ノイスバイン帝国11
天空を舞う竜が瞬く間に大きくなってくると、直ぐにその巨体が視界を覆い尽くした。
ゴンドラが地面に着くと、地響きが鳴り響き、圧倒的な質量が庭園の木々を押し潰す。ゴンドラの直ぐ横には竜が静かに横たわった。
遠目では分からなかったが、近くで見るゴンドラには趣向を凝らした美しい装飾が施されている。
何よりもその大きさだ。遠くからでも大きいと分かっていたが、側で見ると高さもあるのだ。およそ30mの正六面体、10階建ての建物と同じ高さがある。
きっと、これが竜王専用のゴンドラだろうとオヴェールらも息を飲む。
しかも、竜とゴンドラを繋ぐものが何も見えない。これはどうやって浮いていたのだろうか?ふと疑問に思ってしまう。
「ノーヴェ殿、お尋ねしたいのだが、あのゴンドラはどのような原理で浮いていたのですかな?」
「原理ですか……あのゴンドラ自体が魔道具になっているのですよ。重力魔法の一つ[重力操作]の作用で、竜とゴンドラを引力で繋いでいるのです」
「この巨大なゴンドラが魔道具ですと……」
「その通りですとも。竜がゴンドラから一定距離離れると、竜に吸い寄せられるように浮く仕組みになっているのですよ」
言っていることが難しくオヴェールにはよく分からなかったが、この巨大なゴンドラを容易く浮かせられることだけは分かった。
これだけの大きさの物を一体どうやって作ったのか……
しかも、よく見れば細部にまで細かな装飾がされている。
この、ゴンドラだけでも我が国の税収を上回るのではないか?
あれは……扉か?
よく見ればゴンドラの正面には高さ3mもの両開きの扉が見えた。
暫く観察していると、それはまるで意思があるかのようにゆっくりと開いていく。最初に中から現れたのは以前会ったこともあるエイプリルとジュンであった。
その後に現れたのは見慣れない服装をした男。着物と呼ばれる、この世界でも珍しい衣服を身に纏い、腰には左右にそれぞれ4本の刀を差している。
目は細長く、肩まである赤い髪は後ろで束ねられていた。
それは、上位竜の一人であり、レンから与えられた名前はセプテバ、火竜である。
竜としての格は炎竜のフェヴに劣るが、その強さは上位竜の中でも上位に位置する。
その姿をみてオヴェールらは眉を顰めた。それは、この世界では余りに有名な存在だからだ。特徴のある姿は直ぐにその人物を連想させた。
この世界で二人しかいない、もう一人のSSSランクの冒険者、その名は武神オロチ。誰とも組まず常に一人でいることから孤高のオロチとも呼ばれる存在だ。
一人で国を容易く滅ぼすSSSランクの冒険者が二人。ノーヴェは上空から落下しても傷一つ負わない化け物、ジュンに至っては神だ。そして上空を旋回するこの竜の数。
これが一つの国の戦力かと思うと、オヴェールは笑うしかなかった。
これを束ねる竜王とは一体どんな存在なのか、自ずとゴンドラに視線が集まる。
次に出てきたのは銀髪の美しい女性、褐色の肌に相まって銀髪がより一層際立っている。その後からは金髪の青年が姿を現した。すると誰も触れることなく扉が閉まっていく、どうやらこれで全員らしい。
銀髪の女性がオヴェールに近づくと威風堂々と名乗りを上げる。
「貴殿のことは聞いている。我が名はオーガスト。竜王国の女王、竜王である。此度は我への力添え感謝する。約束の食料は順次運ばせよう。今後のことについて話したいが問題はないか?」
その圧倒的な存在感にオヴェールは直ぐに理解した。このものは人間ではない、恐らくジュンと同様、神なのであろう、と。
立場は同じ王であっても格が違い過ぎた。そんな相手に対等に接することなど、出来ようはずがない。当然、敬意を払うように頭を下げる。
「も、問題ございません。此方こそ食糧支援感謝の念に堪えません」
何故、オーガストが竜王と名乗ったのか。それは簡単なことであった。国王の他に竜王がいては、後々レンが政治などの面倒に巻き込まれかねないからだ。対外的にはオーガストを竜王にして、面倒事を全てオーガストに丸投げしたのだ。
当然のように猛反対されたが、レンはそれを強引に押し切った。今のレンは立場上、オーガストの従者になっている。
レンはオーガストの堂々たる姿を見て、何度も頷き感心していた。
オーガスト格好良いな。
一人称も我になってるし、あれが本来のオーガストなのかな?
