竜王国9
レンは食堂までの道程を一向歩く。
昼食は寝室で取ろう。流石に移動で往復一時間半は辛い。
一日何時間歩かせるつもりだよ。
食堂に到着すると既にメイが食事を始めていた。
レンの姿を確認すると、メイ以外の上位竜は立ち上がり一礼する。
メイは食事に夢中でそれどころではないようだ。初めはレンの到着を待っていたメイだが、堪えきれずに料理に手を伸ばしてしまい、今は目の前の料理を美味しそうに頬張っている。
ニュクスたちが顔を顰めるも、レンが何も言わないため、そのまま静かに席に着いた。
今日のレンの隣はニュクスとヘスティア、どうやら交代で座ることになったらしい。
レンが椅子に座るとマーチが厨房から暖かいスープや料理を運んでくる。
食欲を唆る美味しそうな匂いが食堂に広がり思わず唾を飲み込む。
『マーチ、一人で食事の準備をするのは大変ではないか?』
話しかけられたマーチはビクッと体を震わせると、必死に顔を左右に振った。
『そうか。ならよいのだが……』
レンは訝しげにマーチを見る。
マーチのあの態度はなんだろう?
本当は大変だけど、そんなことは言えないのかもしれない。
忙しいマーチには申し訳ないが、片手でつまめる昼食を作ってもらえないかな?
『今日の昼食は寝室で取りたい。何か片手で食べられるようなものを用意できるか?』
マーチは壊れた人形のように何度も頭を上下に振るう。
ほ、本当に大丈夫かな……
『マーチ以外に料理を作れるものはいないのか?』
「レン様にお出し出来る料理を作れるのはマーチだけでございます。他のものが手伝っても、マーチの足を引っ張るだけでしょう」
オーガストが言うのだから間違いないだろうけど、マーチ一人では大変そうだからな。
やはり、当初の予定通りヒューリから料理人を借りるか。
ついでに書庫を管理する人材も一緒に借してもらおう。
『カオスは今どうしている?』
近くに座るヘスティアが口を開いた。
「恐らく農場プラントではないでしょうか?」
そうか、そう言えばヘスティアは毎日、農場プラントに行っているんだったな。
カオスはドレイク王国と農場プラントの往復をしているようだし、ヘスティアに頼むか。
『ヘスティア、カオスに伝言を頼みたい』
「なんなりとお申しつけください」
『ドレイク王国から料理人と書庫を管理するもの、数名を借りてくるように伝えて欲しい』
「畏まりました」
『オーガストはそのものたちの部屋を用意しておけ』
「はっ!お任せ下さい」
よし、後はこの馬鹿でかい居城の維持管理に必要な人材だが。
これ、百や二百じゃ足りないよな……
ヒューリに頼りきっても申し訳ないし何処かで人材を確保しないと。
でも何処で人材を確保する?
ドレイク王国で無理となると他の近隣諸国か……
でも、突然出来た国に人材を貸してくれるとは思えない。
もしかしたら争うかも知れない国に、誰が好き好んで人材を貸すものか。
取り合えず保留にしておこう、先ずは近隣諸国と良好な関係を結んでからだ。
「おかわりなの」
突如元気な声が聞こえた。見ればメイがマーチに皿を差し出している。かなりの量を食べていたのだろう、他の女性陣がメイを嗜める。
「メイ、貴方どれだけ食べるつもり?いい加減になさい」
「全くだ、アホの子は食べることしか頭にねぇのかよ」
オーガストとフェブがメイを注意する。
「お・か・わ・り・な・のおぉぉぉ!」
「食べ過ぎは体に毒よ」
「メイ、少しは我慢した方がいいですよ」
ジュンとジュライも追い打ちをかけた。
「やなの!まだ食べるの!」
「多勢に無勢っす。メイちゃん勝ち目無しっすね」
「ご、ごご、ごめんなさい。メ、メイちゃんの分、も、もうないの」
エイプリルは楽しそうに笑い。マーチからは非情にもおかわりが無いと言われてしまう。
メイは涙目で俯く、今にも涙が零れ落ちそうだ。
妹以外に興味のないジャニーは、気にせずに食事を続けている。男性陣は当然のように、我関せずと素知らぬ振りをする。
アテナたちも気にする様子もない。
その様子を見たレンは顔を顰めた。
料理くらい少し分けてあげたらいいだろう?
