣下として竜王の役に立つことは、これ以上ない喜ばしいことなのだから。
逆にオーガストは眉をピクリと上げ、その表情は険しくなる。それは罰ではなくご褒美だ。しかも、自分の任された任務に介入されるなど冗談ではない。それは、オーガストの褒美を奪うようなことだ。
「恐れながらレン様。それはご褒美でございます。罰を与えるのであれば、暫しレン様から遠ざけるのがよろしいかと」
それを聞いてサンドラは大きく肩を落とした。折角与えられた任務を帳消しにされてしまう、何よりもレンから遠ざけると聞かされて涙が溢れてきた。
少女のようにサンドラは泣きじゃくり懇願する。素敵な竜王に会えなくなるのは酷過ぎると涙を流し訴えた。
「後生なのじゃ。儂はレン様の側に居たいのじゃ。何でもするから許してたもう」
これにはレンも参ってしまう、少女を泣かせるつもりはなかったのだが、どうして泣いているのかよく理解できない。
何十年も連れ添った夫婦や家族ならまだ分かる。だが、サンドラとは出会ったばかりだ。思い出も何もないのに、なぜ寂しがるのか分からないのだ。
『オーガスト、どうしたらよいと思う』
「甘やかすのはよろしくありません。気丈に接し御身より遠ざけることを進言いたします」
それを聞いてサンドラは益々泣きじゃくる。
「オーガスト、儂は本当に反省してるのじゃ。城を破壊した時もお主の塒だとは思わんかったのじゃ。後生じゃ許してたもう」
「ほう、それで私の下僕を殺したと?」
「だ、だって城の近くを通ろうとしたらいきなり攻撃されたんじゃもん。儂なにもしてないのに……すごく痛くて頭にきたのじゃ。だから、見せしめに殺して財宝を奪ったのじゃ。儂だって奴らが攻撃しなければ何もしなかったのじゃ」
レンは首を傾げる。
ん?今の話を聞く限りだと先に手を出したのは城にいた奴らじゃないか?
サンドラが怒るのは自然なことだと思うんだが。
でも、殺すのはやり過ぎか……
いや……相手もサンドラを殺すつもりで攻撃したのなら自業自得だ。
命を奪おうとしたんだ、命を奪われても文句を言う資格はない。
『サンドラ、今の話は本当か?』
「本当なのじゃレン様。先に攻撃したのは儂ではないのじゃ」
「レン様、嘘をついているとも考えられます。鵜呑みにしない方がよろしいかと」
「本当なのじゃオーガスト。儂は嘘などついておらんのじゃ」
レンはサンドラに向き合い真剣な面持ちで尋ねた。
『サンドラ、私に嘘をつくことは絶対に許さん。もし、嘘をついたのなら私はお前に会うことは二度とないだろう。真実だけを述べよ、先程お前が言ったことは紛れもない事実か?』
その真剣な表情にサンドラも涙を拭い真っ直ぐに向き合う。真意を確かめるように互の瞳を覗き込んだ。
「レン様、儂は嘘はついていないのじゃ。先程の言葉は全て真実だと、この命にかけて誓えるのじゃ」
サンドラの真っ直ぐな眼差しと言葉を受けてレンは表情を緩めた。いまだ正座の状態であったサンドラに手を差し伸べると、サンドラは不思議そうにその手を見つめる。だが、笑いかけるレンの姿を見てその真意を察すると笑みを見せてその手を取った。
引っ張られた小さな体は、レンの胸へと吸い寄せられ抱き抱えられる。ぎゅっとレンの首元にしがみつくサンドラを見て、オーガストも仕方ないかと苦笑いした。
竜王にあそこまで言われて嘘をつけるほどサンドラは器用ではない。何年も追い回していたオーガストにはそれが分かっていた。そのため先程のサンドラの言葉に嘘はないと確信したのだ。
下僕からは何もしていないのに突如襲われたと聞かされていたけれど……
まさか下僕が嘘をついていたなんて、その言葉を鵜呑みにした私が愚かだったわ。
後でサンドラに謝らなくてはね。
レンに抱き抱えられるサンドラを羨ましそうに見つめ、今日くらいはいいかと肩を竦めるオーガストであった。




