ノイスバイン帝国4
ライセルとゼファインは馬に跨ると、魔術師と近衛騎士団を引き連れ国境の丘を目指した。
遠く離れていても竜の巨大な体躯がはっきりと目に入る。
「まさかこれ程の大きさとはな……」
ライセルの零した言葉にゼファインも頷いた。それは近づくに連れ見上げるような大きさになってくる。
丘までもう少しというところで騎士の一人が警告を発した。
「ライセル侯、これ以上近づいては危険です」
確かに襲われる恐れもある。これ以上近づくのは危険か……
ライセルは警告に従い馬を止めると、竜を観察するため視線を向けた。丘までまだ距離はあるが、はっきりと丘の様子が観察できる。
視界に飛び込んできたのは見上げるような大きさの竜、次に捉えたのは人間……
人間だと!?
竜人ではないのか?
ではあれは一体何なんだ。
何故、人間がいる?
竜の陰から現れた3人の人間を見て訳が分からなくなる。
ゼファインも意味が分からないと、訝しげに3人を凝視する。護衛の騎士や魔術師たちも困惑を隠せない。自分たちの敵は竜人ではないのかと、ひそひそと話し声が辺りから聞こえてくる。
「どうするゼファイン侯?」
どうする?そんなことをライセルに問いかけられても答えなど直ぐ出ない。
現状では敵か味方かも分からないのだ。先ずはこのまま観察して相手の真意を探るのが先決だ。
そう答えようとした矢先、丘に立つ人間が手招きをしていた。
来いということか?だが罠かも知れない。その思いがゼファインの脳裏を過る。
限定戦争などと、どんなに綺麗事を言ってもやはり戦争に変わりないのだ。互が国の命運を賭けて戦う、そこに綺麗も汚いもない。いざとなったらどんな手段を用いても勝ちに来るはずだ。
「なんだ手招きしているぞ。来いということか?」
「罠かもしれん。これは戦争だということを忘れるな」
ゼファインの言葉にライセルは顔を顰める。ライセルとしては白黒はっきりさせるため、直ぐにでも丘に向かい真相を探りたかった。
元々、駆け引きのようなことは得意ではない。良く言えば愚直でまっすぐ、悪く言えば単純馬鹿なのだ。
多少危険でも相手の懐に飛び込むのがライセルのやり方である。
「だが、こうしていても何もわからない。私だけ行こう。ゼファイン侯は何かあったら直ぐに戻り陛下に知らせてくれ」
ゼファインは諦めたように溜息を漏らす。同じ四大貴族としてライセルの性格は熟知していた。相手に接触するのは時間の問題だろうと思っていたのだ。
今引き止めても何れ接触するのなら、素直に行かせてやるのが一番か。
ゼファインの口から出た言葉はただ一言。
「死ぬなよ」
「分かっている。護衛は半分連れて行くぞ」
その言葉に、ただ黙って頷くしかなかった。
ライセルの馬が駆け出すのをゼファインは黙って見送った。
遠目に観察するとは言え、万が一の時には陛下に情報を伝える大事な役目がある。丘に立つ人間の一挙手一投足を見逃すまいと、その視線は鋭く向けられていた。
一方のライセルも近づきながら油断なく相手を観察する。視界に映るのは貴族風の男、ドレスを着た女性、冒険者風の少女。少女以外は武器を持っていないように見える。
丸腰でどういうつもりだ?竜がいるから安心しているのか?
もし、あいつらが竜を操っているのなら……
ライセルは魔術師の側に馬を寄せる。
「もし、相手が敵対行動を取ったら魔法で殺せ。あいつらが竜を操っているなら、殺してしまえば全て解決する」
魔術師たちは頷く。与えられた命令はこの戦争を左右するもの。杖を持つ手には自ずと力が入る。
相手は3人、誰が竜を操っているのか分からない以上、打ち漏らすことはできない。
それに、竜を操られてから魔法を放ったのでは遅過ぎる。それでは、操っているものを殺しても竜は襲いかかってくるかもしれない。
求めるのは即座に3人同時に殺せる魔法。範囲と速度を考えれば放つ魔法は第5等級魔法、雷撃、それならば着弾地点から雷撃が広がり、複数の人間を同時に殺せる。さらに、念を入れて3人それぞれに最低一発は食らわせる。
魔術師たちはそれぞれの標的を定めると互いに頷き合う。
ライセルたちは竜の前までやってきた。その距離は50mもない。見上げる大きさに改めて恐怖が込み上げてくる。
もし、竜が一歩踏み出したなら、ライセルらは踏み潰されてしまう。それほどの巨体なのだ。通常であれば直ぐに襲われ殺されていただろう。だが、竜は動かない。
やはり、この中の誰かが操っているのか……
ライセルは確信した。この中に竜を操るものがいると。
手招きしていた少女が笑顔で話しかけてきた。
「私たちの話を聞いて欲しいっす」
その言葉にライセルは不快になる。初対面の相手に名乗りもせずに話すことは貴族の彼から見れば有り得ない事だった。
しかし、相手は庶民である。しかも、まだ少女であることから、ライセルは怒りを鎮める。
まだ礼儀も知らない小娘、仕方ないではないか……
そう自分に言い聞かせると平静を装い明るく話しかけた。
「先ずは自己紹介をしよう。私はノイスバイン帝国、四大貴族のひとりブロスト・エイル・フォン・ライセル。そちらも名乗ってくれると嬉しいのだが」
その言葉に少女は笑みを見せる。
「私はエイプリルっす。いやぁ、話の分かりそうな人で良かったっす」
「私の名前はジュンと申します」
ジュンはドレスの両端を摘まみ上げると、優雅に一礼する。その余りの美しさに騎士たちは顔を赤らめ釘付けになっている。
「私の名はノーヴェ、以後お見知りおきを」
ノーヴェは胸に手を当てると、洗練された動きで一礼した。その見事な仕草にライセルも思わず目を見張る。
どうやら少女以外は何処かの国の貴族らしいが何故こんなところに……
やがり、ドレイク王国の協力者なのか?
