ドレイク王国6
ヘスティアの殺気を受け満身創痍のマルス。
もう休ませてあげたいが、付き従ってきた親衛隊はマルスしかいない。
レンは申し訳なく思いながらもマルスの案内で書庫の前までやってくる。
書庫の扉は玉座の間と同様に、大きく重厚に作られていた。
重い扉を押し開けると、円柱状の塔のような縦長の空間が広がっている。
壁の内側にはびっしりと本が並び、上へと続く螺旋階段が壁に沿って続いていた。
窓はなく必要最低限の魔道具の明かりだけが灯されており、部屋全体が薄暗く不気味に感じられる。
部屋の中央には円卓が置かれ、その上には数多くの本が壁のように積み上げられていた。
壁には揺れ動く人影が映り、微かに紙を捲る音だけが聞こえてくる。
扉を開けたことでこちらに気が付いたのだろう、円卓の主が本の隙間から顔を覗かせた。
「これはレン様、このような場所に態々お越しいただけるとは恐悦至極に存じます」
そこには見たことのある人物が居た。レンに文化や歴史を教えてくれたクレーズだ。
特徴的な丸渕メガネと、長く伸びた白い髭は見間違えるはずもない。
『クレーズここで調べものか?』
「ここは私の部屋のようなもの、いつも此方で文献を読み返しております」
『それなら丁度いい、魔物や魔獣の図鑑が何処にあるか知らないか?この中から探すのは骨が折れそうだ』
「存じております、直ぐにお持ちいたしますので此方にお掛けください」
促されるまま円卓の椅子に腰掛ける。
古びた木の椅子だがしっかりとした作りで、色褪せた風合いが薄暗い部屋によく似合う。
重厚な円卓も長年使い続けているのだろう。表面には細かな傷が無数に刻まれている。
積み上げられている本の中から無作為に一冊を選ぶとページを捲り中を覗く。
書かれているのは日本語ではない、だが理解できる。
これもグラゼルから授かった知識のお陰なのだろう。
程なくしてクレーズが数冊の本を大事そうに抱えながら戻ってくる。
それを慎重に円卓の上に乗せると一冊の本をレンの前に広げた。
「こちらが一般的な魔物や魔獣の図鑑でございます」
レンは図鑑を覗き込む、そこにはゴブリンという名前と挿絵が書かれていた。
その他にも弱点や戦い方、使用する魔法、生息地域など、この図鑑を見るだけで大抵のことは知ることができるらしい。
レンはクレーズの説明を聞きながら読み進める。図鑑に書いていない事、クレーズが解らない事はヘスティアが補足説明し事細かく教えてくれる。
時間も忘れて読み耽っていたのだろう、不意にマルスから声が掛けられた。
「レン様、読書の最中に大変申し訳ないのですが、そろそろお食事になされては如何でしょうか?」
『なに?もうそんな時間なのか?』
円卓に置かれている時計に目を向けると、既に20時を回っていた。
光の差し込まない部屋での読書、そのため時間感覚がなくなっていたのだろう。
『不味い、またヒューリを待たせてしまう』
「それでは今日は此処までに致しましょう」
『そうだな、続きは明日にしよう』
『ヘスティア、お前も付き合わせてすまなかったな』
「とんでもございません。レン様と読書が出来るなんて素晴らしい一日でした」
『そ、そうか……』
ヘスティアは瞳を輝かせながら擦り寄ると、そのままレンに撓垂れる。
今日のヘスティアは積極的過ぎないか?
いや、思い返せば以前からこんな感じか。
普通にニュクスやアテナと渡り合うくらいだからな……
ヘスティアは恍惚の表情で体を押し付けてくる。
そんなヘスティアにレンは身の危険を感じるのであった。
翌日からは書庫での読書が日課になる。
膨大な書庫にはレンの知らない様々な知識が眠り、好奇心を駆り立てた。
魔物や魔獣の図鑑を一通り読み終えると、今度は他種族のことを調べ始めた。
この世界にはエルフ、ドワーフ、ノームなど多種多様な種族がいるのだが気になることがある。
何故だ?魔物や魔獣もそうだが、他種族も地球の神話や伝説に出てくるものが多い。
まるで、この世界のことを書かれているように感じる。
もしかしたら俺がこっちの世界に迷い込んだように、こっちの世界から地球に迷い込んだ人もいるんじゃないのか?
もし、その人たちがこの世界のことを書き残しているとしたら?それが神話や伝説として伝えられても可笑しくはない。
調べる必要があるな、もしかしたら地球に戻れるかも知れない。
グラゼルは無理だと言っていたが、可能性が僅かでもあるのなら……
レンは隣に座るクレーズの様子を覗う。
クレーズなら何か知っているのでは、そう思うといてもたってもいられなくなった。
『クレーズ、聞きたいことがある』
「はい、なんなりとお聞きください」
『他の世界からこの世界に渡って来たものがいると聞いたことはあるか?』
「ございます。世界を渡ってきたものにより、様々な技術が伝わったと言われております」
やはり地球で見慣れた道具などは、地球から迷い込んだ人たちが伝え広めたようだ。
これは予想していた通り。レンは舌で乾いた唇を湿らせると意を決し口を開く。
『では、この世界から他の世界へ渡った者がいないか聞いたことはないか?』
「この世界から他の世界へですか?」
クレーズは何かを思い出すように口に手を当てると考え込む。
暫しの静寂が流れるなか、クレーズは左右に頭を振る。
「残念ですがそのような話は聞いたことがございません。もし仮に他の世界に渡ったものがいたとしても確かめようがないのです」
確かにその通りだ。仮に他の世界に渡ったものがいたとして、どうやってそれを確かめる。
渡ったものが帰ってこない限り確かめようがないではないか。
だがレンはある意味、確信していた。
確認できないだけであって、地球に渡ったものはいると。
そうでなければ、この世界のことが地球の神話や伝説に書かれるはずがないのだから。
地球に帰るなど夢物語かもしれない。
それは蜘蛛の糸で綱渡りをするより難しいだろう。
しかし、可能性がないわけではないのだ。
今のレンにはそれだけ分かれば十分であった。




