国家樹立4
「おい、彼はどうしたんだ?」
レンの隣に座る中年男が不思議そうに訪ねる。鎧を身に纏っているため、ノイスバイン帝国の護衛なのだろう。マルスを怪訝そうにじろじろ見ていた。
『どうやら緊張しているらしい。王の護衛だ、緊張するのも仕方ないだろうな』
「ああ、分かるよ。もし、何かあったら大変だからな。俺たちが命を賭しても必ず守らないと」
『そうだな』
「お前は武具を装備していないが大丈夫なのか?」
『俺はただの従者だ……それにほら、向かいの竜人も武具を装備していないだろ?』
クレーズを指差すと苦笑いをしている。
「まぁ確かにそうなんだが、竜人は身体能力が高い。いざとなれば爪は強力な武器にもなるし鱗は並大抵の剣では歯が立たない、丸腰でも十分戦えるからな」
『そうなのか?』
「……お前、何も知らないのか?よくそれで従者が務まるな。従者なら近隣諸国の情報は叩き込んでおいた方がいいぞ。従者が助言することだってあるだろ?」
『そうだな、今度から覚えておくよ』
男はニカッと笑うと前屈みに丸まっていたレンの背中をバンバン叩いてきた。
「こんなに体格がいいんだ。従者より護衛の方が向いてるんじゃないのか?」
その男の行動に郷愁が込み上げてくる。
それは以前、何処かでみた光景。記憶の糸を辿り昔を思い出すように目を細めた。蘇ってきた記憶はこの世界に来る前のこと、登山サークルで厳つい山男にあった日の出来事だった。
この感じ懐かしいな。
まるで秋山先輩みたいだ。
レンが懐かしんでいるとオーガストたちが目を大きく見開いて凝視している。ヒューリは止めなくてもいいのかと狼狽していた。
オヴェールはそんな三人の様子を見て確信する。彼が竜王だと。そして、このままでは不味いと直ぐに護衛を呼び寄せた。
「お前たちはこちらに座れ。余り他の国のものに関わるな」
「陛下、我々は普通に話をしていただけですが……」
護衛として同行していた近衛師団の精鋭たちは、不思議そうに互の顔を見合わせた。唯一、助言役として同行していた宮廷魔術師のセルゲイだけがその真意を察している。あの青年に何かあるのだろうと横目で鋭く観察していた。
「国が違えば文化も違ってくるだろう。何が失礼に当たるか分からぬ」
「……確かにその通りです。失礼いたしました陛下」
護衛たちは納得すると各国の国王を挟んで反対のソファに移動した。それを見て三人も胸を撫で下ろし表情を和らげた。
もし、あのまま無礼を働いていたらどうなっていたことか……オーガストの歯ぎしりを間近で聞いていたヒューリは、それを思うと小さく身震いするのであった。
程なくして空の旅も終わろうとしていた。
様子を見るためゴンドラの屋上に出ていたノーヴェが帰ってくる。今はサウザント王国の王都上空で旋回中なのだが、人が混乱したように蠢いて降り立てる場所が見つからないらしい。このまま暫く様子を見て、混乱が収まるのを待つというのだ。
「王都は混乱しているようです。皆様、このままもう暫くお待ちください」
各国の王は当然と言わんばかりに頷いた。竜が10体も上空を旋回しているのだ、混乱しない方がおかしいと。
その頃、サウザント王国の王都では国民が大騒ぎしていた。
上空を舞う10体の竜に怯え逃げ出す者、または家屋の中に隠れる者、とにかくみな大混乱している。中には混乱に乗じて窃盗を繰り返す犯罪者まで出ていた。
混乱の中で衛兵も右往左往している。助けを求める声が多すぎて対処できない上に、人の流れに飲まれて思うように身動きできないのだ。
流石に竜に乗って使者が来るなど、誰も予想できなかったのだろう。城を守る騎士たちは竜の襲撃と勘違いし、大慌てで地対空バリスタを準備する。魔術師たちも城壁に上がり魔法を放たんと身構えていた。
その混乱の最中、城の中では顎鬚を蓄えた一人の老人が地下へと足を運んでいた。
老人の名はトマス・フロイ・ディ・サントス。サウザント王国の国王である。地下へと続く階段の壁には等間隔に魔道具が備え付けられ仄かに光を放っていた。その僅かな光を頼りに薄暗い階段を下へ下へと降りていく。
