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ノイスバイン帝国1

 時は少し遡る。


 ここは、ノイスバイン帝国の首都、その帝都に聳え立つシュレーバル城の一室。そこに集まるのは皇帝とノイスバイン帝国を支える四大派閥の当主たち、5人の男たちは憔悴した顔で議論を続けていた。

 今行われているのはノイスバイン帝国の命運を分ける宮廷会議。誰もが自分の意見を押し通すため正当性を主張する。


「本当にこれしか方法がないのか?」


 玉座に座る皇帝が重い口を開いた。皇帝の名はワイゼン・サルエス・ハルア・フォン・オヴェール。綺麗に顎鬚を揃えた初老の優男は豪奢な衣装を身に纏っている。

 本来であれば覇気に満ちたその表情は今では見る影もない。数日に渡る会議で憔悴し力なく項垂れていた。

 今また意見を求めてはいるが、これが何度目になるのか数えるのが馬鹿らしくなるほどだ。いくら議論を尽くしても答えなど出てこいのだから。


 ノイスバイン帝国では雨季の長雨により作物が育たなくなっていた。雨季と言っても本来であれば多少雨が多い程度のものであった。

 だが近年、雨季に入ると日の光を見ることがないほど雨が降り続くのだ。その影響は大きく、多くの作物が生育不良に陥り、酷い時には腐ってしまう。

 ノイスバイン帝国にとって食料の確保は急務になっていた。

 そこで、ある案が出された。それはドレイク王国に攻め込み領土を広げること。ドレイク王国の北は豊かな大地に恵まれており一大豊作地とされていた。

 ノイスバイン帝国の北は海が広がり、隣接する国はドレイク王国とエルツ帝国しかなかった。しかし、エルツ帝国との国境には巨大な山脈が立ちはだかり、大規模な軍は動かせない。死の大地は不可侵領域で軍を進めることは他の三国を敵に回してしまう。事実上、ノイスバイン帝国が侵略できる国はドレイク王国しかないのである。

 そして、今まさにドレイク王国に攻め込むか否かの話し合いが行われていた。


「陛下!恐れ入りますがもう時間がありません。こうしている間にも民は飢えに苦しみ、亡くなっているのですぞ!」


 一人の男が声を荒げる。年齢は40代半ばの偉丈夫、歴戦の戦士を彷彿させる男は語気を強めて必死に今の現状を訴える。

 ノイスバイン帝国で最も私兵を抱える四大派閥、その一つを束ねるライセル侯である。

 帝国領の北側一体には広大な平野が広がっている。その広大な平野を領地に持つライセル侯は、それだけ多くの領民を抱えていた。

 その分、飢えに苦しみ亡くなる領民も多い。その光景を目の当たりにしているため、どうしても食料を確保する必要がライセル侯にはあった。

 帝国内の食料は尽きかけている。食料を国外から購入しようにも、大量の食料を購入するための資金はとうに底をついている。手段を選んでいる場合ではないのだ。


「なにを馬鹿なことを!今まで築き上げてきたドレイク王国との交友関係を壊すつもりか!」


 ライセルの向かいから一際大きな声が飛ぶ。真っ白な髪に多くの皺が刻まれた顔、その風貌からは長年培ってきた経験が滲み出ている。

 男の名はゼファイン侯、その年齢は70歳を超える。帝国領の西側に領地を持ち四大派閥の中では最高齢の当主である。

 ゼファイン侯の張りのある声は年齢を感じさせないほど覇気があった。


「では民に飢えて死ねというのか!どれほどの犠牲が出ると思っている!!」

いくさを起こせばそれだけで死者が出る!なぜそれが分からん!」

「そんなことは当然だ!だが、今年やり過ごせても来年はどうする!再来年はどうなる!雨季に起きる長雨は毎年のように続いている。このまま帝国の民が飢えて死ぬのを黙って見ているつもりか!!」

「長雨とて毎年起こるとは限らんではないか!ドレイク王国からは度々食料の支援も受けている。恩を仇で返すような真似をするのか!この恥知らずめ!!」

「なんだと!貴様とて自分の領内が戦火に巻き込まれるのを恐れているだけではないか!この腰抜けめ!!」


 ライセルは顔を真っ赤にして机に拳を叩きつける。一方のゼファインも一歩も引かない。年齢にそぐわぬ鋭い眼光で睨みを効かせる。

 両者睨み合い一触即発の状態が続いた。


 オヴェールは頭を抱える。このやり取りもいつものことだ。二人の意見はどちらも正しい。そして、どちらを選んでも犠牲はまぬかれない。このまま耐え忍んでも、もし来年も長雨が続いたら、そう思うとライセルの考えも仕方ないだろう。

