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花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: かなた 美琴
第三章  過去との遭遇
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第三章 14

 全く話さなくなって、もう二ヶ月になる。

 話す事が、どういう事かも忘れそうだった。


 その間、面接を申し入れられても全く応じず、

 今、利沙の周りにいる誰一人として、利沙に好意を持っていなかった。

 利沙も、誰にも興味を示さなかった。


 同室者でさえ、関わるのをやめた、自分に不利になると考えた。

 模範でいればここから出るのも早くなる、余計な、もめ事に関わらないと決めた。


 すると、利沙に周りのトラブルも少なくなっていった。

 しかし、同時に利沙は孤立していた。

 もともと、孤立していたのだが、無視されていたのだ。

 誰からも。


 指導官でさえ、指示を与える時しか、利沙に声を掛ける者はなく、

 利沙は益々話をする必要性がなくなった。


 誰もが利沙から離れていった時、医務室の佐々井先生は、違っていた。


 頻ぱんに利沙をリハビリ目的で、医務室に引っ張っていった。

 何度も何度も。


「自分では出来ないでしょう? でもね、今が一番大切なのよ。

 ちゃんとリハビリして足を着く感じを全身で覚えるの。

 感覚が戻って来るまで時間がかかるけど、ここであきらめると、足が着けなくなって歩けないでしょう?」


 そう言って、利沙にはかなりきついリハビリを、全く遠慮せずに行っていた。

 そのため利沙は、この医務室の呼び出しが、嫌いだった。


「ここに来るの、嫌になったんじゃない?」


 よくそう言って、利沙をからかった。

 佐々井先生は、言葉について何も聞かなかった。

 声が出ないと知っていて、無理に聞こうとしなかった。


「もし、言いたい事があったら、そこにあるメモに何でも書いてね。

 文句でも、リハビリ嫌だでも、先生優しいでもなんでもいいから」


 そう言って笑いながら、リハビリが済んだ後、メモと水を置いていた。


 ここは居心地がいい。

 自分に嘘をつかなくていい空間が、ここにはあった。


 そういった日が何日か過ぎて、利沙が部屋に帰った後、メモに、


「ありがとう」


 の文字が書かれているのを、佐々井先生が見つけた。

 その日を境にメモにかかれる言葉が増えていった。


 利沙に話す事を強要しないよう、佐々井先生の方から、指導官全員に指示が出されていた。


 利沙が、強要すればするほど声は出ない、まずは、そっとして利沙の方から気を許すのを待った方がいい。

 と、アドバイスしていた。


 利沙が、話したくても、話せなくなっている。


 それを確認したのは、あの本郷先生だが、佐々井先生は、わざと本郷先生に頼んだ。

 明らかに、はた迷惑なあの性格を利用した。


 もしかしたら、腹を立てた利沙が、怒りに話し出すかもしれないと考えたが、

 まあ、そこまではいかないまでも、話せなくなっていると確認させられる。


 何かあっても、すぐにいなくなる本郷先生なら、問題ない。


 とにかく、話せないと分かったなら、それに対応していかなければならない。


 そこで指導官にも、協力を要請した。

 信じない人もいたが、話さなくても、 

 それを咎めなければふつうと変わりはなかった、利沙の態度に納得してくれた。


 そこに、初めてのメモを見た時、嬉しかった。

 一歩前進したと。


 それから、利沙が行く先々で、メモとペンが用意され、利沙もそのメモを使って、意思表示するようになった。


 始めはありがとうだけだったのが、だんだんと増えてきて、

 指導官達にも

 お願いします・教えて下さい・すみませんなど。

 日常的に書くようになった。


 医務室では、もっと色々書いていた。


 佐々井先生は親切とか、面白いなど。

 日によって、偏りはあるが、徐々に打ち解けてきた感じがした。


 焦っても仕方ない。


 それに、ここにいるのは利沙だけではない。

 他の子も、多かれ少なかれ手助けがいる子ばかりだ。


 一人にかかりきりになれるほど、暇ではなかった。


 とはいえ、利沙については、外にも問題があった。


 考え方だ。


 本当はそれを早く確認する必要がある。

 そのためにも利沙の言葉を引き出したい。


 時間だけが過ぎていき、ある程度利沙が、

 自分からメモを活用するようになって来ていたある日。


 利沙はいつもどおり、医務室でリハビリを受けた。

 その後休憩に入ったところで、佐々井先生がこう切り出した。


「友延さんご苦労様。リハビリ疲れたでしょう?」


 利沙は、顔を先生の方に向けて首を横に振った。

 すると、先生は真面目に


「そう、じゃあ、もう一度する?」

 そう言われて利沙は、大きく首を横に振り、メモに


「もういいです」

 と、書いた。


 それを見た佐々井先生は大笑いで、

「大丈夫。もう終わり」

 利沙は、ほっとした。

「友延さん少し話したいけど、いい?」

 利沙は、頷いた。


 佐々井先生はそれを見て、話し出した。


