ノイスバイン帝国12
大通りを逃げるように駆け抜けると、いつの間にか細い路地に入っていた。
お約束通り絡まれるのだろうかと心配するも、そんなことはないらしい。
どこもかしこも閑散としていた。誰とも出会うことなく興味本位で路地を進む。
すると大きな建物の前に大勢の子供たちが座っていた。
子供たちは身なりは悪く薄汚れた肌着を1枚着ているだけだ。満足に食事を与えられていないのだろう、やせ細った子供が多い。
足には足枷が嵌められ、子供たちを繋いでいる。みな虚ろな目で地面をじっと見ていた。
日本では見ることのない酷い有様に、レンは思わず目を覆いたくなる。
『エイプリル、これは何だ?』
「……奴隷ですね。ここは奴隷商館みたいっす」
奴隷という言葉に思わず顔を顰めた。
足枷で擦り切れた足首の傷が痛々しい、中には小さな子供までいる。
こんなに大勢の子供がなぜ奴隷に……
『これだけ多くの子供がどうして奴隷にされているのだ?』
「食料を得るため労働力に乏しい子供を売ったのではないでしょうか……口減らしもできますから……」
その言葉を聞いて胸が痛くなった。
親は自分の子供をどんな思いで手放したのだろうか……売られた子供は親を恨んでいるのではないか?色んな思いが込み上げてくる。
親なら自分の子供は可愛いはずだ、子供だって親と一緒に暮らしたかったはずだ。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
『エイプリル、奴隷を買いたいのだがどうすればいい?』
「奴隷をですか……」
『そうだ全ての奴隷を購入する』
「……分かったっす。やっぱりレン様はお優しいすっね」
エイプリルは笑顔を見せると奴隷商館の中へと入っていった。
後を追うようにレンとセプテバも付いていく。奴隷商館の中も多くの子供で溢れていた。外にいた子供たちは中に入れなかっのだろう。
廊下を真っ直ぐに進んでいると、突き当たりの部屋で恰幅の良い男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。今日はどのような奴隷をお探しですか?」
奴隷商館の主だろうか、にこやかな笑みを浮かべながらレンの前で話しかけと、それを遮るようにエイプリルが一歩前に出た。
「全部っす」
「……えっと、言っている意味が分からないのですが……」
「ここにいる奴隷を全部買うっす」
「ぜ、全部でございますか?失礼ですがお代はお持ちでしょうか?」
そう言われると、エイプリルは懐から袋を取り出し男に投げつける。
男は怪訝そうな表情でそれを受け止めると、口紐を解き中を確かめ……固まってしまった。
袋の中に入っていたのは希少な金属で作られた黒金貨と呼ばれるもの、その価値は普通の金貨の100倍である。
それが袋一杯に入っているのだ。
「見ての通り金はあるっすよ」
「も、申し訳ございませんでした。これは一先ずお返しいたします」
そう言って丁寧に袋を返すと、慌ただしく使用人に指示を出す。奴隷の契約書が次々にテーブルに並べられ何やら書き込まれていった。
「失礼ですが奴隷の主人となる、お嬢様のお名前は何と仰るのでしょうか?」
「主人は私じゃないっすよ。レン様です」
「これは失礼いたしました。それではレン様のフルネームを教えていただけないでしょうか?」
「レン・ロード・ドラゴン様っす」
「レン・ロード・ドラゴン様ですね。直ぐに新たな契約書をお作りいたします」
「幾らくらいになりそうっすか?」
「そうでございますね。手数料なども含めまして、全部で黒金貨12枚で如何でしょうか?」
「随分足元見るっすね。見たところ健康状態の悪い子供が多いっすよ。商品にならない子供もいたっす」
「……わ、分かりました……では……」
『主、黒金貨12枚でかまわない』
「レン様?」
『ただし、奴隷たちにまともな服を用意して腹いっぱい食事を与えろ』
