ノイスバイン帝国13
冒険者ギルドでは時間が止まったかの様にみな呆然としていた。
もう陽は完全に落ち、明かりを付けられていない部屋の中は真っ暗になっている。
そんな冒険者ギルドの様子を、外から来た冒険者が訝しむように見ていた。
「もう、真っ暗だってのに明かりもつけてないのかよ。どうなってんだ?」
その言葉で止まっていた時間は動きだす。
ギルド職員は慌てて明かりを灯すと、倒れている受付嬢を介抱する。脈と呼吸を確認してほっと溜息を漏らした。どうやら気を失っているだけのようだ、命に別状ないらしい。
「一体何があったんだ。あいつらは誰だ?あの殺気、只者じゃないぞ」
「ギルドマスター、先程の方々はSSSランクのジャンヌ様とオロチ様です。認識票を確認しましたので間違いありません」
平謝りをしていた受付嬢がとんでもない事を言い出す。事情の知らない冒険者たちは大騒ぎだ。
何を馬鹿なと思ったが……言われてみれば風貌が似ていた。一介のギルドマスターである彼は実際に見たことはない。だが、話くらいは聞いていた。
「何故、こんなところに……それにオロチ様は誰とも行動を共にしないと聞いたが……」
「何でも名前を変えたので認識票も直して欲しいと……」
「名前を?」
「はい、確かジャンヌ様はエイプリルと、そしてオロチ様はセプテバと仰っていました」
前例が無い訳ではないが珍しいことだ。そのためベテランのギルド職員でも知っているものは数少ない。
それを断られて怒ったのか……だが、あそこまで怒るものだろうか。ふとそんなことを考えてしまう。
「それで、断られて怒ったのか?」
「いいえ、確かに不機嫌そうでしたが怒ったのは別の理由です」
別の理由と言われて顔を顰めた。他にも何か問題があったのかと不快になる。
名前を変えることを断っただけでもギルドの不手際だ。それだけでもどれだけの罰を受けるか計り知れない。なにせ相手は伝説のSSSランクの冒険者なのだから。
「では何が理由で怒ったのだ?」
「お二人に同行していた方が冒険者登録を行おうとしたのですが……」
「それがどうしたのだ?登録など珍しいことではないだろ?」
「ジャンヌ様が……この方は私よりも強いからSSSランク以外は有り得ないと」
「なっ、馬鹿な!登録して直ぐにSSSランクなど有り得ない。抑、一般的な冒険者はどんなに頑張っても最高はSランクだ。SS以上は言わば勲章のようなもの、与えられる訳が無い。それで怒ったのか?」
「いえ、それも非常に不機嫌そうにされていましたが怒ることはありませんでした」
「では一体何が原因なんだ」
疲れたように項垂れる。いい加減早く言ってくれと催促した。
「結局、一般的な冒険者と同じく、最低ランクの冒険者登録を行おうとしたのですが……認識票に血を垂らして欲しいと言ったら……」
「怒り出したのか?」
「はい……竜王様にお怪我をさせるなど万死に値すると」
「竜王?それが登録しようとした奴の名前か?」
「いいえ、名前は違います」
そう言って登録用紙を差し出した。書かれていた名前はレン・ロード・ドラゴン、出身国は初めて聞く名前だった。
「この竜王国とは何処の国だ?少なくともこの大陸では聞かぬ名前だ」
「それが私にもさっぱり……」
「聞かなかったのか?」
「いえ、隣りの受付では確かに訪ねていました。ですがジャンヌ様が、お前は知る必要がない言われた通り発行しろと」
今は誰もいない隣の椅子に、悲しそうに視線を向ける。
そんな落ち込む様子を見ると、それ以上は何も言えなくなった。
「大体のことは分かった。陛下に話した方がいいのだろうな……」
「陛下にですか?」
「最悪、国が滅びるかもしれん。話さんわけにはいかないだろ」
それを聞いていたギルド職員が全員青褪めた。職員だけではない、冒険者までもが逃げ出す算段をしている。
「俺もギルドマスターじゃなければ逃げたいよ……」
小さく呟いたその願いは、誰の耳にも届かなかった。
レンたちが城に戻ると、そこは人でごった返していた。
ジュンが所狭しと子供たちを並ばせている。
「レン様!」
レンの姿を確認したのだろう、ジュンは嬉しそうに駆け込んできてギョッとする。
その視線はレンの手に釘付けになった。正確にはエイプリルと繋いでいる手に……
「レ、レン様、その手は……」
ん?手だと?
言われて見ると、いつの間にかエイプリルと手を繋いでいる。
無意識のうちに繋いでいたようだ。
『いつの間にか繋いでいたらしいな』
「別に手くらい、いいじゃないすか。レン様もそう思うっすよね」
「!?エイプリル!レン様になんて言葉使いを、恥を知りなさい!」
レンへの言葉使いに怒りを顕にするも、エイプリルは気にした様子もない。
何事もないように、嬉しそうにレンの手を握り締めている。
『よさないか、私が普段通り話す様に命じたのだ』
「そうっすよ。レン様のご命令っす」
「えっ?ご命令?」
「尤も、お三方の前では普段通りに話せないっすけどね」
「そんなの当然よ。お怒りを買うことになるわよ」
そう言っている間も視線はずっと握られた手に定まっている。
じっと羨ましそうに見つめるジュンを見て、レンは空いている手を差し出した。
するとジュンは、その手を大切そうに両手で包み込む、そして見る間に頬が赤く染まっていった。
こうして見ると皆、本当に綺麗だ。
上位竜はニュクスたちより圧が少ないから接しやすくていいな。
「あのレン様、このものたちは如何するおつもりですか?」
『希望するものは親元に返す。私の元に残るものは竜王国の国民とする』
「国民でございますか?」
『そうだ。我が国は人手が全くないからな。街を作っても誰もいなけれな意味がない』
「ですが、もし全員親元に帰りたいと言ったら……」
『帰りたいなら全員返すまでだ。無理強いはしない。すまないがジュンとエイプリルはこの場に残り、その確認をしてくれ。私の元に来るものには衣食住の約束をすると伝えよ』
「畏まりました。お任せください」
「任せて欲しいっす」
『それと、オーガストはどうしている?話はついたのか?』
「はい、話は纏まったようです。今はレン様のゴンドラにて待機しております」
『そうか、ではここはお前たちに任せる。後は頼んだぞ』
「はい、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいっす」
『ああ、行ってくる』
レンは二人に見送られゴンドラに乗り込んだ。バツが悪そうに後からセプテバもゴンドラに乗り込む。
暫くすると竜が大地を蹴って漆黒の大空に羽ばたいて行く。そして、ゴンドラもまた竜に引き寄せられるように暗闇の中に消えていった。
「行ったわね」
「行ったすね」
「行ってらっしゃませなんて、まるで夫婦になったみたい」
「お三方がいると言えないっすからね」
「聞いた?行ってくる、出すって。もう私、幸せで死にそうだわ」
「結婚したらこれから何回も聞くことになるっすよ」
「そうね。こんなことで満足しては駄目よね」
「そうっすね。さぁ、私らもやることやって早くレン様の後を追うっすよ」
「ええ、早く片付けてしまいましょう」
二人は会話を楽しむと子供たちの中へと消えていった。




