ノイスバイン帝国9
「話が逸れているようですが、そろそろ本題に入っていただけませんかね。それとも、くだらない話をするために態々来られたのですか?」
ノーヴェが呆れたように肩を竦めている。オヴェールも魔法の話を聞きに来たのではない。本題は別にあるのだ。
先ずはこのものたちとドレイク王国の関係を聞くこと。そして、争う意思がないことを告げなければと居住まいを正した。
「先ずお聞きしたい。貴殿らはドレイク王国とはどのような関係なのですかな?」
「関係ですか……ドレイク王国は竜王様の配下のようなものですかね」
「配下……ですか……では、貴殿もその竜王殿に使えているのですな」
「竜・王・様・です。今度言い間違えたら許しませんよ」
ノーヴェが鋭く睨みつける。ジュンとエイプリルも不快感を隠さず、ゴミを見るようにオヴェールを見ていた。
様以外の敬称は許さないと言わんばかりの剣幕に思わずたじろいでしまう。
「も、申し訳ない。我々はその竜王様に逆らうつもりはないのだ」
「ならば結構です。以前、ライセル殿にもお伝えしましたが、こちらには食糧支援の用意があります。黙って受け入れてくれるとありがたいのですがね。勿論、その代償としてこちらの要求も聞いてもらいますよ」
はぁ!?
オヴェールを始め同行した皆がきょとんとしている。
元々、争いを避けることができれば御の字、そう思っていたのに、食料の支援までしてくれるとはどういうことなのか。
「どういうことだ?食料の支援を行ってくれるのか?」
「勿論ですとも、それが竜王様からのご命令ですからね。ただし、こちらの要求は必ずのんでもらいます。聞いていると思われますが、一つは戦争を止めること、もう一つは国を立ち上げる際に後ろ盾になってもらうこと」
それが本当ならオヴェールに取っても願ってもないことだった。だが、それは本当だろうかと暫し考える。聞いた話では有り得ない場所で食料を作っていたからだ。嘘でも従うしかないが、やはり食料は欲しいのだ。
本当に食糧支援をしてくれるなら願ってもないこと。
だが、ライセルから聞いた話は俄か信じがたい。
如何に神であろうと、あの不毛の大地で作物が育つのだろうか。
「食料は死の大地で作っていると聞いたのだが本当なのか?」
「本当ですとも。竜王様を疑うのですか?」
「い、いえ、そのようなことは……」
「では、従っていただけるのですね」
「分かった、貴殿の言うことに従おう。元より我々には拒否権などないのだから……」
元より食糧難はノイスバイン帝国の問題、本来は自国でどうにかするべき事だ。それを他国に委ねること自体本来間違っている。それでも国民の命には代えられない。そう思うとどうしても欲が出てしい、食糧のことを訪ねてしまったのだ。
本来ここに来た目的は争いを回避する事である。それが達成できただけでも万々歳であった。後は戦争を起こした責任を取るだけ、オヴェールは深く頭を下げた。
「ノーヴェ殿、私は戦争を起こした責任を取り如何様な罰でもお受けする。その代わり他のものには寛大な配慮をお願いしたい」
自国の皇帝が全ての責任を取ろうとしている姿を見て、ライセルとゼファインも頭を下げようとした。
二人もノイスバイン帝国を支える貴族として責任を取ろうとしたのだ。だが二人が言葉を出す前に拍子抜けする返答が返ってきた。
「責任など取っていただかなくて結構です。既にドレイク王国は国境から軍を撤退させました。戦争はまだ起きていませんからね。今、貴方に死なれては私が竜王様に叱られます」
「では、何の罰もないと?」
「そうですね……ライセル殿、貴方には改めて謝罪をしてもらいましょう」
突如名指しされたにも関わらず、ライセルはそれを予見していたかのように頷いた。
ノーヴェたち三人を攻撃し殺そうとしたのだ、殺されることを覚悟していたのだろう。
神妙な面持ちで立ち上がると。
「皆様を殺そうとしたのは紛れもない事実、この命でそれを許していただきたい」
そう言い残すと腰に差す短剣を鞘から抜き放ち、その切っ先を自らの喉に勢いよく突き立てた。突然の行動に誰もが目を見張る。鋭い切っ先が喉を貫く!そう思った瞬間、切っ先がピタリと止まった。
いつの間にか床からは触手の様な黒い影が伸び、短剣にまとわりついて動きを押さえ込んでいのだ。
「ノーヴェさんの言ったこと聞いてないんすか?死なれたら私らが叱られるんすよ。もしかして、理解できないほど馬鹿なんすか?」
「し、しかし、私は貴殿らを殺そうとした責任を取らなくてはならない」
「やっぱり馬鹿っすか。はぁ、ほんと面倒っすね。私らが謝罪して欲しいのは竜王様に対する暴言っすよ」
「暴言ですと?私は何か言ったのでしょうか?」
「あ゛……本気で覚えてないんすか?それはそれで頭にくるっすね」
エイプリルの明るい口調が重く変わる。その瞬間、影で覆われた短剣が粉々に砕け散った。影はそのままライセルの体を締め付けると包み込んでいく。
