竜王国15
レンは気合を入れ直すと声を張り上げた。
『聞け!アテナが魔道具を完成させてくれた。それを今からお前たちに渡す』
『ヘスティア、傍へ来て左手を出せ』
その言葉にヘスティアはまさか!と驚愕の表情を見せる。
ニュクスやアテナの指輪には気がついていた。魔道具だと理解していたため、レンが嵌めてくれるとは思ってもみなかったのだ。
レンは人間に近い考え方をする。そのためヘスティアも人間の結婚について既に調べてあった。左手薬指に指輪を嵌めてもらうのは結婚の証。伴侶に選んでもらえるということ。
ヘスティアの美しい左手が差し出される。しなやかな薬指に指輪が嵌められると、感極まったヘスティアはレンに抱きついた。
「これからも末永く、よろしくお願いいたします」
えっ!?違うから結婚じゃないから!!
もう、結婚するのが当たり前みたいな流れになってるけど、そうじゃないから。
『結婚指輪ではない。会話のための魔道具だ勘違いしないでくれ』
「婚約指輪だそうよ」
ニュクスが嬉しそうに自分の指輪を摩りながら追い打ちをかけてくる。
「婚約も結婚も同じようなものです。やはり初夜は三人同時でしょうか?」
ヘスティアの言葉に三人の期待するような視線が集まる。狙った獲物は逃がさないと言わんばかりにレンから視線を外さない。
初夜だと!?何を馬鹿なことを!
いま手を出したらどんなことになるか……
そんな危険を犯すわけないだろ!
『何度も言うが指輪は会話のための魔道具でしかない。結婚は時間をかけて互を知ってから行うものだ。それまでお前たちを抱くことはない』
「畏まりました。でも何れは……」
ヘスティアが懇願するような眼差しで見つめてくる。ニュクスとアテナもそれは同じだ。三人の圧に押されてレンもたじろいでしまう。
『分かっている。何れはな……』
『さぁもういいだろ?席に戻れ』
ヘスティアは席に戻ると指輪を翳してまじまじと眺めている。その表情は恍惚に潤み妄想の世界に浸っているかのようだ。
オーガストたちが羨ましそうにじっと見つめる。レンと視線が合うと、懇願するような瞳で訴えかける。あんなものを見せつけられては我慢できるはずがない。自分たちにもと、祈るようにレンを見つめていた。
そんな必死に見つめなくても渡すから!
俺は変な呪いでも掛けられてるんじゃないだろうな……
怖いから勘弁してくれ。
『オーガストを始めとする上位竜は順番に私の元にくるがよい』
それを聞いた上位竜は狂気乱舞する。互の顔を見合わせては信じられないと騒ぎだした。
だがニュクス、アテナ、ヘスティアは面白くない。上位竜が自分たちと同等に扱われることが許せないのだ。ヘスティアが隣に座るアテナに小声で尋ねる。
「あの指輪、レン様が直接嵌めて差し上げる必要があるの?」
アテナは顔を顰めるも本当のことは言えない。レンが嵌めなければいけないことになっている。今更、嘘でしたなんて言ったら、レンに嫌われてしまう。
「ええ、その通りよ」
それを聞いたヘスティアは顔を曇らせた。何でそんなことを、そう尋ねようかと思ったが、その理由は聞かなくても分かる。確実にレンに指輪を嵌めてもらうため。そう思えばあとは何も言えなくなる。もしかしたら、ヘスティアも同じ事をしたかもしれない。アテナを責めることはできなかった。
オーガストはレンの前で跪くと、真っ直ぐにレンを見上げた。
『オーガスト左手を』
言われるまま左手を差し出すと、その手は優しく持ち上げられ薬指に指輪が嵌められた。
「偉大なるレン様のご慈悲に感謝いたします」
オーガストの中では、自分も妻の一人として選んでもらえたと思っている。慈悲を与えられ妻に選んでもらえた。その思いを込めての発言だったがレンには何のことか分からない。
慈悲に感謝?意味が分からん。
まぁ、勘違いしていなければなんでもいいか。
『そうか、これからも頼むぞ』
「お任せ下さい。生涯レン様を支えてまいります」
その瞳からな並々ならぬ決意を感じる。その表情を見てレンは顔を顰めた。
……勘違いしてないよな?