男は暫し考えてから頷いた。十分利益が出ると判断したのだろう。
「畏まりました。衣服を用意して、十分な食事を与えましょう」
『それと、他にも奴隷商館があるなら教えてくれ。出来れば案内してもらえると助かる』
「他にもですか……分かりました。私がご案内いたしましょう」
男は使用人に後のことを任せて商館をでた。奴隷商館は何処も人目につかない路地裏にあるらしい。
網の目のような路地を通り、奴隷商館に案内された。
やはり外まで奴隷が溢れている、ここでは幼い子供が多いようだ。
『ご苦労だった。奴隷は城に連れて行ってくれ。竜王国のレンから頼まれたと言えば分かるだろう』
「畏まりました。確かに承りました」
『エイプリル、すまないが代金を払ってくれ。後で必ず返す』
「返すなんてとんでもなっす。我々の持ち物は全てレン様のもの。レン様のお役に立てて嬉しいっす」
エイプリルは男に黒金貨12枚を手渡すと、次に行きましょうと奴隷商館の中に消えていった。
同じように奴隷を全て購入すると次の奴隷商館に案内してもらう。
こうして帝都中の奴隷を買い占める頃には日も落ちかけていた。
空が茜色に染まる頃、ようやく冒険者ギルドにたどり着いた。
中に入ると、直ぐに依頼が張り出されたボードが目に飛び込んでくる。
奥にはカウンターが置かれ受付嬢が数人座っている。良い依頼がないのか、冒険者は疎らで活気がないように見えた。
『冒険者ギルドは何処もこんな感じなのか?』
「この時間帯なら依頼を終えた冒険者で溢れてるはずなんすけどね。食糧難の影響で活動拠点を移したのかもしれないっす」
『……そうか』
全ては食糧難のせいか……
俺の国ではそんなことがないようにしないと。
食料を量産して他国に安く売るのもいいな。
周りの国が潤えば、自然と俺の国を通行する人も増えるだろう。
レンが悩んでいる間にも、エイプリルとセプテバはカウンターに向かっていた。
後を追い後ろから覗き込んでみると、受付嬢が青ざめ震えている。
カウンターには黒いプレートが出されていた。
「よ、ようこそお出でくださいました。ジャンヌ様、オロチ様。き、今日はどのようなご要件でしょうか?」
その言葉にギルド内にどよめきが起こった。周囲の冒険者は二人の様子を遠巻きに窺っている。
「私ら名前変えたんで、認識票の名前を変更して欲しいっす。ちなみに私の名前はエイプリルっす」
「セプテバ」
エイプリルに続きセプテバが一言名前を告げた。
だが、受付嬢は混乱するばかり、通常は名前を変えるなど有り得ないからだ。
その様子をみてエイプリルがため息を漏らした。
「話にならないっすね。ギルドマスターはいるっすか?」
受付嬢の青褪めた顔が、今度は白くなっていく。
倒れそうになりながらも必死に謝罪の言葉を繰り返した。
「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません……」
不快にさせたと思ったのか、受付嬢は平謝りをするばかり、全く話が通じなくなってしまった。
「……もういいっすよ。後で知り合いの所でやってもらうっす。セプテバさんもそれでいいっすかね?」
セプテバは無言で頷いた。
「という訳なんでレン様、申し訳ないっす。無駄足になったすね」
『別にかまわん。ついでだ私も冒険者になっておこう』
「レン様が冒険者にですか?」
『駄目なのか?』
「い、いえ駄目ではないのですが……」
『では、手続きをしよう。女、私も冒険者になりたい、手続きをしてくれ』
そう言って隣の受付嬢に話しかけた。エイプリルが手続きをしようとした女性は、未だに小声で謝り続けている。使い物になりそうにない、可愛そうだがそっとしておくことにした。
「では、こちらに記入をしてください」
言われるまま出された用紙に記入をしていく。受付嬢は用紙をみて顔を顰めた。
「あの、申し訳ございません。出身国が竜王国となっているのですが何処の国でしょうか?」
