ノイスバイン帝国10
あれから一週間。帝都にあるシュレーバル城、その執務室ではオヴェールが頭を抱えていた。
戦争のため食料を掻き集めたことで、さらに食糧難が進んだのだ。備蓄されている食料も残り少なく、店からは食料品がなくなっていた。
いまは国が食料を配給しているが、それも二週間で尽きてしまう状況だ。主食である穀物の収穫は半年以上も先のこと。いま収穫できる作物は種類も量も少なく、一ヶ月後には食料は完全に尽きてしまう。
このままでは帝都でも餓死者が出てしまう。
どうしたらいいのだ……
頭を悩ませていると扉がノックされ女性の声が聞こえてきた。
「陛下、ライセル侯爵様とゼファイン侯爵様をお連れしました」
「入れ」
ライセルとゼファインの表情には暗い影が見える。食料のことで奔走させていたのだが、結果は芳しくなかったのだろう。それを見てオヴェールの気持ちも更に沈んでいった。
「二人共よく来てくれた。先ずは座ってくれ」
ソファに座ると二人は言葉が出ないのか、ただ目の前のテーブルを見つめ俯いたまま黙っていた。
食料を買い付ける目処も立たず、この時期に収穫できる作物も十分な量を確保できなかったのだ。それだけではない、飢えから作物を盗むものが後を絶たなかった。
二人が試算した予想では食料が尽きるのは三週間ほど、一ヶ月も持たないのだ。
「陛下、このままでは一ヶ月と持たずに食料は尽きるでしょう」
「そうか……」
ゼファインの言葉にただ頷いた。二人が手を尽くしても駄目なら、もうどうにもならないだろうと。
「陛下、ノーヴェ殿が言っていた食糧支援はやはり嘘なのでしょうか……」
「ライセル侯……その気持ちは分かるが我々がノーヴェ殿を責めるのは筋違いだ。ただで食料を寄越せなど、そんな虫のいい話はないだろう」
「ですが、我々はその見返りとして国を作る際の後ろ盾になると」
「後ろ盾といっても国家樹立を認めるだけ、作物はどの国でも高騰していると聞く。割に合うはずがないではないか……国家樹立は戦争を起こした責任として認めることになるだろう……」
三人は考え込むように静かになる。長いようで短い時間、ゼファインは意を決して口を開いた。
それは、ライセルと何度か話し合い危険と判断したこと。だが、食料を確保するにはこれしか残されていなかった。
「陛下、我が国の北には海が、そして西には森が広がっております。沖に出れば魚が取れますし、森には自然の恵みが溢れているでしょう」
「だが、海も森も魔物の巣窟ではないのか?」
「その通りです。危険ですがこれしか方法がないかと」
ノイスバイン帝国の北には大海原が広がっている。だが、近海では殆ど魚は取れず、沖に出れば魔物で溢れかえっている。そのため、沖に出ることは自殺行為とされていた。
西の森は帝国領外で魔物の領域。過去に領土を広げようと何度も開拓を試みたが、その度に森から魔物が溢れ出て甚大な被害が出たのだ。
そのため、ライセルもこれには黙っていられなかった。得られる食糧に対しリスクが余りに高すぎるからだ。
ライセルは森の開拓に同行したこともあった。その時は森に火を放ち、魔物を森ごと焼き払おうとしたのだが……森から追い出された魔物が帝国領内に溢れ出てしまった。
結果、溢れ出た魔物を討伐するのに数年を要した。その間、帝国領内では魔物に殺される人間が続出することになったのだ。
「ゼファイン侯、それは危険だと言ったはずだ」
「分かっている。だが、これしかないではないか」
「陛下も何か仰ってください。また、帝国領内に魔物が溢れ返ることになります」
「……やむを得まい」
「陛下!」
「船の数には限りがある、沖に出るのは無理だろう。確かヴェルニュー侯は戦後処理をしていたな。もう一度、軍を編成し西の森に遠征させる」
「本気ですか!」
「森から出た魔物を討伐する軍と、森の中に入る軍の二つに分ける。帝国領内に入る前に全て討伐するのだ。中には食べられる魔物もいるだろう、食糧はそれなりに確保できるはずだ」
「もし、魔物を討伐しきれなければ、民に犠牲がでるやもしれませんぞ」
「このままでは民は飢えて死ぬのを待つだけ。何もしなくても犠牲は出るのだ。分かってくれライセル侯」
「……分かりました。ですが遠征には私も同行して指揮を取ります」
「ライセル侯に全て任せる。ゼファイン侯は他の方法で食料を入手できないか手を尽くしてくれ」
「畏まりました」
二人が部屋を出るとオヴェールは溜息を漏らした。
遠征でどれだけの犠牲が出ることか、それを考えると頭が痛くなった。それに、今年はこれで乗り切れても、来年のことも考えなくてはならない
来年の雨季も長雨で作物が育たないかもしれない。
収穫量は減っても、長雨でも確実に育つ作物を植えた方がいいだろう。
それと並行して再来年以降のことも考え品種改良も急がなければ。
オヴェールが来年のことを思案していると、ノックもせずにライセルが慌てて駆け込んできた。続いてゼファインも息を切らせて現れる。全力で走ってきたのだろう、ゼファインはソファに倒れ込んでしまう。余程の事態なのか、二人とも酷く狼狽していた。
ゼファインは肩で大きく息をしていて話せそうにない。その様子を見てライセルが口を開いた。
「へ、陛下!」
「二人ともどうしたのだ?先ずは落ち着かないか」
「ど、竜が現れました!」
竜?ノーヴェ殿たちが来たのか?