だが、決して逃げるために階段を降りているわけではない、ある人物に会いに来たのだ。
階段を降りきると、そこには魔法陣が彫られた石造りの扉があった。手を添えると、それだけで重厚な扉が開らかれていく。
扉に先には明るい空間が広がり、部屋の壁には扉と同様の魔法陣が彫られている。豪奢な寝具や調度品が置かれた部屋の中では一人の少女がつまらなそうにしていた。
少女は年の頃は10歳位だろうか褐色の肌に金髪の髪を靡かせ、低い身長に見合わない豊満な胸を携えていた。大きめの着物を着崩しているため、胸の大半が露わになっているが少女は気にする様子もない。
着物の裾を引き摺りながら、久し振りの来客に物珍しそうに歩み寄った。
「なんじゃ爺。儂に何ぞ用か?」
爺と呼ばれたのは勿論この国の国王である。もしここに第三者がいれば驚いたことだろう、一国の国王を爺などと呼べる少女は身内でもいないのだから。しかも、この少女は国王の身内ではない赤の他人なのだ。
それは少女が国王よりも目上の存在であるということを意味していた。
「お久し振りでございます、インドラ様」
「挨拶はいいのじゃ。要件を言え」
「はい、竜がこの城の上空を旋回しております。如何いたしましょうか?」
「竜じゃと?」
インドラは一瞬自分を追ってきたのかと身震いする。しかし、この部屋には竜の気配を遮断する特殊な術式が施されていた。それに、あれから千年も経つ。如何に執念深い相手でも、いい加減ほとぼりも冷めているはず。では一体何故、竜が……
その悩みは次の一言で解消された。
「今日は他国より使者がやってくるはずなのですが、もしや……」
亜竜の中には人間が調教し、従えている種族もいる。インドラは使者がそれに乗ってきたのだと直ぐに悟った。それならば納得がいくし大したことでもない。亜竜程度なら人間にも殺せる、自分が出ることもないだろうと安心する。
「竜は上空を旋回しているだけなんじゃろ?ならば、使者ではないのか?」
「やはり、そう思われますか?」
「この国を襲うつもりなら、もうとっくに襲ってるのじゃ」
「使者の対応は如何いたしましょう?」
「んなもん知るか!儂には関係ないのじゃ」
サントスはどうしたものかと頭を悩ませた。使者なのだから襲ってくることはないだろう。だが竜を従える実力者。こちらを欺いて暗殺しようとすれば、抵抗の余地なく殺されるのは目に見えていた。国王が暗殺ともなれば国も乱れる。それだけは避けなければならない。そのためサントスは懇願するように願い出た。
「相手は竜を従える実力者を伴っております。せめて少しの間だけでも護衛として同行して欲しいのですが……」
「儂はこの部屋からは出られんのじゃ。もし奴に見つかったら、どんな酷い目に合わされるか分からん」
「またそれですか……もう千年も前の話。いい加減に相手もインドラ様のことなど忘れておりますよ」
「確かにそうじゃが万が一ということもある」
「護衛してくれたら大好きなお菓子を沢山ご用意しますよ」
お菓子と聞いて心が揺れ動く。インドラは甘い物が大好きであった。だが、甘い物ばかりでは体に悪いと食べるのを制限されていたのだ。何度改善を求めても部屋から出られないインドラには為す術がなかった。
あの甘い香り、口に広がる至福の味、それを思い浮かべるとインドラの答えは直ぐに出る。
「……仕方ないのう少しの間だけじゃぞ。後で礼として必ず菓子を持ってくるのじゃぞ」
「勿論ですとも」
インドラは結界の施されたこの部屋から数年振りに外に出た。以前、部屋を出たのは新しくできた美味しい菓子店の話を聞いたとき、我慢しきれず店に菓子を買いに行ったとき以来だ。
結界の外に出て竜の気配を感知できるようになると、直ぐに外の竜の種類を探る。天井を見つめ意識を集中して。
「……………………」
絶句した。
それはよく知っている気配、今まで千年も逃げ続けていた相手がそこにいたのだから。嫌な汗が体から溢れ出し緊張で鼓動が早くなる。
なんで奴が此処におる?