「今までで、一番印象に残っている記憶って何かある?」

 利沙はしばらく考えて、


「毎年の初詣」

 メモにそう書いた。


 佐々井先生は、

「初詣はずっと行っていたの。誰と?」

「家族で、中一まで」

 メモはそう続いた。


「何をお願いしたか覚えている?」

 利沙は、覚えてないという風に首を振った。


「そう、初詣は楽しかった?」

 佐々井先生の問いに利沙は頷いた。

 表情は柔らかい。

「楽しかったのって、何?」


「お参りした後、みんなでおみくじ引いたり、露天で、たい焼き買ったりした事が楽しかった」

 メモには小さく、


「最初に補導されてからは、一度も行ってない」

 と、書かれていた。


 佐々井先生はそれを見て、利沙にとって、

 初詣はいい思い出としてだけ残ってはいないのだと考えた。


「質問を変えるわね。夢みたいなのはある? 例えばここを出たら何かしたいとか」

 利沙は、迷わずメモした。


「ある。事件前にやりかけた仕事を、終わらせたい」

 佐々井先生は一瞬たじろいだ。


 まさか何か企んでいるのか? 

 しかし、的外れだった。


「どんな仕事?」

「パソコンソフトの開発。そのソフトで世界中のシェアを三割取りたい。

 誰でも簡単にパソコンを使えるようにしたい」


 確か資料に、プログラマーとして収入ありと、書いてあったと思い出した。

「そう、でも三割って、もっと大きく言うかと思ったけど、控えめね?」

 利沙はその言葉に、


「三割でも目標です。今は、まだ三パーセントですけど、あと三年の内にとりあえず今の十倍にはしたいので」

 そこで、佐々井先生は気づいた。


 三年。確か、この子長ければ三年はここにいるかも、確かに夢と言えるかも。

「仕事していたのよね? 三パーセント持っているって大した者だわ」

「ありがとうございます」


「だけど、三年以内に十倍にするって、それは難しいかもしれないわよ?」

 利沙と佐々井先生の、メモと声の話は、確信に迫ってきた。


「三年って言うと、世間では入学した学校を、卒業するくらいはあるけど。

 あなたの場合、長ければ、ここから出られるかどうかの期間よ。それは分かっている?」

 利沙は、頷いたが表情は曇ってきた。


「そう、あなたの目標のためには、何よりもここを出る事が先。

 まず、ここを出るために何をしたらいいかしら?」

 利沙は、何も書かなかった。


「では、なぜ、ここに入る原因になったのかは分かっている?」

「ハッキングしたから」


「他には」

 利沙は思い当たらないと書いた。


 ここに問題がある。


 何故少年院に入らなければならなかったか。

 そして、自分がこれからどうしなければならないのか。

 そこが分かって、今後の対策が出来る。


 利沙には、自分が何をしたのか、自覚させる必要があった。


 利沙の資料には、

 

 保護観察中にも関わらず、逃走を図るためにメールを使って事前に計画を立て、仲間を集めた。

 しかも、逃走資金を得るため、銀行から自分達の口座に金額を移動した。

 しかし、資金を分配する時に仲間割れをしてしまい、自らがリンチを受けた。


 その後意識のない状態で保護された。とある。


 このままでは、ここを出ても同じ事を繰り返す恐れがあり、その恐れがなくなるまでここからは出られない。


「他には、何も思い当たる事はないの?」


 利沙は、本当に分からない、と言った感じの表情をしていた。


 佐々井先生は、利沙に関する資料にある内容を告げた。

 すると、利沙は一瞬驚いた。

 まるで、初めて聞いたように。


 佐々井先生がもっと驚いたのは、その後の利沙の態度だった。


 怒りの感情を抑えるように、自制しているのが分かる。

 ただ、この怒りが自分に向けられていると、佐々井先生は感じてしまった。


 利沙が、自分に危害を加えるかもしれないと。


「友延さん。これからどうしたらいいかは、ゆっくり話していきましょう」

 利沙は、メモにこう記した。


「私は、自分からは何もしてない。何度話しても、誰も信じてはくれなかった。誰も、何も」

 利沙は、怒りと言うより、悔しそうな表情だった。


 そこで、

「友延さんは、審判の時から何も話さなかったと書いてあるの。

 これは本当? ふてくされたまま、審判の間中、何を聞いても答えなかったと。

 いつから話せなかったの? 

 最初は話せるのに話さなかったの?」


「最初は繰り返して、同じ事を言った。

 聞いてもらえなかったけど、でも、急に声が出なくなって。

 どうせ何言っても聞いてくれないなら、これでいいかって、あきらめた。

 でも、……知らなかった。


 私は、確かにハッキングはしたけど、自分からじゃない。

 脅されてやっただけ。

 ホームから逃げようなんて考えてなかった」


「本当なの? それ」


「信じてもらえなくても、それが本当」

 利沙は、いつになく、一生懸命自分の意見を主張した。


 利沙が書いたメモの字には、力が込められていた。

 嘘をついているようには感じなかった。


 ここに、話せなくなった原因が、見えた。


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