竜王国12
レンは寝室に戻るとソファへと腰を落とし積まれた書物に手を伸ばす。
英雄譚の書かれたそれはレンの楽しみの一つであり、冒険心を駆り立てるものであった。
冒険者か……
冒険者にもなってみたい。だがレンにはそれ以上にやってみたい事があった。それは魔法を使うこと。
この世界では才能ある一部のものは魔法を使うことが出来る。多くは幼少の頃より家庭教師を付け、英才教育を受けることによって魔法を使えるようになる。それでも魔法を使えるものはほんの握りしかいない。
そのためこの世界では魔法を使えるもの、魔術師はとても重宝されている。簡単な魔法が使えるだけでも未来が約束されるほどだ。
近年では貴重な魔術師を増やすため、魔法学校なるものまで作られている。ただし、そこに通えるものは貴族や裕福な人たちが殆どで、庶民には縁遠い存在であった。
レンの読むその英雄譚にも数多くの魔法が出てくる。ゴブリンを一撃で焼き払う炎の魔法、オークを切り刻む風の魔法、御伽噺のようなその力に興味を引かれるのはごく自然なことであった。
先ずは魔法を覚えて、それから冒険者かな……
でも魔法ってどうやったら使えるんだ?
以前、ドレイク王国でクレーズに聞いたが分からないと言っていたしな。
後で他の誰かに聞いてみるか。
レンは部屋に篭もり、時間を忘れて英雄譚を読み進めた。
それから数日は何事もなく過ぎていく。食事時の食べさせ合いを掻い潜り、朝の着替えを我慢しながら……
「レン様、魔道具が完成いたしました」
突如扉が開け放たれた。そこには自信満々の笑みを浮かべるアテナの姿が目に映る。
アテナ?魔道具がもう出来たのか。
『部屋に入るがよい。魔道具を見せてくれ』
ソファに座りアテナをその正面に促す。しかし、アテナはレンの隣に腰を落とすと、体を摺り寄せ魔道具を見せてくる。
えっ!何で隣り?
まぁ肉感はニュクス程じゃないから我慢できるけど……
でもいい匂いがするんだよな、どうしよう。
「レン様、これがその魔道具です」
レンが迷っている間にもアテナは話を進めてくる。結局、離れて欲しいとは言えずに、そのまま話を聞く羽目になった。
指輪?これが魔道具なのか?
『これで離れたもの同士が会話できるのか?』
「その通りでございます」
アテナは何かを期待するようにレンを見つめる。
なんか嫌な予感がするな……
『では早速試してみるか』
「ではこの指輪を私に嵌めていただけませんか?」
『いいだろう。指輪を』
「はい!」
指輪を手渡されるとアテナは左手薬指を差し出してくる。
「レン様、ご存知ですか?人間は夫婦になる時、愛する男性から指輪を貰うそうです」
その瞬間、指輪を嵌めようとしたレンの動きがピタリと止まる。
あれ!?なんかまずい気がする。
このまま指に嵌めたら勘違いされそうで怖い……
『あぁ、まぁ、なんだ、私が用意した指輪ではない。例えこの指輪を嵌めても夫婦になるわけではないぞ』
「承知しております。これは婚約指輪として受け止めますのでご安心ください」
安心できねぇぇぇ!
寧ろ不安しかねぇぇぇよ!!
『普通は婚約指輪も男性が用意するものだ。アテナが用意したものでは意味がないのではないか?』
「私はそのような些細なことは気にいたしません」
『いや、だめだ!私が気にする。とにかく駄目だ』
「どうしても駄目でしょうか?」
アテナは腕にしがみつき、上目遣いで懇願してくる。
『あ、あれだ、アテナだけというのは問題がある』
「では、レン様が女性全員に指輪を嵌められたらよろしいのです」
よろしくねぇぇぇよ!!
何故悪化した!
「さぁ、レン様、早く指輪を嵌めてください」
『アテナ、別に私が嵌めてやらなくても、よいのではないか?』
「いえ駄目です!竜王であるレン様に嵌めてもらうと、通話距離が飛躍的に伸びるのです」
ほんとかよ……
レンは訝しげな表情をするも嘘か本当かは判断できない。溜息を吐き出すと覚悟を決めアテナに向かい合った。
指輪を嵌めてやるなど初めての経験である。もし、これが本当に婚約指輪なら緊張で手が震えていただろう。
『アテナ、嵌める指は何処でもいいのか?』
「いえ、左手薬指限定となっております」
『……分かった指を』
「はい」
差し出された細く白い指に、そっと指輪を差し込む。指輪は相手の指に合わせるように大きさを変え、アテナの指にピタリと嵌まる。
嵌められた指輪を翳すと、アテナは暫し一人の世界に浸った。指輪を包み込むように両手を合わせると、瞳を潤ませ情熱的な眼差しでレンを見つめてくる。
アテナ……
そのまま顔を近づけ唇が触れそうになる瞬間……
『ア、アテナ!この指輪の使い方を教えてくれ』
その瞬間、アテナは我に返る。その残念そうな表情からは、もう少しだったのに……そんな感情が読み取れた。
い、今のは危なかった!
何、流されてんだ俺!
思わずアテナを見入ってしまった。
レンはそれとなくアテナと距離を取ると改めて尋ねた。
『では、使い方を教えてくれ』
口づけが出来なかったアテナは未だ残念そうにしている。しかし、レンに問われ答えないわけにはいかない。ゆっくりと口を開くと指輪の説明を始めた。
「使い方は簡単でございます。話したい相手を思い指輪に話しかけるだけで相手と会話ができます」
『それだけでいいのか?では、早速試してみようではないか』
レンは立ち上がり少し離れると、アテナを思い浮かべ指輪に話しかけた。
(聞こえるか?)
アテナも声を遮るように背を向けながら指輪に話しかけている。
(はい、はっきりと聞こえます)
直接頭の中に声が入ってくる。
(不思議な感覚だな)
(直ぐに慣れるかと思います)
レンはソファに戻るとアテナの向かいに腰を落とした。隣に座ると誘惑に負ける恐れがあるためだ。つい数分前に口づけ寸前までいっている。今のレンにはアテナの隣に座る勇気などあろうはずもない。
『残りの指輪を渡してくれ。私が嵌めてやらねばならないのだろう?』
アテナは少し迷うもレンに指輪を全て渡した。
レンが他の女性の指に指輪を嵌めるのが気になるのか、それとも嘘をついて後ろめたいのか、それはアテナのみぞ知ることであった。