寄って集って小さい子に何て奴らだ。
可哀想に泣きそうになってるじゃないか。
『メイ、ここに来るがよい』
レンは自分の膝の上をポンポンと叩く。
その瞬間、有り得ないものを見るように視線が集まった。
メイも一瞬理解できずにいたが、膝を叩くレンを見て満面の笑みを浮かべる。
直ぐに駆け寄るとレンに抱き抱えられ、膝の上に乗せられた。
『メイはどれが食べたい?』
メイはきょとんとしている。言われた意味が分からないのだろう、小首を傾げて悩んでいた。そして、何かに気付いたように手を叩く。
「レン様のごはんくれるの?」
『ああ、私はもうお腹いっぱいだ』
その言葉を聞いたメイは、満面の笑みで料理を指差す。
「あれが食べたいの」
『あの肉料理か』
レンは肉を切り分けると、フォークに突き刺しメイの口に運んでやる。
「美味しいの!」
『そうか、それは良かった』
レンは指定された料理を次から次へとメイの口に運んでいく。
その光景を目の当たりにした全員が、驚愕の表情で口をぽかんと開けている。
目の前で起きている光景を理解できずにいた。
最初に我に返ったのは間近でその光景を見ていたニュクス。
「レ、レン様、私にもその……食べさせてはもらえないでしょうか?」
『ニュクスは自分の料理があるだろう?』
「では、私の料理を食べさせてください。メイばかりずるいです」
その言葉を聞いたアテナとヘスティアが「私も」と声を上げた。
これは断ったら、また大変ことになりそうだな……
メイへの風当たりも強くなる恐れがある。
料理を食べさせるだけなんだし、黙って受け入れるか。
レンは諦めたように溜息を漏らした。
『仕方ないな。メイ、もういいか?』
膝の上で満足そうにお腹を摩るメイ。幸せそうに頬を緩めている。
「もう、お腹いっぱいなの」
『そうか、では席に戻るがよい』
「はいなの」
メイは膝から飛び降りると自分の席に駆け出していった。
ニュクスはレンの膝の上に視線を向けると、素早く椅子から立ち上がった。
「ではレン様、失礼いたします」
『何だと?』
レンは何を言っているのか理解できずにいたが、次の瞬間ニュクスが膝の上に乗ろうとしたことで理解した。
咄嗟にニュクスの体を押し戻す。
『ま、まて。膝の上に乗る必要はない。椅子を傍に持って来い』
「え!ですが、メイは……」
『メイはまだ小さい子供だ。ニュクスが膝の上に座ったら前が見えなくなる』
「では、前が見えるようにお姫様抱っこを」
『だめだ!これ以上我が儘を言うようなら、この話は無しにする』
「そ、そんなぁ……」
ニュクスは肩を落とし懇願するようにレンを見つめた。レンは潤んだ瞳に思わず動揺するも、努めて気丈に言い放った。
『では、食事は終わりにするか?』
「駄目です!直ぐに椅子を持ってまいります」
ニュクスはレンの隣に慌てて椅子を並べると即座に腰を落とす。
「さぁ、レン様、食事を再開いたしましょう」
ほんと表情がよく変わるな……
落ち込んだり、はしゃいだり、竜は基本的に情緒不安定なのか?
『どれが、食べたいんだ?』
「レン様、あれが食べたいです」
ニュクスは料理を指し示すと、恥ずかしそうに口を開けた。
隣に視線を向ければ、アテナとヘスティアが次は私の番とばかりに待ち構えている。
レンは料理を切り分けるとニュクスの口に運んでいく。
ニュクスは料理を噛み締めると、幸せそうに恍惚の表情を浮かべ、にへら笑いをする。
なっ!あの顔は危険だ!
これは何度も行うわけにはいかない。
『どうだニュクス』
「とても美味しいです。レン様の愛を感じます」
『そ、そうか、それは良かった。では、次のものへ交代しよう』
「駄目です!まだ始まったばかりではありませんか!」
『わ、分かった。だが次で最後だ。私に時間を使わせるな』
「……分かりました。ではもう一度」
ニュクスは料理を指定すると、頬を染めながら口を突き出す。
レンがもう一度、ニュクスの口に料理を運ぶと、身悶えしながら料理を味わっている。
こ、怖い……
『ニュクス約束だ。もういいだろ?他にも待っているものがいる』
「仕方ありません。続きは夕食ですね」
ニュクスは夕食もと言い残し席を立った。
夕食はやらねぇよ!
レンの魂の叫びが木霊した。
ニュクスに続いてヘスティア、アテナと料理を食べさせる。
概ね二人もニュクスと同じ反応だ。身悶えしたり、妄想に浸ったりと至福の表情をしている。
やっと終わった……
でも、オーガストたちが羨ましそうに見てるんだよな。
このまま食堂にいたら、どんなお願いをされるか……
さっさと食堂を出よう。
『マーチ、昼食は出来ているか?』
「は、はい。こ、こちらに、なな、なります」
『無理を言ってすまない。ありがとう』
レンはバスケットを受け取ると、マーチの頭を優しく撫でた。
マーチは顔を真っ赤にして、また床にへたり込んでしまう。
それを見てレンは心配なる。
やはり、マーチはだいぶ疲れているようだ。
無理を言って昼食を作らせたのは失敗だったかな……
もしかしたら体が弱いのかもしれない。
今度からはもう少し気を使わないと。
『マーチ大丈夫か?』
「だだ、大丈夫です」
大丈夫に見えないんだが……
マーチは慌てふためき問題ないと必死に手を振っている。そうなのかと立ち去るもやはり気になり振り返る。マーチはまだ立ち上がれずにへたり込んでいた。
本当に大丈夫だろうか?レンは心配しつつも食堂を後にした。




