ノイスバイン帝国8
「お待ちください陛下!そのような言葉を鵜呑みにしてはなりません!先程申し上げた通り、私が聞いた三人の名前はジュン、エイプリル、ノーヴェでした。ジャンヌやリヴァイアサンなどという名前はございません」
だが、ライセルの言葉にオヴェールが頷くことはない。ジャンヌは今までに何度か名前を変えているからだ。リヴァイアサンに至っては、それが神か人間かなど問題ではない。一撃で全軍を殺せる魔法が使える、それだけで驚異なのだから。
「直接会って確かめる他ないだろう。何れにせよ戦闘を避けるためには、交渉をしなくてはならないのだからな」
「では私もお供します。もう一度あって奴らの正体を暴いてやる」
「陛下、私もジャンヌ殿を見分けるのに役に立つと思います」
「私もご一緒しますぞ。リヴァイアサンがどのような方か直接この目で確かめたい」
「誰か残る必要があるでしょう。交渉が上手くいくとも限りません。私は残り軍の再編を行います」
「分かった。ではライセル侯、ゼファイン侯、セルゲイは私と一緒に来てくれ。ヴェルニュー侯は軍の立て直しを頼む。翌朝、日の出とともに出立する。それまでゆっくり休んでくれ」
オヴェールは組んだ指を額に当てると祈るように俯いた。
軍の再編か……無駄に兵を死なせるつもりはないのだがな。
交渉が決裂しても、戦闘だけは避けなくてはならない。
私の首一つで全て許されるといいが、はたしてどうなることやら……
翌朝、日の出とともにオヴェールらは国境を目指した。街で馬車を調達すると、それにオヴェールと貴族、宮廷魔術師のセルゲイが乗り込んだ。
馬車の周りを馬に乗った護衛が取り囲み周囲を警戒している。馬車の側には宮廷魔術師が付き従い、いつでも魔法を放てるように杖を握り締めていた。本来であれば宮廷魔術師は頼もしい存在だが、今から会うのは魔法が効かない化け物、きっと役に立つことはない。
それを知っているため、魔術師たちも本当に皇帝を守れるのだろうかと表情に影を落としていた。
国境の丘が近づくにつれ緊張で空気が重くなっていく。誰もが無言で馬を走らせていた。馬車の中も各々何かを考えるように静まり返っている。
丘が近づくとライセルは馬車の小窓から顔を出し遠くを見つめた。そして怪訝そうに眉を顰める。そこには昨日までなかった天幕が張られていたからだ。丘の上には大きな天幕が張られ、その天幕にはドレイク王国の紋章が刻まれていた。
その直ぐ側には竜が横たわっている。
「陛下、あれはドレイク王国の紋章です。少し速度を落としましょう」
ライセルの言葉に小窓から顔を出し遠くを見る、確かにドレイク王国の紋章が刻まれていた。
「かまわん。何れドレイク王国にも頭を下げることになるのだ」
「やはり、国境にいたものたちはドレイク王国の援軍なのでしょうか?」
「ゼファイン侯よ、今更そんなことはどうでもよいのだ。どちらにせよ頭を下げることに変わりない」
「確かに……」
天幕に近づく馬の足音に気付いたのか、天幕から三人の人影が現れた。三人はオヴェールらを監視するように見ている。
少し離れたところで馬車から降りると、警戒されないように護衛を残して人影に近づいた。その姿がはっきり分かると、オヴェールとゼファインは顔を見合わせ肩を落とした。見覚えのある少女の姿を捉えたからだ。その姿は40年前と変わらない少女のまま、何一つ変わっていなかった。
「私はノイスバイン帝国皇帝、ワイゼン・サルエス・ハルア・フォン・オヴェール。今回の戦争の件で話があって此処に来た。交渉できる立場でないと知っているが是非話を聞いて欲しい」
「やっとまともに話せる人が来たっすね。立ち話もなんだし、中に入ってもらってもいいっすよね?」
「私は別にかまわないわよ」
「私も立ち話は好きではありません。中で座って話しましょう」
「そんな訳なんで中に入っていいっすよ」
そう言うと三人は天幕の中に消えていった。
怒っているかと思いきや、軽い口調で話しかけられオヴェールらは呆気に取られて立ち尽くしている。