「自分が何を言ったのか、よく思い出した方がいいすっよ」
死ぬ覚悟が出来ているライセルだが、相手を怒らせるのは本末転倒だ。必死に思い出そうとするも混乱して思い出すことができない。真綿で締め上げるように、ゆっくりと影で締め上げられていった。
「エイプリル、それ以上は駄目よ」
「何で私だけ駄目なんすか?ジュン姉だって怒って水で押し流したのに」
「私は目障りなゴミを流しただけ、一人も殺していないもの」
「私だってそこまでする気はないっすよ」
二人のやり取り聞いてライセルも思い出す。魔法を使う前に頭のおかしい変人と言ったことを。
あの時は[雷撃]を打ち込まれて、相手も魔法で応戦したと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。
今の話を聞く限りでは竜王に暴言を吐いたから、目障りだから魔法で押し流した。そう言っているように聞こえた。
相手の言っていることを解釈すると、別に魔法を打ち込まれたことは気にしていない。それよりも、竜王への暴言は許せない。こんなところだろう。
それに気付くとライセルも直ぐに謝罪の言葉を述べた。相手を怒らせないようにと細心の注意を払い言葉を選ぶ。
「変人だと言ったのは私の過去最大の過ち。偉大なる竜王様への暴言を心からお詫び申し上げる」
それと同時に体を締め付けていた影が消えてなくなる。どうやら許してもらえたらしい。謝罪の言葉は間違っていなかったようだ。
もし、このまま怒らせていたならどうなっていたことか。ライセルはほっと胸を撫で下ろした。
「いやぁ、分かればいいんすよ。これからは、慈悲深い竜王様に感謝しながら生きるといいっす」
ジュンとノーヴェがまさにその通りと頷いていた。
オヴェールは苦笑いを浮かべるばかりだ。これからは竜王を神として崇めた方がいいのだろうか、そんなことも思ってしまう。
これで話は纏まったか。
結局、責を問われることもなく争いも回避できた。
これ以上ない成果だ。出来過ぎと言ってもいい。
後はこのことを早くみなに伝えなければ。
「では、我々はこれで失礼する。戦争がなくなったことを早く伝えねばならぬからな」
「その方がよろしいでしょう。大勢の兵士が押しかけてきても面倒なだけです。我々も食料の用意が出来次第、直ぐに帝都にお運びしましょう」
オヴェールは何も答えず椅子から立ち上がると深く一礼する。
そして、そのまま天幕を後にした。
天幕から少し離れた場所では護衛のものたちが心配そうに様子を窺っていた。
皇帝が並々ならぬ覚悟で交渉に向かったのを知っている。下手をすればその場で殺されることも考えられた。
相手に警戒されないようにと護衛だけは残されたが、全ての護衛が納得したわけではない。魔術師たちはいつでも魔法を打ち込めるように杖を握り締めていた。
天幕から皇帝の姿が見え無事が確認できると安心したのか表情を緩ませる。中には安著の余り杖を落とすものまでいる。
帰りの馬車ではオヴェールらが先程の会話を思い出しながら今後について話していた。
「陛下、確かにドレイク軍はいませんでしたが、本当に軍を解散してよろしいのでしょうか?」
「ゼファイン侯、それはどういうことだ?」
「我々が軍を解散した隙を狙って、ドレイク王国が攻め込んでくるのでは?」
ゼファインが心配するもオヴェールは即座に否定した。
「それはないだろう。そんな回りくどいことをする意味がない。本気で攻め込む気であれば、我が軍は最初の魔法で壊滅していたはずだ」
「……そうですな。ドレイク王国は竜王の配下、そう言っていましたな。竜王とは何者なのでしょうか?」
「分からんが人ではないだろうな。竜王というくらいだ、恐らく竜なのだろう」
皇帝の言葉にみな頷く。竜を従えている時点でその線が濃厚だろう。しかも、竜王と呼ばれているのだから竜の王と思うのは自然なことだった。
争いは回避できた。だが、心配が尽きることはない。このまま食料支援がなければどうするのか。結局は戦争を仕掛ける前と何も変わっていないのだから。
「陛下、本当に食料を支援していただけるのでしょうか?」
ライセルは領民の食料が本当に確保できるのか、そのことが心配だった。もし、食料支援がなければこれからどれだけの領民が飢えて死ぬことか。それを思うと胸が苦しくなる。
「分からん。だが、争いを避けることができたのだ。それだけでも良しとしなければ」
その言葉に頷くしかなかった。全ては自国の怠慢から起きたこと。その気になれば雨に強い作物に植え替えるなど、数年前から取り組むことができなのだ。そうすれば今より餓死者も出なかったはずだ。収穫量の多い作物ばかりを植えていたのがこの結果だ。
「……そうですな」
だが、ライセルの心配は杞憂に終わることになる。
それは後日、天空を舞う竜と共に明らかになった。




