竜王国6
食堂の扉が静かに開けられる。
視界に入るのは散乱した料理と、それを片付けるノーヴェたち。
テーブルの上ではメイが魔法で拘束され身動き出来なくなっていた。
アテナの怒気を含んだ声が食堂に響き渡る。
「これはどういう事かしら?」
ニュクスが呆れるように口を開くと肩を竦めた。
「食事の準備が出来たというから態々来たのに、この有様は何なの?まさか、こんな状態でレン様をお迎えしようとしていたの?」
声を聞きつけたオーガストたち女性陣が、厨房から食堂にやってきた。
レンの姿を確認すると全員が神妙な面持ちになる。汚れたテーブルに散乱した料理、こんな状態でレンを迎えたことに情けなくなり俯いてしまう。
「申し訳ございません。このような状態でレン様をお出迎えしたこと、深くお詫び申し上げます」
メイ以外の上位竜は全員跪き頭を下げて謝罪の意を示す。メイは相変わらず拘束されたままだ。
散乱した料理を見てレンも苦笑する。
何があったんだ?料理は散乱してるし、落ち着いて食事できる状態じゃない。
メイは拘束されて動けないみたいだし、誰かと喧嘩でもしたのか?
『何があったのか話してみよ』
「はっ!食事の準備も整いレン様をお待ちしていたのですが……メイが料理を食べ始めまして、それを抑えようとしたらこの様な有様に……」
つまり、俺が来るのが遅いからお腹の空いたメイが食事を始めたわけか。
別に先に食べても何の問題もないだろ?あんな小さい子に食事を我慢させる方が余程問題だ。
これだと、どう考えても食堂に来るのが遅れた俺が悪いじゃないか。
それに、食べられる料理もまだ沢山ある。このまま食事にしよう。
散乱した料理も大まかなものは片付け終わっているみたいだ。細かなものは食後でいいだろう。
『話は分かった。メイを今直ぐ解放しろ。全員席に着け、食事にする』
「ですがレン様、我々はまだ罰を受けておりません」
『罰だと?何故、罰を必要とする?私が遅くなったのが悪いのだ。罰など必要ない』
「いえ、そうではございません。レン様に合わせるのが臣下としての努めです。それを守れないメイは勿論ですが、止められなかった我々にも責任がございます」
『抑も私を待つ必要はない。お前たちの行動は私を思ってのことだと承知している。だが、腹を空かせたものがいるのなら食事を与えてやれ。私を食事ひとつ満足に与えられない、駄目な主にするつもりか?』
「いえ、そのようなことは……」
『では話は終わりだ。皆で食事にしよう』
そう言うとレンは笑顔を向ける。辛気臭い顔で食事をしても美味しいわけがない。
テーブルには美味しそうな料理が並んでいた。半分は駄目になったようだが、それでも十分な量がある。
レンが席に座ると温めたスープなどが厨房から運ばれてきた。
メイは既に席に着き、料理を美味しそうに頬張っている。
運ばれたスープは野菜を使ったものだろうか。緑色のスープには野菜が浮かび、甘い香りが漂っている。
テーブルに置かれたスプーンを手に持つと、静かにスープに沈めた。一口スープを口に入れると優しい甘さが口全体に広がる。
美味い!ドレイク王国で食べた料理も美味しかったが、それとはまた違った美味しさだ。
ドレイク王国の料理がスパイシーな香辛料で食欲を唆る料理なら、この料理は素材の旨みを引き出す料理になっている。
『この料理は誰が作った』
スープを運んでいたマーチがビクッと体を震わせる。
「も、もも、申し訳ございません。レ、レン様の、お、お口に合わない料理を。す、直ぐに作り直します」
距離が離れていたこともあり、その小さな声はレンの元へは届かない。
マーチはびくびく震えながら厨房に逃げ込もうとする。しかし、次の言葉で足を止めた。
『とても美味しい。マーチはよいお嫁さんになるだろうな』
マーチの顔は見る間に赤くなる。その場で目を回すと、へたり込んで立ち上がれなくなった。
ジャニーはそんなマーチを微笑ましく眺めている。
しかし、レンの言葉を聞いた他の女性の反応は違う。一瞬瞳を大きく見開くと、ギョロっとマーチに鋭い視線を向けた。
レンは女性陣の豹変振りに驚く。
え!?
しかし、瞬きをした次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。
なんだ今のは?一瞬悪寒がしたんだが気のせいか?
それに女性陣の顔も豹変したように見えたんだが……
ニュクスとアテナに視線を向けるも普通に食事を取っている。他の女性も普段と何ら変わりない。
レンは気のせいかと食事を続けることにした。
これだけの料理が作れるなら、ヒューリから料理人を借りなくても良さそうだ。
今後、料理関係は全てマーチに任せていいだろう。
しかし、マーチは大丈夫か?さっきから床に座り込んで立ち上がれないようだが。
まぁ、よく考えれば一人でこれだけの料理を作ったんだ。疲れが溜まっているのかもしれない。
マーチを補佐する人材は何れ必要になるだろうな。
食事も終盤にかかる頃、廊下から足音が聞こえてくる。
足音が止まると扉は開けられ、一人の女性が食堂に足を踏み入れた。
女性はレンの姿を確認すると心配そうに駆け寄ってくる。
「レン様、お探しいたしました。ご無事で何よりです」
『ヘスティア、心配させてすまなかった。お前も食事にするがよい』
「はい、そういたします」
ヘスティアは笑顔で答えると、レンの一番近くの席に視線を動かす。そこには既にアテナとニュクスが座っており、それを見たヘスティアは小さく舌打ちをした。
さらに汚れたテーブルを見て顔を顰める。テーブルクロスは零されたソースや、料理の欠片などで酷い有様だ。本来ならレンに料理を出せる状態ではない。
「ねぇ、これはどういう事かしら?」
ヘスティアは嫌な顔を隠そうともせず怒気を強めてアテナに尋ねる。ニュクスはレンと一緒にいたはず、であればこの状況はアテナの仕業と考えたのだ。
「私に聞かないでよ。ニュクスと一緒にレン様をお連れした時にはこうなっていたのよ」
アテナは何で私がと愚痴を零しながら食事を再開した。
ヘスティアはオーガストたちを鋭く睨みつける。
不味い、また争いの予感がする。
次から次へと、どうなってるんだよ。
『ヘスティア、些細なことは忘れろ。私がよいといったのだ。それともお前は私の意に反するつもりか?』
「め、滅相もございません。レン様のお言葉は絶対でございます」
『ならばお前も席に着け。つまらんことで私の食事の邪魔をするな』
「申し訳ございません」
ヘスティアは深く一礼すると空いている椅子に視線を向ける。アテナの隣に腰を落とすと手近な料理に口をつけた。