「なに突っ立ってるんすか?」
「す、すまん。いま中に入る」
そう言うとオヴェール、ライセル、ゼファイン、セルゲイも天幕の中に歩みを進めた。護衛は外に待機させ、天幕の中に入れることはない。それにより敵意のないことを相手に示した。
中に入ると天幕の奥には寝台が置かれ、中央にテーブルと椅子があるだけの簡素な作りになっていた。物が殆どないことから長居する気はないのだろう。
促されるまま椅子に腰を落とすと、それぞれ自己紹介を交わした。確かにライセルの言った通り、ジャンヌやリヴァイアサンという名は出てこない。だが、余りに似ている……口に出さずにいられなかった。
「エイプリル殿、貴方はSSSランクの冒険者、ジャンヌ殿ではありませんか?」
「おっ!私のこと知ってるんすか?確かにそうっすよ。でも今はエイプリルが私の名前っす。後で冒険者の認識票も変えないとダメっすね」
そう言って首から下げている認識票を見せた。掌に収まるサイズの黒く輝く金属の板には何やら文字が刻まれている。
ランクがオーバーSの認識票は特殊な金属で出来たもので誰もが持てるものではない。それを見てオヴェールは深く頭を下げ謝罪の意を示す。
「やはり、そうでしたか……知らぬこととはいえ数々のご無礼お許し願いたい」
オヴェールが頭を下げると同行した三人も頭を深く下げた。ライセルに至っては顔面蒼白で倒れそうになっている。まさか本当に、かの有名なジャンヌとは思っても見なかったのだろう。
そして今度はセルゲイが魔法のことについて訪ねた。それは単に知識欲からくることだったが止めるものは誰もいない。オヴェールとしても一つの魔法で全軍が押し流されたのだ。その恐ろしい魔法が何なのか興味があったからだ。
「つかぬ事をお伺いしますが、ジュン様は神核魔法をお使いになられたとお聞きしました」
「神核魔法?」
ジュンは初めて聞く言葉に首を傾げた。そんな魔法は知らないし、ましてや使ったことなどないからだ。
その様子を見てセルゲイは眉を顰める。間違いなのだろうか?そう思うもやはり納得できない。それほどまでにジュンが使った魔法が文献で読んだ内容に酷似していたからだ。
「空を覆い尽くした水の魔法のことです」
「あぁ、あれね。あれは神格魔法と呼ばれているの?勝手に変な呼び方をされても分からないわ。これだから人間は……」
人間は、その言葉に敏感に反応する。それは、つまり自分は人間ではないと言っていること。やはり神なのかとセルゲイは更に訪ねた。オヴェールとライセル、ゼファインも困惑する。聞き間違いではないのかと互いに顔を見合わせるも、みな驚いた表情をしていた。
「人間はということは、やはりジュン様は海神リヴァイアサンなのですか?」
「あら、何故昔の名前を知っているのかしら?でも、海神なんてものになった覚えは無いわね。確かに勝手に神格化されて崇められた時代もあったけれどいい迷惑だわ」
「なるほど、人間が勝手に神として崇めていたのですな。では最後にもう一つよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「ジュン様が使った魔法は人間も使えるのでしょうか?」
「何を言っているの?人間は使っているでしょ?」
「人間が使っている?」
「ええ、そうよ。あれは[水]の魔法と原理は一緒よ。ただ水を出して、その水を操っているだけだもの。魔法に込める魔力が桁違いに大きいだけよ。そうね、人間の魔術師が10万人くらい集まって[水]を唱えれば[津波]になるんじゃないかしら?尤も膨大な水を操って水刃を作るのは無理でしょうけどね」
「なるほど……」
セルゲイは聞きたいことを聞けて満足したのか考えるように何度も頷いていた。
それとは対照的にオヴェールらは顔を曇らせ小さく溜息を漏らしている。つまり、このジュンという女性は伝説に謳われる神であり、魔術師10万人以上の魔力があるということ。到底人間の敵う相手ではないと聞かされたのだ、溜息が漏れるのも仕方のないことだった。