だが、実際は違う。本来の姿はレンにメロメロで、とても見せられたものではない。
誰かといる時は体裁を取り繕い、本来の姿を見せないようにしているだけだ。一人自室にいる時には妄想に耽って毎日いけないことをしている。
それをレンが知るのは遥か遠い未来、まだずっと先のことである。
「では、我はオヴェール殿と城の中で話そう。ノーヴェ、お前も付いてこい」
「畏まりました」
「ジュンは食糧の引渡しをせよ」
「御心のままに」
「残りのものは街でも見物するがいい。エイプリルとセプテバは冒険者の認識票も書き換えなくてはならぬからな」
最後にそう言い残すと、オーガストはオヴェールの後を追い、城の中へと消えていった。
これはレンの筋書き通りのこと。レンはエイプリルとセプテバを引き連れ冒険者ギルドを目指す。
その後ろ姿をジュンは羨ましそうに眺めていた。だが、直ぐに気を取り直すと、今はこれで十分と左手に嵌められた指輪を優しく撫でるのであった。
昼時にも関わらず帝都の中は閑散としていた。食商品を取り扱う店は閉められ、屋台の一つも出ていない。すれ違う人はこの先の未来を悲観するように暗い表情をしている。
期待していた様子と違いレンは肩を落とす。帝都なのだからもっと活気に溢れ、多くの屋台が出ていると思ったのだ。
『閑散としているな、寂しい限りだ……』
「食糧難が続いたっすからね。あ、いえ、続きましたので」
思わずいつも通り話してしまいエイプリルが青褪める。
その様子を見てレンは小さく苦笑いを浮かべると。
『エイプリル、いつも通り話すがよい』
「そういう訳にはまいりません。先程の失言に罰をお与えください」
道の真ん中で立ち止まりエイプリルはその場で跪いた。それを見てレンは盛大に溜息を漏らす。
閑散としているが人通りが全くないわけではない。通行人は足を止めて、何事かと注視している。
傍から見れば少女を虐めている酷い奴に見えるだろう。
『エイプリル、立ってくれないか注目を集めている』
「罰を与えてくれるまでは立ち上がれません」
罰と聞いて周囲がざわめく。衛兵を呼んだ方がいいのでは、そう囁く声が聞こえてきた。
助けを求めるように、セプテバに視線を向けるも首を横に振るばかりだ。
レンは渋い顔で途方にくれる。
いかん!このままでは少女を虐める変態と勘違いされてしまう。
犯罪者を見るような周囲の視線が痛い。
もう、いっそのこと普通に話すことを罰にするのはどうだろうか?
これからも、うっかり言葉使いを間違うことがあるかもしれない。
その度に跪かれても困るからな。
『ではお前に罰を与える。これからはいつも通りの口調で私に話すがよい。ただし、古代竜の前では控えるように』
古代竜の前で控えるように言ったのは、彼等は融通が利かないからだ。問題が起きるのは火を見るより明らかだった。
「レン様、それは罰ではございません。聞き届けることはできません」
『では命令とする!先程の言葉を罰として受け入れよ!』
有無を言わせまいと強く言い放った。
困惑するも流石に命令であれば従うしかない。
「勅命、確かに承りました」
エイプリルはそう言うと深く頭を下げた。
何処から現れたのか、いつの間にか周囲には人集りが出来ていた。
好奇心から物珍しそうに此方を見るもの、蔑んだ目で見下すもの、様々である。
レンはエイプリルの手を取り強引に立たせると、人集りを掻き分け逃げるようにその場を去った。羞恥心で顔が赤くなっていくのが手に取るように感じられる。
握られた手を見てエイプリルは違った意味で頬を染めた。嬉しさと恥ずかしさが入り混じる初恋にも似た複雑な感情。
其処には何処にでもいる恋する少女の姿があった。