 だがドレイク王国に宣戦布告しても勝てる保証は何処にもない。もし、負けるようなことがあれば状況は更に悪化する。

 他の国も不作が続いているせいか食料支援も断られている。どの国も自国の民を食べさせるため必死なのだ。


「ライセル侯、ゼファイン侯、落ち着いてください!陛下の御前です!」


 見かねた男が声を張り上げた。端正な顔立ちの壮年の男は二人の間に割って入る。

 帝国領の東を束ねる四大貴族。四大貴族の中では一番若く年齢はまだ30代半ばのヴェルニュー侯だ。


「ヴェルニュー侯、お前もいくさには反対だったな」


 ライセルの言葉にヴェルニューは顔を顰めた。


「ええ、私は反対です。宣戦布告しても勝てる保証は何処にもありません。寧ろ負ける可能性の方が高いでしょう」

「何だと貴様!戦う前から負けを認めるとは臆病風に吹かれたか!」

「ライセル侯、よくお聞きください。我がノイスバイン帝国の兵はドレイク王国の倍はいるでしょう。数の上では圧倒的に有利です。しかし、竜人ドラゴニュートは高い身体能力を持ち空を飛ぶことができます。馬よりも早く飛び空から奇襲を行える相手に勝つなど容易なことではありません。しかも、竜人の鱗は並大抵の矢では傷つけることができないのですよ」

「今更何を言うかと思えば。そんなことは百も承知している。確かに竜人の身体能力は恐るべきものだ。だが、魔法は不得手で使えるものがいないと聞く。それに比べ我が国内には魔術師が大勢いる。いかに頑強な鱗で守られていようとも、魔法の前ではひとたまりもあるまい」

「その魔術師とて無限に魔法を放てるわけではありません。ライセル侯お考え直しください」

「もう遅いのだ。そうであろうヒューリッヒ侯」


 ライセルはギロリとヒューリッヒを睨んだ。


 ヒューリッヒ侯は帝国領の南に領土を持つ四大貴族である。年齢は40歳手前の気弱そうな男だ。本来であれば当主の器ではない。しかし、先代は子宝に恵まれず、後を継げるものが他にいなかった。

亡き父に代わり当主になったはいいが、降って湧いたような食糧難に右往左往していた。

 そんな時だ、頼りないヒューリッヒを見かね、派閥内の貴族が勝手に行動したのは。一部の貴族があろうことかドレイク王国の街を襲い食料を奪ったのだ。

 ヒューリッヒが気づいた時には既に遅かった。この事実を隠すため、ドレイク王国の使者は帝都に近づく前に追い返し、時には殺害まで行った。

 そして、このことが何処からかライセルの元へと伝わってしまったのだ。

 ライセルに尋ねられヒューリッヒは顔面蒼白になる。椅子の背もたれがなければ今にも倒れていただろう。

 思わせぶりなライセルの問い。そして、ヒューリッヒの変化に誰もが何かあったのではと怪訝な表情を浮かべた。


「何かあったのか?」


 皇帝の問いにヒューリッヒの心臓は跳ね上がる。緊張のため鼓動は高鳴り速度を増す。ライセルは知っている。もう隠すことはできない。ヒューリッヒは震える手でグラスを掴もうと手を伸ばす。だが上手く掴めずグラスは床に落ちて粉々になった。それはまるでヒューリッヒの未来を暗示しているような光景であった。

 後ろに控える従者が手早く替りのグラスを用意する。ヒューリッヒ、一人では満足にグラスも持てない有様だ。従者に口元まで飲み物を運んでもらい一息つくと観念したのかせきを切ったように話し始めた。

 その内容に誰もが驚き怒りを顕にした。自国の貴族が他国の街で山賊まがいのことをするなど言語道断、考えられないことであった。

 相手に攻め入るにも必要最低限の礼儀がある。本来であれば大義名分を掲げ宣戦布告をしてから戦いは行われる。しかも、使者まで手にかけるなどあってはならない行為だ。

 こんなことが他国に知れたらどんな難癖をつけられることか。ドレイク王国に勝利しても他の国が黙っていないかもしれない。


「この、恥知らずが!!なんということをしてくれたのだ!!」


 ゼファインの怒声が響き渡る。怒声を浴びせられたヒューリッヒは身を縮め震え上がるばかりだ。


「一族郎党共々、牢屋に放り込んでおけ!勝手にドレイク王国を襲った貴族らも一緒にだ!」


 ゼファインは額に青筋を浮かべながら肩で息をする。深く息をし心を落ち着けると最後にオヴェールに尋ねた。


「よろしいですな陛下」


 尋ねなくとも結果は知れている。だが仮にも四大貴族の一人、勝手に処遇を決めることはできない。皇帝の言葉は必要になる。


「仕方あるまい。その通りにせよ」


 その言葉を聞いた護衛が何処からともなく現れた。ヒューリッヒは両肩を抱えられると、我を取り戻したのか必死に訴えた。

 自分は悪くない、全ては派閥に所属する他の貴族がしたこと。自分はその尻拭いをしただけだと。何故、その自分が責を負わねばならないのか。全ての責任は街を襲った貴族にあると。