だが、仮にも戦場になるであろう場所に、ドレスやスーツで来るなど正気の沙汰とは思えん。
ノーヴェが交渉は任せろと言わんばかりに一歩前へ出ると口を開いた。
「私たちの要求は二つあります。一つは戦争を止めていただきたい」
「戦争を止めろだと?それはできない相談だ。我々にも事情がある」
「知っていますとも。食料が不足しているのは承知しています。私たちはその食料を支援する用意があります」
その言葉にライセルが顔を顰める。聞き間違えかと周囲を見るも、みな一様に驚いている。
「どういうことだ?」
「どうもこうもありません。食料を支援するので戦争を止めて欲しい。そう言っているのですよ」
もし、それが本当であれば願ってもないこと。
しかし、何のためにそんなことをする?何か裏があるのではないか?
ライセルは訝しげにノーヴェを見つめる。
「では、その食料とやらを見せてくれるか?」
「申し訳ないのですが、まだ準備の途中です。もう少し時間は掛かるかと」
「では何時までに用意できるのだ?」
「一週間、長くても10日後には用意できます」
「それを、信じろと?抑お前たちになんの得がある」
「それが二つ目の要求です。我々は近く国を立ち上げます。その後ろ盾になって欲しいのです。既にドレイク王国はこれを了承しております」
「国を立ち上げるだと?」
ノーヴェは両手を広げ表情を緩ませる。その国がどれだけ素晴らしいことかと妄想に浸るように語りだす。
「そうです!国の名前は竜王国。偉大なる竜王様が治める国です。慈悲深い竜王様は仰いました。友好的なものは他種族でも受け入れると、これほど寛大な王が未だ嘗ていたでしょうか。否!竜王様に勝るものなど、この世にいようはずがありません」
ジュンとエイプリルも話を聞き入り、恍惚の表情を浮かべた。当然だとばかりに何度も頷いている。
ついて行けないのはライセルとその護衛たち。ぽかんとして戸惑っている。
「お前たちの要求は分かった。だが国を立ち上げるといっても場所はどこに。……まさか我が国の領土を寄越せという訳ではあるまいな?」
「ご冗談を、そのようなことはいたしません。ここから南東にある死の大地と呼ばれる場所です」
死の大地だと?馬鹿なあそこは不可侵領域。そこに国を作るということは四カ国を敵に回すということ。それがどれだけ愚かなことか分からないのか?
いや、先程こいつはドレイク王国は了承済だと言っていた。つまり、我が国を取り込めば敵は半分いなくなる。
だが、我が国とドレイク王国が後ろ盾になろうとも、もし残り二つの国が攻めてきたらどうするつもりなのだ?
後ろ盾といっても国家樹立を認める程度、代わりに我々が戦うわけではないのだ。自殺行為もいいところではないか。
「分かっているのか?死の大地に国を作るということは、周囲の国を敵に回すことになるのだぞ」
「ですので、このように説得しているのですよ。ノイスバイン帝国も食料は欲しいのでしょう?」
「抑、食料を用意できるかも怪しいではないか。どれだけの食料が必要か知っているのか?」
「こちらで準備している食料はノイスバイン帝国の国民が1年間食べていけるだけの量です。問題はないはずですが?」
馬鹿な!それだけの食料を用意できるはずがない。
やはり、時間稼ぎの罠か。国を立ち上げるなど見え透いた嘘に決まっている。
「一つ聞きたい。それほどの食料を何処で手に入れるのだ?」
「死の大地で量産中ですが何か?」
死の大地で量産中だと?ついにぼろが出たか。
あんな場所で作物が育つわけがない。やはりこいつらは嘘を言っている。
仮に育ったとしても収穫までには長い時間を要する。
どうあがいても不可能だ。
ライセルは魔術師たちに目配せする。竜を操られる前にやれと。
そして、意識を魔術師から逸らすため、挑発するように話を続けた。
「死の大地で?まさか、そのような冗談が聞けるとはな。国の話も上手い作り話だったよ。もし、本当なら竜王は頭がおかしい変人ではないか」
その瞬間、稲妻が迸る音と共に5本の[雷撃]が3人を襲う。
「やったか!」
ライセルは声を上げる。しかし、[雷撃]は3人に触れる直前、何も無かったかのように霧散し消えた。
竜は人間の姿であっても常に竜力を身に纏っている。それは、余程高めなければ目に映ることはない。そして、人間の使う魔法などで突破できるものではないのだ。
また衣服を覆うように身に纏っているため、衣服にも傷一つ付けることはできなかった。仮に突破できても肌は衝撃や魔法に強く傷つくことなど滅多にない。
まさに竜は最強の種族であった。
無傷のままの3人を見てライセルは驚愕する。まともに当たったはずだ何故?
それは魔法を放った魔術師も同じ、化物を見るような目で3人を見つめる。
この時、ライセルは過ちを犯した。それは竜王を罵ったこと……
竜の逆鱗に触れる。それが何を意味するのか、その身を持って知ることになる。




