竜王国11
レンの姿が完全に見えなくなるとオーガストは立ち上がる。その顔からは大量の汗が滴り落ち憔悴しきっていた。
重い体を動かすように、のそりと食堂に戻る姿はどこか老けて見える。
食堂で待ち構えるフェブたちが目にしたのは憔悴したオーガストの姿。
オーガストは倒れ込む様に椅子に座り飲み物を口に含むと、ゆっくりと喉の奥へと流し込んだ。
溜息を吐き、ほっと一息つくオーガストの姿をみてフェブが心配そうに側に寄る。
「大丈夫かよ。何があったんだ?」
「レン様にお声をかけたら、お三方の怒りに触れたのよ。あれ程の殺気を受けたのはいつ以来かしら……」
オーガストは疲れきったように項垂れた。
「まぁ、お声をかけただけで?以後気をつけないといけませんわね」
「うわぁ、お三方はちょっと厳し過ぎじゃないっすか?」
「迂闊にレン様にお声をかける方がどうかしています。此方からお声をかける時は、お三方の何れかを通すように言われていたはずですよ」
ジュンが神妙な面持ちで注意を促し、エイプリルがそれはないだろうと言うと、ジュライが当然だと反論する。
「くっくくっ……」
突如、俯いたままのオーガストが笑い出す。
「げっ!何すか?気味悪いっすね」
「殺気に殺られて頭が可笑しくなったんじゃねぇか?」
エイプリルとフェブが後ずさりする。
オーガストは顔をガバッと上げると喜々として話し出した。
「レン様は仰しゃたの。オーガストたち上位竜は大切な配下だと。意思疎通を図るためにも直接話すことや触れることを許すと。そして、配下と親しくなりたいと仰ったのよ」
それを聞いた全員が瞳を輝かせる。
「それ本当なの?私たちも直接レン様とお話ができるの?」
「まさか、そこまで仰るなんて」
「やっぱ其処らへんの王とは違うぜ」
「惚れ直したっすよ」
「流石は偉大なる主です」
「う、器の大きさが、ち、違います」
「すごいの」
ジュン、ジュライ、フェブ、エイプリル、ジャニー、マーチが素晴らしい主と褒め称える。メイは流れに乗ってなんとなく言っているだけだ。
「本当に素晴らしいわ。これ程偉大で慈悲深い主は、レン様以外この世の何処にも存在しないでしょう」
オーガストは歓喜に震えながら偉大な王の存在を称える。全員がその言葉に頷き、偉大な王に仕える喜びを噛み締めた。
その言葉の余韻に浸り落ち着きも取り戻してきた頃、ジュンが本題を投げかける。
「それで、レン様が誰をお選びになったのか教えていただけるかしら?」
再びオーガストに注目が集まる。全員固唾を飲みオーガストの言葉に耳を傾けた。
「レン様のご指名はエイプリル、ジュン、ノーヴェの三人よ」
その瞬間、フェブが肩を落とし項垂れる。対照的なのはエイプリルとジュン、満面の笑みで語りだす。
「いやぁ、流石レン様、見る目があるっすね。レン様のためにも頑張るっすよ」
「私が選ばれるのは当然ね。ご期待に添える働きをしますわ」
そんなエイプリルとジュンを羨ましそうに眺めるフェブ。オーガストはフェブの肩に手を乗せると優しく慰めた。
「今回の任務で相手を殺すことは許されない。だからエイプリルたちが選ばれただけよ。次の機会がきっとあるわ。そんなに落ち込んでいたら、その機会を見失うわよ」
オーガストの言葉にフェブは豪快に笑い声を上げた。
「あぁっはっはっ!そうだよな。これっきりじゃないんだ」
フェブは気持ちを新たにすると、調子に乗るエイプリルとジュンをからかうために、意気揚々と駆け出した。
「やれやれ、騒がしいことこの上ないですね」
ノーヴェが肩を竦めえて騒がしい女性たちに呆れる。テーブルの上にはエイプリルとメイが乗り、それを他の女性が取り囲んで囃し立てている。
「レン様に大切な配下と言われたのよ、嬉しくて仕方ないのよ。貴方は嬉しくないの?」
オーガストは訝しげな表情でノーヴェに尋ねる。大切な配下と言われても、何も感じないのであれば、その忠誠心は疑う余地があると感じたのだ。
「勿論嬉しいですとも。しかし、そのお言葉は直接レン様からお聞きしたかったですね。貴方を介して聞いたのでは嬉しさは半減です」
オーガストは顔を顰める。確かに直接その言葉を聞いた私とでは感じ方は違うだろう。しかし、ノーヴェからは喜びのような感情が伝わってこない。これはやはり忠誠心に問題があるのではないか?オーガストはその真意を確かめるようにノーヴェの瞳を凝視する。
ノーヴェはオーガストの態度に呆れ果てるも、仕方ないかと弁解の言葉を吐き出した。
「まったく、私のレン様に対する忠誠心は揺るぎませんよ。疑うのはやめていただけませんかね」
「ノーヴェ、貴方もエイプリルやジュンと同様、ご命令を受けたのよ。嬉しくないのかしら?」
「嬉しいですとも。で、あればこそ浮かれてばかりもいられません。失敗など許されないのですから」
何で疑われているんだと、ノーヴェは溜息を吐きたくなる。
実際、ノーヴェはレンに絶対の忠誠を誓っている。それは生涯変わることのないものだ。直接言葉を聞けなかったのは残念だが、今回選ばれたことも小躍りしたくなるほど喜んでいる。
だが、それだけに失敗はできない。何故それが分からいのかとノーヴェは心を苛立たせた。
「まぁ、貴方の言うことも一理あるわね。失敗は絶対に許されないもの」
「ではレン様のお言葉を詳しく教えていただけますか?選ばれた人選から想像はつきますが、万が一があってはなりませんからね」
オーガストは頷くと、騒いでいるエイプリルたちに視線を移した。
「エイプリルとジュンにも伝えないとけないわね」
「この馬鹿騒ぎをいい加減やめさせたらどうです?我々を束ねるのは貴方なのですから。今の状況は、レン様のお言葉を伝えるのに相応しと思えませんね」
「そうね」
オーガストは大きく息を吸い込んだ。
「静かになさい!今からレン様のお言葉を伝えます!」
その言葉を聞くと全員ぴたりと動きを止める。自分の椅子へと即座に戻り静かに耳を傾けた。今までの騒ぎが嘘のように静まり返り、オーガストへと注目が集まる。
静まり返った食堂にオーガストの声が響き渡った。
「エイプリル、ジュン、ノーヴェの三名はドレイク王国とノイスバイン帝国の国境まで出向き警戒に当たれ!もし、ノイスバイン帝国が接触したら、こちらに食糧支援の用意がある旨を伝えよ!それでも侵攻を止めないときには命を奪うことなく無力化せよ!移動には居城を守護する下位竜の使用が許可された!これはレン様の勅命である!よいか、失敗は絶対に許さん!失敗した時には我々全員の首が飛ぶと思え!」
全員静かにそれを聞く。そして……
「勅命、確かに拝命いたしました」
エイプリル、ジュン、ノーヴェの三人が神妙な面持ちで口を開いた。
そこには、先程まで巫山戯ていた姿は何処にもない。三人はオーガストから発せられた言葉の意味を噛み締める。レンの勅命を何度も頭の中で反芻すると、決意を新たにするのであった。