では、出迎えなくてはならんな。
「ノーヴェ殿であろう。私も外に出迎えに行く」
「それが、竜の数は16体、帝都上空を旋回しております」
「16体だと!?あの国境にいたサイズの竜がか?」
「はい、その通りです。それと竜は岩の様な四角い塊を運んでおりました。まさか帝都に落とす気でしょうか……」
「馬鹿な、そんな事はあるまい」
そう思うも気になって窓に駆け寄る。遥か上空を見上げれば確かに竜が旋回していた。その下には真っ白な塊が見える。
「外に出て直接確かめる」
「危険では?」
「竜が運んでいるのは人工物のようにも見える。落としたりはしないだろう」
そう言いうと執務室を出て行った。ライセルとゼファインも慌てて後を追う。
外に出れば誰もが不安そうに空を見上げていた。オヴェールも釣られて見上げると空から何かが落下してくる。あの塊が落とされたのだろうか?そう思うも、それほど大きくはない。
遥か上空で豆粒の様に見えたものは、落下するにつれ徐々に人の形に見えてきた。
それがオヴェールの目の前に落ちると轟音が響き渡る。土煙が巻い一気に視界が悪くなった。そんな中、オヴェールを心配する声だけが聞こえてくる。
だが、オヴェールはそれに反応することなく、目の前を真っ直ぐに見つめていた。土煙が晴れていく中で人の姿が浮かび上がる。
そこにいたのは見知った顔、ノーヴェであった。ノーヴェは何事もなかったかのように、衣服の汚れを手で払っていたのだ。
やはり、ノーヴェ殿も人外の化け物か……
薄々、気が付いてはいたが、遥か上空から落下して無傷とはな……
ライセルとゼファインもノーヴェの姿を確認してギョッとしていた。
どうやらノーヴェはオヴェールの姿を確認して会いに来たようだ。どれだけ目がいいのだ。そう思うオヴェールであったが、そこは人外の存在、人間では計り知れないだろうと一人納得することにした。
「お久し振りですオヴェール殿。このような形で失礼しますよ。何せ此方も竜王様を上空で待たせる訳にはいかなかったものですからね」
竜王様だと?
「竜王様も来られたのですか?」
「ええ、国家樹立に関してご相談もありますからね。竜はここに降ろしても?」
城の前には手入れの行き届いた広大な庭園が広がっていた。体長40mの竜が10体以上入る大きさだ。尤も竜を降ろすと、その代償として庭園は破壊されるだろうが……
「かまいませんが、あの白い塊は?」
「ゴンドラですよ。一つは竜王様専用のゴンドラです。残りはお約束の食料を入れております」
「食料ですと?」
「その通りですとも。当然、今回運んだものが全てではありません。食料は順次この国に運び込みますのでご安心ください」
それを聞いて誰もが驚愕の表情を浮かべた。本当に食料を支援してくれるとは思わなかったのだ。
遠くから見ても竜と比較すれば、ゴンドラが如何に大きいか分かる。今回運んだ分だけでも一体どれだけの食料があることか。
「では竜を降ろしますがよろしいですね」
オヴェールは只々頷くばかりだ。
それを確認するとノーヴェが指輪に何かを呟いた。オヴェールらはそれを不思議そうに眺めている。
(レン様、竜を城の前に降ろしてもよいとのことです)
(分かった。直ぐに竜を城の前に降ろそう)




