ドレイク王国7
書庫に籠り数日が経った頃、ヒューリの家臣が集まると聞かされた。
明日の昼には集まるため、午後にはレンの言葉を賜りたいと伝えてきたのだ。
レンは憂鬱な気分になる。この場から消えることができたら、どれほど楽になるだろうか。逃げることも出来ずにレンは頭を抱えていた。
もう嫌だ……
これもカオスが余計なことを言ったからだ。
言葉を授けるとか言ってたけど、要は偉そうに何か言えばいいんだよな?
今日はいい天気だな。とでも言うのか?
馬鹿か!そんなことを言ったら間違いなく恥をかいてしまう。
俺の恥は延いては全ての竜の恥にもなりかねない。
言葉は慎重に選ばなければ……でも、一体何を言ったらいいんだ?
レンは頭を悩ませるも何も思い浮かばない。
隣を見ればクレーズとアテナが笑顔でレンの様子を窺っていた。
無い知恵を振り絞っても何も出てこないしな。
手っ取り早く、クレーズに聞いてしまうか。
『クレーズに聞きたい。私は明日、ヒューリの家臣に会うのだが、何と言ったら喜ばれるだろうか?』
「はっ!私も末席にてお言葉を賜ります。レン様のお言葉であればどのようなお言葉でも、みな歓喜するでしょう」
明確に言葉を教えて欲しいレンだが、クレーズの返答は無常にも何でもいいであった。
予想に反した答えにレンは渋い顔をする。だが、ここで諦める訳にはいかない。何せ自分で考えても言葉が見つからないのだから。
期日は明日、もう残された時間も少ない。藁にも縋る思いで再度問いかける。
『クレーズ、何でもいいという事はないだろ?何か言って欲しい言葉はないか?』
「我々に気使いなど不要でございます。レン様のお声を聞けるだけで、みな満足するでしょう」
違う!そうじゃない!
気を使ってるわけじゃないんだ!何で分かってくれないんだ。
言って欲しい言葉を聞きたいだけなのに。
クレーズから聞くのが無理となると……
隣ではアテナが興味深そうに話を聞いている。
仮にも長年生きてきた古代竜だ、良い言葉を教えてくれるかも知れない。そんな一縷の望にレンは縋った。
アテナに視線を向けると。何でしょうか?そう尋ねるように、笑顔で小首を傾げる仕草をする。
『アテナ、お前はなにか良い言葉はないか』
「一言、私に全てを捧げろ!と仰るのがよろしいかと」
アテナは自信に満ちた表情で言い切った。
よろしくねぇぇぇ!何処の魔王だよ!お前は俺に何をさせる気だ!
よし、ここに俺の味方がいないことだけは分かった。
誰かに聞こうとした俺が馬鹿だった。
レンは心の中で思いの丈を叫ぶと、がっくりと肩を落とす。
誰にも聞けず自分で考えるしかない現状に悲観し泣きたくなる。
それからは必死に名言集を読みあさるも、良い言葉が見つからない。
只々時間だけが過ぎていった。
結局、何を言ったらいいのか分からないまま当日の朝を迎えた。
昼まで書庫に籠り、無い頭を捻るも言葉など浮かんでこない。
レンは全てを天に任せた。もう、出たとこ勝負である。
午後からは着せ替え人形の様に着替えさせられ、豪華な装飾品で着飾られていく。
今日の護衛担当のヘスティアは、当然の様に率先してレンの着替えに参加した。
というより、ヘスティアがレンのコーディネートを誰にも譲らない。
何が気に入らないのか、何度も着替えをさせられては、その都度様々な角度から眺めてくる。
にやけ顔のヘスティアを見ていると、単に着替えをさせたいだけでは?そう思うのも無理はないだろう。
……もしかして自分が楽しむために、何度も着替えをさせているんじゃないだろうな?
ようやく衣装が決まる頃には、着替えを始めてから2時間は経過していた。
レンはようやく終わったかと溜息を漏らす。
だが、本当に溜息を漏らしたくなるのはこれからだ。
見ず知らずの大勢の前に引っ張り出され、剰え声を掛けなければならないのだから。
レンは重い足取りで玉座の間に移動を開始した。
重厚な扉を開け玉座の間に入ると、入口から玉座まで赤い絨毯が敷かれている。
天井からは大きなシャンデリアが下げられ、辺りを照らしていた。
絨毯の上を歩きながらヘスティアによって玉座まで促される。
渋い顔をしながらも、レンは玉座に腰を落とし威厳ある態度を心がけた。
隣にはメイド服姿のヘスティアが立ち、凛とした表情で前方を見据えている。
否応がなしに緊張感が高まっていく。
程なくして準備が出来たのか、扉に控える竜人が声を張り上げた。
「ドレイク王国国王、ヒューリ・ルボルトスとその家臣。レン・ロード・ドラゴン竜王様にお目通り願いたいとのことです」
レンは顔を顰めたくなるのを堪えながら静かに頷く。
それを確認したヘスティアが厳かに口を開いた。
「通しなさい」
透き通る声が響き渡り緊張感が更に増した。
ヒューリとその家臣は一糸乱れぬ動きで歩みを進める。
静まり返った空間に衣擦れの音だけが微かに聞こえてくる。
玉座の前にやってくると、ヒューリとその家臣は静かに跪き頭を垂れた。
レンは高鳴る鼓動を抑える様に深く呼吸をする。
そして、ヒューリを見据えると口を開いた。
『面を上げよ』
自然にレンへと視線が集まる。
一度に多くの視線を浴びてレンの鼓動は早くなる。
尊大な態度を装ってはいるが、内心では緊張で張り裂けそうな思いだ。
だが、上辺だけでも取り繕わなければならない。
レンは必死に尊大な態度を装い、威厳ある竜王らしい振舞いを心がけた。
『ヒューリとその家臣よ、私のためによく集まってくれた』
暫し静寂の時間が流れる。
レンは出たとこ勝負で来ているため、大層な言葉など準備していない。咄嗟になにか出るかと思ったが、そうでもないようだ。緊張のあまり体から汗が吹き出てくる。
やばい、何を言っていいか分からない。
最後の手段として簡単な言葉は考えている。
だが、その言葉はあまりに陳腐な言葉だ。
静まり返った玉座の間は独特な緊張感に包まれていた。
このままでは不味い、レンは意を決し自分の考えた陳腐な言葉を吐き出した。
『これからも私とこの国に尽くすのだ』
レンは、こんな言葉しか思い浮かばない自分の頭の悪さに溜息を漏らす。
だが、これ以上何を言っていいのかも分からない。
数日前までは、ただの庶民でしかなかったのだ。
しかも、大学生になったばかりの青二才、今のレンにはこれが限界だった。
『私の言葉は以上だ』
早く見世物のようなこの状況から開放されたい。
今のレンの頭の中ではそのことで一杯になっていた。
「我らはレン・ロード・ドラゴン竜王様に絶対の忠誠を誓い、ドレイク王国発展の為に全力を尽くします」
ヒューリが代表して言葉を返すと、一斉に頭を下げた。
誰もが身動き一つせず静寂の時が流れる。
このまま帰っていいのだろうか?どうすればよいのか分からないレンは、そのまま玉座から立ち上がると、なるべくゆっくり威厳が出るように歩き出す。
その後ろにはヘスティアが付き従い、レンとヘスティアは扉から静かに出ていった。
後に残されたヒューリたちは未だ跪き頭を下げている。
竜王の言葉の余韻に浸り、畏敬の念を強めるのであった。