奴は他の大陸にいるはずじゃ……
まさか、まだ儂を探しておるのか?
呆然と立ち尽くすインドラにサントスは怪訝な表情を見せる。また、いつもの我侭で、やはりやめたと言い出すのだろうかと肩を落とした。
「おい爺。竜って亜竜じゃないのか?」
インドラは絶望したように小さく呟いた。いつもと違う様子にサントスも顔を顰める。やはりあの数の竜はインドラでも勝てないのか、と。
「インドラ様から以前教えていただいた竜の特徴に照らし合わせると、下位竜が10体でございます。それだけの数が相手ではインドラ様も勝てませんか……使者の言うことには従った方が良さそうですな」
「下位竜など儂の敵ではないわ。例え10体でも余裕で殺せるのじゃ」
「ならば何を警戒しているのですか?」
「あそこに奴がいる。儂を追っていた奴が……しかも、上位竜の気配は二つ。最悪じゃ……逃げることも出来んじゃろ……もう終わりじゃ……」
インドラが結界から出たことによって、オーガストもまたインドラの気配を感じ取ることが出来るようになっていた。
レンの命令でカオスが上位竜を探していたとき、カオスでもインドラの気配を感知出来なかった。そのため、もう死んでいるものと思っていたのだが、まさか生きていたとは。
オーガストは直ぐにゴンドラの屋上に出ると、インドラの気配を探り飛び降りた。城壁の上から放たれる魔法や矢を全て無視しすると目障りだと声を荒げる。「邪魔だ!虫けらども!」その叫びと共に広範囲に殺気が放たれ、城壁の上では武器を構えていた人間が次々と倒れていく。オーガストの殺気が一瞬で意識を刈り取ってしまったのだ。
そのまま勢いよく地上に落下すると、城ごとインドラの部屋の天井を貫いていく。凄まじい轟音と共にインドラの部屋の天井が崩れ落ちた。土煙が舞い上がるなか、瓦礫の上には怒りで戦慄くオーガストが姿を現す。
オーガストは扉の向こうにインドラの姿を見つけると嬉しそうに口元を歪めた。
「久しぶりね。インドラ随分元気そうじゃない」
「ひ、久し振りじゃなバハムート。お主も息災で何よりじゃ」
「昔、私の城で暴れ回ったこと覚えてる?」
「あ、あれは、ちょっとした手違いじゃ。ゆ、許してほしいのじゃ」
「私の留守中に下僕を殺しまくって手違いですむと思っているの?」
「ほ、本当に申し訳なかったのじゃ、この通りなのじゃ」
インドラは土下座し地面に頭を擦りつけながら懇願する。だがオーガストの怒りは収まらない。下僕を殺され、城は破壊され、蓄えていた財宝は盗まれた。土下座程度で許されることではない。
あの時の光景を思い出し怒りが更に込み上げてくる。
どうしてやろうかとインドラに歩み寄ったとき……上空からレンを抱えてノーヴェがやってきた。風を纏いふわりと瓦礫の上に降り立つと、優しくレンを下に降ろす。
オーガストが飛び出たことに不安を感じ後を追ってきたのが、状況が分からず混乱するばかりだ。
扉のある方に視線を向ければ、少女が土下座をしている。更にその向こうでは老人が腰を抜かしていた。
城の惨状と訳の分からない状況にレンは大きく顔を顰めた。




