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国家樹立3

 奴隷を購入してから二週間。

 子供たちの順応性は高く直ぐに生活になれていた。安心して暮らせる家と、毎日食べられる食事に誰も不満を口にするものはいない。

 主に食事の用意は大人たちが行い、それを子供が手伝っている。いまは食堂のような大きな建物で纏まって食事を取っているが、子供たちも食事の作り方を覚え始めている。中には初めから食事を作れる子供もいた。それぞれの家で食事を取るようになるのもそう遠くないだろう。

 与えられた家には、仕事を同じくする子供たちが4人前後に分かれて住んでいた。全ての家に上下水道が通っていて調理場も備え付けられている。何よりも風呂があるのだ、これには子供たちも大喜びした。風呂は街では普及しているが農村では珍しい、家に風呂があるのは贅沢なことだった。

 仕事場と家を往復する毎日だが、これだけの物を与えられ子供のみならず大人たちもみな幸せを感じていた。

 食料と衣服は支給され、しかも給金を支払ってもらえるというのだ。奴隷という身分のものに給金を支払うなど異例のこと。誰もが当然驚いた。そして、自分たちを救ってくれたこの国の王に、誰ともなく自然と心から感謝の祈りを捧げるようになっていった。



 二週間もするとノイスバイン帝国全土に食料は行き渡り、辺境の村々も食糧難から解放されていた。配られた食料は数年は日持ちのする穀物で一年間は食べていける量がある。

 しかも、これだけの食料を他国が支援したと聞かされ帝国の国民は驚かされた。

 街や村では直ぐに食料を支援した国の話題で持ち切りになり、初めて聞く名前の国に大勢の国民が首を傾げた。

 それが死の大地に新たにできる国と聞かされると、誰もが驚愕の表情を浮かべる。自国の直ぐ隣りの不可侵領域、しかも荒野しかない不毛の地に国を作るなど何を考えているのだと。

 だが、それは浅はかな考えだと気付くことになる。死の大地に近い村からは、真意を確かめようと死の大地に赴く民がいた。

 そして、荒野が広がるはずの死の大地を見て言葉が出なくなる。そこには草原が広がり緑で溢れていたからだ。

 この話は徐々に帝国領内に広まっていき、竜王国は奇跡の国と呼ばれることになる。

 そして、その奇跡はまた起こるのだが、それは今より少し先の話、近い未来のことであった。



 ノーヴェはゴンドラの中でどうしたものかと頭を悩ませていた。

 今日はサウザント王国とエルツ帝国に使者を送る日。事前にその二つの国にはドレイク王国とノイスバイン帝国から早馬の使いを出してもらっている。

 先方も使者が訪れることは承知しているのだが、その使者が問題なのだ。両国ともに使者ではなく国王自らゴンドラに乗り込んできたのだから。

 他国が国王自ら赴くのだ、竜王国としても体裁を図るため、オーガスト自ら赴く必要がある。だが、ノーヴェが勝手にオーガストを動かすことはできない、レンの許可を取る必要がある。

 通話用の指輪を使い許可を取ればいいだけの話なのだが、指輪の使用は緊急時以外は使用禁止と言われている。

 これは緊急時なのだろうか……ノーヴェは意を決し指輪を口元に近づけた。


(レン様、ノーヴェでございます)

(ノーヴェ?どうした何か急ぎの用か?)

(はっ!ノイスバイン帝国とドレイク王国で使者を回収したのですが少々問題が)

(問題だと?)

(はい、両国とにも使者ではなく国王自らが赴くようです。我が国も体裁を保つため王であるオーガスト自ら赴いた方がよろしいかと)

(……そうだな。他国が国王自ら赴くのに、国家樹立を宣言する国の王がいないのでは話にならんな。ノーヴェ、お前たちは今どこにいる?)

(ドレイク王国の城の前におります。古代竜エンシェントドラゴンも降りられるように広く整備したようです)

(オーガストには私から伝える。そこで暫し待て)

(畏まりました)


「ノーヴェ殿、如何なされた」


 ヒューリが心配そうに声を掛けた。ヒューリとその護衛が乗り込んでから既に10分になる。もう、出発してもいいはずだがドラゴンは飛び立つ気配がない。

 何か不備があったのだろうかと心配したのだ。


「申し訳ございません。まさか両国ともに国王自ら赴くとは思いませんでしたので」


 ヒューリとオヴェールは顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 ヒューリからすれば神の治める竜王国に協力するのは当然のこと、それも生半可なことではいけない。国王自ら動くのはごく自然なことである。