オーガストを下がらせると順次指輪を渡していく。オーガストに習い全員同じ言葉を返してくる。やはり、その瞳からは並々ならぬ決意を放ち、レンをたじろがせた。唯一、メイだけは自由に振舞っている。何の事か良く分かっていないのだろう。適当に手を出すと、嵌められた指輪を翳していた。
「綺麗なの!」
『そうか、良かったな』
「はいなの!」
メイは見せびらかすように指輪を掲げて走り回る。だが、直ぐにフェブに捕まると、借りてきた猫のように大人しくなった。いや、正確には強制的に大人しくさせられている。猫を掴むように首元を掴まれ、だらんとしている様は、処刑を待つ死刑囚の様で哀れに見える。以前にも見た光景であった。
相変わらずメイの扱いが酷いな。
小さい子には、もう少し優しくしてもいいと思うんだが……
『フェブ、メイを離してやれ。メイも大人しく椅子に座るように』
「はっ!畏まりました」
解き放たれたメイは意気揚々と動き出す。
「レン様、ありがとなの」
席に戻るとちょこんと椅子に腰掛け、いつまでも指輪を眺めている。
やれやれ、後は男性陣か。
やっぱり俺が嵌めてやらないと駄目なんだよな。
……なんか嫌だ。
レンは再度覚悟を決める。今日は一体何度覚悟を決めたことか。挫けそうになる心を強く保つとディセを呼びつけた。
『ディセ、左手を出せ』
ディセと呼ばれた少年は小首を傾げる。外見は15歳前後、ショートカットの金髪。貴族のような豪奢な衣装を身に纏い、優雅に振る舞うその様は本物の貴族のようでもある。実際、ノーヴェのように本当に貴族をしていたのかもしれない。端正な顔立ちの色白の少年は、不思議そうに左手を差し出した。
「我々も左手でございますか?」
ディセが何故?と訝しげに尋ねてくる。当然だ、レンとて立場が違えば必ず尋ねただろう。男同士で指輪を嵌められて喜ぶのは一部の人間だけだ。誰が好き好んで受け取るものか。
『この魔道具は、私が左手薬指に嵌めてやらねばならんらしい』
「なるほど、そういう事でしたか……」
『嫌だろうが受け入れてくれ』
レンがディセに指輪を嵌めると、ディセは嬉しそうに否定する。
「嫌なことなどございません。この指輪に恥じることのない働きをいたします」
その表情を見たレンは複雑な気持ちになる。
無理やり感謝させているようで申し訳ないな。
男に指輪を嵌めてもらっても気持ち悪いだけだろうに。
通話用の魔道具として割り切ってもらえればいいんだが……
美味しいご飯を食べれば嫌なことは忘れるかも知れない。
他もさっさと渡して終わりにしよう。
半ば投げやりになると残りのオクト、セプテバを呼びよせレンは指輪を嵌めてやる。全員に指輪が行き渡ると使い方の説明に取り掛かった。指輪を渡しても使い方が分からなければ意味がない。ただの羞恥プレイで終わってはレンの努力が無駄になる。
『指輪の使い方は簡単だ。話したい相手を思い、指輪に話しかけるだけでよい』
その直後、レンの頭の中に一斉に言葉が入ってきた。
(抱いてください)(一生離さない)(ずっと一緒にいたい)(愛しています)(好きです)(幸せにします)(大切にします)(幸せです)(ごはんなの)
ちょと待て!煩い!!
『まて、落ち着け!この指輪を使っていいのは、どうしても伝えることがあるときだけだ。それ以外での使用は禁止とする』
全員がどうしてと言わんばかりに見つめてくる。説明するのも面倒だと、レンはさっさと食事を始めることにした。
『私はお腹が空いている。食事を始めよう』
そう言われては誰も何も言えない。レンを飢えさせるなどあってはならい。昼夜問わずレンと会話できる。そう思っていた女性陣の野望は、食事の前に潰えるのであった。
レンは頭に入ってきた言葉を振り返っていた。気になる言葉もあり身震いしたからだ。
さっき頭に流れ込んできた言葉。
最初のはニュクスだろうな、次のはヘスティアかな?一生離さないとか怖いんですけど……
最後はメイなのは分かるとして他はよく分からんな。
聖徳太子じゃないんだ、聞き分けられるか。
みんな好意を寄せてくれるのは嬉しいが、あの調子で同時に話しかけられたら、精神がおかしくなってしまいそうだ。
これで厄介事は終わったよな?
だが、一番の厄介事がまだ残っていた。ノイスバイン帝国はその動きを徐々に加速させている。既にドレイク王国への宣戦布告はなされ、開戦場所には兵士が確実に集まりつつあった。
それを知らないのはレンたちだけである。




