竜王国14
レンの姿を確認するとヘスティアが嬉しそうに話しかける。
「レン様、今日はお早いのですね」
『ああ、ニュクスが転移門を完成させてくれたからな。もしかして、いつもこんなに早く集まっているのか?』
「当然でございます。レン様をお待たせする様なことがあってはなりませんから」
ヘスティアはさも当然のように答えた。周囲に視線を向けるとみな頷いている。彼女たちにとって、これが当たり前であると言わんばかりだ。
レンは罪悪感に包まれる。顔を顰めながらそっと椅子に腰を落とした。
『こんなに早くから集まる必要はない。いつも何分前に集まっているんだ?』
「二時間前でございます。やはり、もう少し前から集まった方がよろしいですわよね」
はぁあぁぁぁ?
いや、聞き間違いかも知れない……
きっとそうに違いない。
『すまない、よく聞き取れなかった。もう一度言ってくれ』
「二時間前でございます。やはり、遅すぎですわ。今度から三時間前にいたしましょう」
馬鹿かぁぁぁぁぁぁ!!
一日のうち何時間食堂で待機するつもりだよ!
お前の常識おかしいだろぉがぁぁぁ!!
『ヘスティア、それはお前が決めたのか?』
「はい、その通りでございます。私はこのような一般常識には精通しておりますので」
ヘスティアは胸を張ると自信満々に答えた。自分の言っていることは正しいと疑う様子もない。
常識の持ち主と思っていたヘスティアの言葉に衝撃を受ける。
二時間前行動が常識だとぉぉぉ!!
今回のことで良くわかった!ヘスティアはどうしようもないくらい非常識だ!
もしかしてドレイク王国でも二時間前に待機させていたんじゃないだろうな!
後でヒューリに謝らないと……
とにかく二時間前行動を辞めさせないと、三時間前などもってのほかだ!
『ヘスティア、二時間前は早すぎる。食事の時間に皆いればよいのだろう?ならば5分前行動にしよう』
それを聞いたオーガストたちが、まるで救いの神が現れたかのようにレンを見つめた。
お前たちも苦労してるんだな……
しかし、ヘスティアも簡単には折れない。自分の意見が正しいと言わんばかりに反論してくる。
「いけません!今日のようにレン様が早く食堂に入られることもあるのです。そのような時にレン様をお待たせしてしまいます」
『別に私が少しくらい待っても問題はな「問題大有りです!レン様を待たせるなど死んだ方がましです!いえ、寧ろ私が殺します!」
あまりの剣幕に縋るようにニュクスとアテナに視線を向けるが……何故か二人共そうだとばかりに頷いていた。
そういえば、この二人にも常識がなかったな……
『ではこうしよう。私は食事の時間よりも必ず遅く食堂に入る。これなら問題なかろう?』
「駄目です!レン様が気を使われるなどあってはなりません!」
なんて頑固なんだ。
しかし、どうする?二時間前行動なんてアホなことを認めるわけにはいかないし……
なにか褒美を与えてそれで黙らせるか、でも褒美がないな……
指輪は全員に与えるから褒美にはならないし。
何でもするとか言ったら結婚してとか言われそうで怖いしな……
取り合えず適当に試してみるか。
『ヘスティア、5分前行動に直してくれたら頭を撫でてやろう』
ヘスティアは混乱したように小首を傾げて考える。うん、全然だめだ。レンがそう思ったのも束の間。言葉の意味を理解したヘスティアが満面の笑みで迫る。
「今直ぐ!今直ぐに!5分前行動にいたしましょう!」
『そ、そうだな。今後食堂には5分前に来ればよい。これはあくまで心構えだ、遅れても罰則等はないものとする』
レンが話している間にもヘスティアが頭をぐりぐり差し出してくる。
だから!お前たちは何でそんなに圧が強いんだよ!
レンはヘスティアの頭を抱き抱えると頭を優しく撫でてやる。まるで天にも昇るような心地よさがヘスティアを襲う。ヘスティアはレンの胸に顔を埋めながら恍惚の表情で身悶えた。
「レン様、私たちも5分前行動は納得できません」
アテナの言葉で振り返ると、そこには何かを期待するような、にやけ顔のニュクスとアテナが立っていた。
そうか……
三人を納得させないといけないのか。
あとニュクス、涎は拭いてくれないかな……
レンは早々に諦めた。結局、納得させるには頭を撫でるしかないのだからと。
『分かっている。順番に頭を撫でてやろう』
その言葉を聞くと最初にアテナが頭を摺り寄せてくる。同じように頭を抱き抱え、長い髪をすくように撫でる。アテナの顔はだらしなく緩み、身悶えさせながら喜んでいる。
次にニュクスへと視線を向けると……どうしても涎が気になった。
『ニュクス、涎が垂れている。拭いたらどうだ?』
「お気になさらずに、このままでかまいません」
ニュクスはにやけ顔を通り越して鬼気迫る顔で訴えた。
俺が気にするんだよ!
お前なりのマーキングのつもりか?
レンはニュクスの顔にたじろぎながらも、頭を抱き抱えて撫でてやる。身悶えし喜んでいるのは同じだが、突如押し殺したような笑い声が聞こえる。
「うふ、うふふふふ……」
余りの恐怖で身の毛がよだつ。
こ、怖いよぉぉぉお!
見下ろすと胸の中ではレンの匂いを嗅ぐニュクス。匂いを取り込むように何度も大きく深呼吸している。 衣装には涎がべったりと付き、大きなシミを作っていた。
ひぃぃぃぃ!!
は、早く離れないと!
『も、もういいだろ?』
ニュクスを強引に引き剥がそうと手で押すがびくともしない。ならばと全力で押すが全く離れない。
『ニュクス!もういいのではないか?』
「まだでございます。もう少し、もう少しだけ……」
「ニュクスだけ長いのはずるいです」
「そうね。私たちもレン様を堪能いたしましょう」
アテナが不貞腐れていると、ヘスティアが余計な提案をしてくる。二人は視線を合わせて頷くと、レンの左右から抱きつきた。
『い、いや、駄目だから!いいから三人とも離れろ!私に嫌われたいのか?』
その言葉にニュクスたちが名残惜しそうに離れていく。ニュクスのその唇から銀色に輝く糸がレンの衣装へと続いている。満足したのかその表情に鬼気迫るものはなく、逆に艶っぽい雰囲気を醸し出していた。
あろうことかニュクスはこのとき軽く絶頂に達していた。誰にも気がつかれなかったのが不幸中の幸いである。
席に戻るニュクスたちを見てレンは溜息を漏らした。
これから更にヘスティアたちに指輪を渡すのか。
……寝室に逃げ帰りたい。