 オヴェールにしても竜王国には多大な恩義がある。国王自らが動き、力を尽くすのは当たり前のことであった。


「ドレイク王国が全力を尽くすのは当然のこと、竜王様は竜人(我々)から見れば神のような存在なのですから」

「ノイスバイン帝国は多大な食糧支援を受けた。その他、ドレイク王国との関係改善にも力添えいただいた。それに対し礼は尽くす。私に出来ることなら何でもしよう」

「そう言っていただけると有難い。竜王様も自ら赴くそうです。到着まで暫しお待ちください」


 それを聞いて二人の王は眉を顰めた。

 ヒューリたち竜人ドラゴニュートには対外的に竜王はオーガストであると伝えられている。二週間の間に情報は統制され、レンのことは漏れないようにされていた。

 ドレイク王国に訪れる人間は殆どいないが、それでも情報が絶対にもれないとは言い切れない。そのため訪れる人にはオーガストが竜王であると噂を流し、レンの名前が隠れるようにしている。

 ヒューリからすれば例え偽りの竜王であっても神の国を代表する王である。その王が自ら赴くなど有り得ないことだった。

 レンに絶対の忠誠を誓う立場としては、レンの直属の配下の手は煩わせたくないのが本音である。ノーヴェが動いているだけでも後ろめたいのに、さらにオーガストまで動かせてしまうことに、自らの不甲斐なさを痛感していたのだ。


 一方のオヴェールはギルドマスターから寄せられた情報を思い出していた。

 ジャンヌを怒らせたと聞かされた時には肝を冷やしたが、それよりも驚いたのは金髪の青年のことだった。

 冒険者ギルドにやってきた金髪の青年、ジャンヌとオロチはその青年に従っていたと聞かされ首を傾げた。

 だが、その後の言葉で納得する、その青年は竜王と呼ばれていたと。もし、それが本当なら……



 小一時間まっていると、ゴンドラの扉が鈍い音を立てながら大きく開かれた。

 視界に入ったのは二人の人物。一人はオーガスト、ここまでなら予定通りなのだが、もう一人は……

 その人物を見てノーヴェとヒューリたち竜人ドラゴニュートは目を丸くする。


 レン様!


 余りに突然のこと、無意識のうちにソファから立ち上がり頭を下げていた。それを誤魔化すかのようにオーガストが笑いかける。


「そんなに仰々しく頭を下げなくともよい」


 レンはオーガストの後ろに控えているため、傍から見ればオーガストに頭を下げているように見える。それが幸いして、ノイスバイン帝国の人間に気付かれることはないと思っていた。

 実際、その光景を不思議に思う者はいない。

 ただ一人を除いては……

 ヒューリも先ほどの礼はオーガストにしたのだと強調するように再度深々と頭を下げた。 


「竜王様自ら御足労いただき感謝の言葉もございません」

「堅苦しい挨拶は抜きだ。直ぐに出発する」


 その言葉と共にドラゴンは天高く舞い上がり、風を切って雲を突き抜けた。同時に微かにゴンドラが揺れ宙に浮くのが感じられた。本来であれば凄まじい重力が掛かるのだが[重力操作グラビティコントロール]の魔法でゴンドラ内の重力は安定されていた。


 オーガストがソファに座ると、レンはオーガストの後方に控えるように佇んだ。

 ソファは大きく20人は座れるが、ソファに座っているのはオーガスト、ノーヴェ、オヴェール、ヒューリの四人のみ。護衛や従者は後方に控えている、レンだけが座ると怪しまれてしまうため、他の護衛や従者と同様に後方に控えたのだ。

 だが、レンが竜王だと知っているものは内心穏やかではない。オーガストもレンを立たせるわけにはいかないと、直ぐにソファに座るように促した。


「ゴンドラが揺れては危険だ。護衛や従者もソファに座るがいい」


 その言葉を受けて、従者や護衛は少し離れた場所に腰を落とした。ソファの座り心地の良さに驚き、本当に座ってもいいのかと立ち上がる者までいた。

 ソファには趣向を凝らした見事な刺繍が施されている。座るのを躊躇うのも無理はなかった。

 レンもソファに腰を落とすと、正面に見知った懐かしい顔を見つけ思わず笑みが溢れる。


『クレーズ、それにマルス、お前たちも来ていたのか』


 そこにいた竜人ドラゴニュートは書庫の番人とも言えるクレーズと、親衛隊長のマルスであった。


「……レン殿もどうしてこちらに?」

『クレーズ、レンで構わない。どうしてと言われてもな……竜王様の従者だからだ』


 本当は国家樹立の進展を見守るために来たのだが、本当のことなど言えるはずがない。下手なことを言えば、ノイスバイン帝国にレンのことを知られてしまうかもしれないのだから。


「左様でしたか」

『マルスも久し振りだな』

「レ、レンも元気そうでなによりだ」

『何を固くなっている。同じ従者として仲良くしようではないか』

「あ、ああ……」


 マルスは緊張の余り固くなり口調がたどたどしくなっている。しかも、背を真っ直ぐ伸ばし微動だにしない。

 そんなマルスの様子を、ノイスバイン帝国の護衛が何事かと眺めていた。


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