「竜王様の国っすよ」
「えっ、その聞いたことがないのですが?」
問いただされるも、エイプリルは有無を言わせない。
「お前が知る必要はないっす。言われた通りさっさと発行した方がいいっすよ」
「わ、分かりました。申し訳ございません」
受付嬢は泣きそうになりながら作業を進める。
「あ、そうそう。レン様は私らより強く偉大なお方っす。冒険者ランクはSSS以外は有り得ないっす」
「ジ、ジャンヌ様、それは無理でございます。如何にジャンヌ様の頼みでも……それに認識票に使われているのは希少な金属です。直ぐに認識票を作ることはできません」
「……本気使えないっすね」
『エイプリル、よいのだ。お前は少し下がっていろ』
『女、いつも通りの手続きでいい。手続きをしてくれ』
「え……ですが……」
横を見ればエイプリルが睨みを利かせている。
『かまわん。早くしろ』
「で、ではこの認識票に血を垂らしてください」
認識票と呼ばれる金属のプレートと針がカウンターに差し出された。
『分かっ「ぶっ殺すぞ!!!血を垂らせだと!誰に向かって言っている!!!」
エイプリルの口調が激しく変わる。怒気を当てられた受付嬢は泡を吹いて倒れてしまった。
セプテバはいつの間にかカウンターの中に入り、1本の刀を倒れた受付嬢に向けている。
……何をしている?
何でそんなに怒っている?
『よせ!何をそんなに怒っている?』
「気高き竜王様にお怪我をさせるなど、あるまじき行為。万死に値します」
同意するようにセプテバも頷いた。
周りの冒険者は怒気に当てられ身動きできない。ただ成り行きを見ているしかなかった。
「うるせぇな。一体何の騒ぎだ」
一人の男が階段から降りてきた。
がっしりした体格の偉丈夫は、倒れている受付嬢を見て目を丸くする。
カウンターの中では複数の刀を持った冒険者が刀を抜いている。カウンターの外にも受付嬢を睨みつける冒険者が視界に入った。
「おい!てめぇら!もう冒険者じゃいられねぇぞ!分かってるんだろうな!」
「分かってないのはお前だ馬鹿が!受付の躾がなってないんじゃないのか?これ以上怒らせるならもう容赦しない!」
エイプリルの影が広がり床一面を覆い尽くした。その瞬間、背筋が凍るような寒気が走る。
修羅場を潜り抜けてきた強者は誰もが死を覚悟した。当然、階段から降りてきた男も。
だが……
『やめろエイプリル!これは命令だ!セプテバも剣を収めろ!』
その声でエイプリルは殺気を鎮め、セプテバは刀を鞘に戻した。
『迷惑を掛けた。我々はもう出るからそれでいいだろ。いくぞ二人とも』
そう言い残すと冒険者ギルドを足早に出て行った。
残された冒険者やギルド職員は安著の溜息を漏らし、その場に崩れ落ちる。
あれは一体何だったのか……誰もが三人の出て行った扉を暫く眺めていた。
帰りの道中ではエイプリルが肩を落としていた。
「レン様、申し訳ございません……」
『気にするな。お前は私のために怒ってくれたのだろう?』
「ですが……」
『普段の口調で話しかけていいと言ったはずだ。命令を忘れているぞ』
明るく声を掛けるもエイプリルの表情は暗いままだ。
「すいませんっす……」
『私は幸せ者だな。こんなにも私のことを心配してくれる配下がいるのだから』
そう皆、俺のためを思っての行動。
怒れる訳ないじゃないか……
『エイプリル、これからもよろしく頼むぞ』
そう言って頭を撫でてやると、エイプリルが泣きそうな顔で見上げてきた。
「私はこれからもレン様のお側にいていいのでしょうか?」
『当然だ。お前がいなくなると困る。あと、言葉が硬くなってるぞ』
「へへ、嬉しいっす」
『ああ、私もお前と一緒に居られて嬉しいよ』
二人はいつの間にか手を繋いでいた。
薄暗い夜道を、エイプリルは涙混じりの幸せな表情で歩く。
そして、優しく慰めてくれるレンを益々好きになるのであった。