 そこには、四大貴族の当主としての面影は何処にもない。子供のように泣きじゃくり、必死に自分自身を擁護する。

 自分の派閥の貴族が仕出かした事。当然、ヒューリッヒにも責任がある。しかも、今の話ではヒューリッヒの指示でドレイク王国の使者は殺されている。もはや弁解のしようもない。


「この恥さらしを早く追い出せ!」


 オヴェールの言葉でヒューリッヒは引きずられていく。出ていった扉には冷ややかな視線が集まっていた。

 これ以上ないくらい最悪な状況が更に悪くなる。この事態を引き起こしたヒューリッヒを庇うものなどいようはずもない。


「なんということだ……」


 オヴェールはうな垂れた。もう戦うしかない。こちらから責めなくても、ドレイク王国には大義名分ができた。いつ宣戦布告されてもおかしくない。


「陛下どうされるおつもりですか?」


 ゼファインは悲痛な面持ちで尋ねる。戦争などしたくはない。しかし、そうは言っていられない状況になってしまった。ゼファインの治める領地の一部はドレイク王国との国境に面している。もし攻め込まれるようなことにでもなれば領民に多くの犠牲が出るからだ。


「戦うしかないだろうな……」


 その言葉にヴェルニューは異を唱える。


「本気ですか陛下?全面戦争になればどれだけの被害が出ることか。もし負ければ最悪この国そのものがなくなるかも知れないのですよ」

「私も陛下と同じだ」

「ゼファイン侯あなたまで……お考え直しください陛下!」


 オヴェールは組んだ手に視線を落とした。暫し無言で何かをじっと考える。そして……


「だが、戦争は互いの領土を賭けた限定戦争にする。それならば最悪でも国がなくなるようなことにはなるまい」


 限定戦争。それは数百年前、死の大地を作り上げた戦いの後に、四カ国で取り交わされたもの。停戦協定にも盛り込まれ文章としても残っている。

 当時の戦いでは後方の街や城が襲われるのは当たり前。騙し討ちや人質を取るなど、それこそ何でも有りだった。多くの市民が犠牲になり、数え切れないほどの死者が出た。

 その教訓を生かし、今後この四カ国が武力で争うことがあるのなら、開戦時間と場所を決め条件を設けた戦争。限定戦争にて決着をつけると、取り交わせれたのだ。

 それは、決められた戦場でどちらか一方が降伏するまで戦い抜くというもの。


「限定戦争ですか?確かにそれなら……しかしドレイク王国は承知するでしょうか?」

「ドレイク王国とて受け入れるしかないであろう。何でもありの戦争になっては、被害は予想できないものになるからな」


 だが、限定戦争にも落とし穴はあった。どちらかが降伏するまで。

 もし、どちらも降伏しない時は?それは決められた戦場から出ることもできずに、一方が全滅するまで戦うということ。

 つまり、通常の戦争よりも、より多くの犠牲が出る恐れもあるのだ。


「……やはり納得しかねます。如何に限定戦争とはいえ死者は途方もない数になるでしょう。陛下、本当にそれでよろしいのですか?」

「ヴェルニューいい加減にしないか!陛下のお決めになったことだ!」 


 ライセルが声を荒げる。


「陛下が言っただろう。戦うしかないのだ。飢えに苦しむ民のためにも。民たちの我慢も限界に来ている、いつ暴動が起こっても不思議ではないのだ。手をこまねいていては我が国は自滅の道をたどることになる」


 ライセルはそれしかないと言い切るが、やはりヴェルニューは納得できない。


「本気で勝てると思っているのか?」

「勝てるではない!勝つのだ!陛下!我が国には2千を超える魔術師がいます!宮廷魔術師には第6等級を使える魔術師もいると聞きました!それらを投入すれば必ず勝てます!」

「馬鹿な!そんなことよりもドレイク王国へ使者を送り謝罪すべきだ!争いを回避することが最も重要ではないか!」


 オヴェールの答えは決まっていた。それは決して本来望むべき言葉ではない。

 しかし、ドレイク王国との戦いを回避しても、残されるのは飢えとの戦い。それを思えば残された答えは一つだけ。


「ヴェルニュー侯、私も出来れば戦いたくはない。だが、このままでは我が国は何もせずとも滅んでしまう。分かってくれ」

「陛下……」


 かくしてドレイク王国侵攻が決まる。それから数日後、ノイスバイン帝国からドレイク王国に宣戦布告がなされた。


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