ドレイク王国9
翌日、アテナの深夜の行動も調べたが真っ黒であった。
しかし、ニュクスの様にレンに触れることはない。ヘスティア同様、布団の上から添い寝をするだけに抑えていたのが救いである。
もう、いっそ添い寝を許してもいいのでは。そう思うレンだったが、彼女たちの溝が深まる恐れもあり、簡単には許可できずにいた。
殺し合いでもされたら後悔してもしきれない。どうしても慎重にならざるを得ない。
添い寝を許さない方がいいと思う一方、少し残念に思う複雑な心境のレンであった。
更に数日が過ぎ、カオスが飛び立ってから2週間が経とうとしていた。
既にレンの居城は出来上がりアテナたちが死の大地に行くこともない。後はカオスを待つばかりである。
上位竜を探すのに手間取っているのだろうか。
ニュクスたちは気にするなと言っていたが、レンは帰りの遅いカオスのことが心配であった。
その願いが通じたのか、その日の午後にカオスが戻ってくる。12体の上位竜と30体の下位竜を引き連れて。
レンが寝室に戻るとカオスは跪き頭を下げて待っていた。
久し振りに見るカオスは相変わらず凛とした面持ちで曲がらぬ信念を感じさせる。
女たちが争い始めると我関せずと素知らぬ振りをするのが玉に瑕だが、それは仕方ないだろう。あれに好き好んで関わるものなどいようはずがないのだから。
レンはカオスの正面に置かれているソファに座ると声をかける。
『面を上げよカオス、上位竜の招集ご苦労であった』
「勿体無いお言葉、時間が掛かり申し訳ございません」
カオスは時間が掛かってしまったことに落ち込んでいた。
本来であればもっと早く戻る予定が想定外のことが多く遅れてしまったのだ。しかし、例えどんな理由があろうとも言い訳でしかない。カオスは如何なる処罰でも受けるつもりでいた。
『それは問題ではない。お前が無事でなによりだ』
その言葉を聞くや先程までの重苦しい気持ちが晴れていく。
「私ごときのためにそのような……慈悲深きレン様のお言葉に感謝の言葉もありません。各地より呼び集めた竜は街の外にて待機させております」
『それでは街の外まで出向くとしよう。ヒューリにも紹介する必要があるな。誰か使いの者を出してくれ』
レンが出向くことにカオスは逡巡する。
しかし、この城には人の姿になれない下位竜は入れない。それでも、レンに忠誠を誓わせるため合わせる必要がある。
仕方ないと諦めると、直ぐに扉の前に控える竜人に、ヒューリへの伝言を託した。
ヒューリの行動は早かった。直ぐに馬車の手配をすると露払いを行わせた。
レンたちが乗る馬車と、ヒューリとその重臣が乗る馬車が数台連なる。
先頭の馬車にレンたちが乗り込むと、カオスの指示で馬車は動き出した。
馬車の中では5人が久し振りに顔を合わせる。
「カオス随分と帰りが遅かったけど何かあったのかしら?」
尤もな質問だ。アテナの問いにカオスは顔を顰める。
「殆どの上位竜が人の姿で人間に紛れて生活していたのだ。探すのに少々手間取ってしまった」
「人間に紛れて出すって?劣等種と戯れるなんて何て恥知らずなのかしら」
その言葉にレンは即座に反応する。
ニュクスの言葉にレンは苛立ちを隠せない。人間と共存することの何がいけないのか、徐々に怒りがこみ上げてくる。
なんで人間を認められないんだ!
確かに竜には劣るだろう。
だが、人間にも良い所はあるはずだ!
レンは思わず叫んでいた。
『ニュクス!私も人間と共存したいと願っている!私も恥知らずか!』
途端にニュクスたちの体はビクッと跳ね上がる。
怒声を浴びたニュクスは見る間に青白くなり口を僅かに開閉させている。声を出したくてもうまく出ない。早く弁解しなければ、その思いが強ければ強いほど上手く言葉が出てこない。
『どうした!何か言うことはないのか!』
ニュクスの瞳からは大粒の涙が止めどなく零れ落ちる。レンに嫌われてしまった。その思いはニュクスを絶望感に染め上げていく。
確かにレンは以前から他種族との共存を望んでいた、それはここにいる誰もが知っていること。
これは迂闊な発言をしたニュクスの失態、故に誰もニュクスを庇うことはない。
カオス、アテナ、ヘスティアは静かに成り行きを見守る。
「お、お許し下さい……」
ニュクスは震える唇で謝罪の言葉を吐き出す。
小さな、その余りに小さな声は本来であれば聞こるはずがなかった。
だが、幸いにも馬車の中は静寂に包まれていた。それが幸をなし、その小さな声はレンの耳にも微かに届く。
一方のレンも言い過ぎたと反省していた。
古代竜たちには古代竜なりの考え方がある。そのことを知っていながら人間の考えに合わせろなど傲慢ではないだろうかと。
消え入るような謝罪の言葉をやっとの思いで吐き出すニュクス。その憔悴しきった姿を目の当たりにして、レンも思わず俯いてしまう。
他にも言い方はあったはず。尽くしてくれる配下に対し、主として最低の行動だったのではないか。謝罪が必要なのはニュクスではなく自分なのでは。その思いがレンの中で次第に強くなる。
『ニュクス、謝るのは私の方だ。お前たちにはお前たちなりの考えがあるにも関わらず、押し付けるような真似をしてしまった。愚かな主を許してくれ』
レンはニュクスに対し深く頭を下げた。
嫌われても仕方ない。
だが誠心誠意、謝罪だけは行わなければ。
主という立場を利用して何でも許されると思ってはいけない。
そんな生き方では周りを不幸にするだけだ。
誰もついて来てはくれない。
「おやめください!レン様が頭を下げるなどあってはなりません。レン様は他種族との共存を望まれていたというのに、それに配慮もせずに発言した私こそが全て悪いのです!」
ニュクスが叫ぶように訴えかける。顔面蒼白のその目には今もなお涙が溢れている。
『ニュクスお前は悪くない』
レンは頭を上げるとニュクスを引き寄せる。ニュクスはレンの胸元に吸い寄せられるように倒れこむと、胸に顔を埋め声を上げて泣き出した。




