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花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: 三布
第三章  過去との遭遇
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第三章 13

 その頃というのは、事件がきっかけで少年院に入っていた時。


 利沙は、審理の途中から急に話さなくなり、しかも意思表示さえ満足にしなかった。

 少年院に入所すると決まった時も、なんの反応も示さなかった。


 そんな利沙が少年院に入って一ヶ月。

 事件からは三ヶ月が過ぎていた。


 思ったより治療に時間がかかっていたからだ。

 しかし、利沙はあれから一度も言葉を発しなかった。


 そのために入所者同士の、もめ事の中心になっていた。

 話さないために、コミュニケーションが取れず、行き違いになりトラブルが起きる。


 利沙が入ってきて、ここでの問題行動が一段と増えた。

 その中心に大体の割合で利沙が絡んでいた。


 トラブルと言っても、何かが落ちたのに拾わないだとか、

 肩が当たったにもかかわらず謝らないだとか、

 些細な原因だがその回数が多い。


 ついさっきも、利沙は、同室者の持ち物を踏んだとかで、今度は取っ組み合いのけんかに発展。

 

 これまで、我慢してきた同室者の利沙への不満が爆発した。

 とにかく就寝前の自由時間に部屋の中で、利沙に対して攻撃が始まった。

 それを指導官数人がかりで、やっと引き剥がしたところだった。


 利沙は、落ち着いたものだった。

 何に対しても、表情を変えず、上から見下ろした目線で見る。


 これが入所者の不満を駆り立てた。


「いるだけでイライラする」


 それが、けんか相手の共通した理由の一つだった。


 指導官にとめられた喧嘩の後は、保護の目的で利沙を個室に移した。

 同室者の怒りは早々に収まるものではなく、一晩離す事にした。


 その夜、利沙は個室で久しぶりに一人だった。


 翌日。朝には部屋に戻されたが、険悪なムードはそのままに、団体生活がスタートした。


 しかし、利沙は、そのスピードになかなか付いていけない。

 その頃の利沙は、足の傷のために杖を使わなければ歩けない。

 だから、利沙と違いみんなのペースは速かった。


 入所者の一人がわざと利沙の杖に足をかけ、利沙が派手に転んだ。

 列が乱れ騒然となったが、その場は指導官が収めた。


 しかし、指導官は利沙にしっかりと歩くように、注意しただけだった。

 周りの人はそれを見てさげすむように笑った。

 その後、利沙は列に戻ったが、今度は、偶然にも杖が前の子の足にかかり、今度は前を歩いたいた子が転倒した。


「指導官。利沙が私の足に杖を掛けました。だから転んだんです」


 と、はっきり言った。

 指導官は事実を利沙に後ろの子に聞くと、同じ様に証言し、利沙に回答を求めたが、話さない。


 そのまま、利沙は反省室に入るように指示が出た。


 転倒した事を笑われた事に対する、報復として相手を転倒させるなんて、してはいけないと知らせるために。


 事実は事実。

 しかし真実は、話さないと伝わらない。


 反省室に移された利沙は、静かに座っていた。

 本来正座させられるが、足の事がありそれは免除された。


 そこに入って来たのは、指導官ではなかった。


 大体、この場合ドアの小窓からノートが入れられ、反省文を書かされる。

 もう何度もしているので、要領は分かっているつもりだったが、どうも今回は違っていた。


 入って来たのは白衣を着た女性だった。


 見た事が無い。


 医務室にも何度かお世話になったが、この人は初めてだ。


「こんにちは。はじめまして。……警戒しないで。

 私は、医務室の佐々(ささい)先生の代わりで来ました、

 本郷(ほんごう)です。風邪をこじらせた佐々井先生に代わってしばらくここの医務室にいます。

 友延利沙さんよね? よろしく」


 そう言って、利沙の近くに来て正座した。

 笑顔がかわいい、ここには似つかわしくない先生だった。


 利沙は頷く事しか出来なかった。


 利沙は、少し後ろに下がってしまった。

 この人の勢いに飲まれそうな気がして。

 利沙にしては珍しく気後れしている。


 何かが違う。でも、……。


「怖がらせてしまったみたいね。でも、取って食ったりしないから。

 確か、……今月まだ診てもらっていないでしょう? 

 だから診せてもらいに来たの。聞いたところによると不用意に転倒したって?

 それ、何か足に原因があるかもしれないでしょう?」


 本郷先生は慣れた調子で足の診察をした。

 可動域の検査では、かなりきつい角度まで動かそうとして、思わず利沙の手が先生の手を止めた。


「こんなに動いてない? ここで痛がってたら、歩けないわよ。もっと自分でも動かさないと」


 そう言いながら、全く手を止めない。

 利沙もかなり厳しかったが、声を出す事はなかった。

 

 しばらくしてリハビリを兼ねた診察が終わる頃には、利沙は汗をびっしょりとかいていた。

 そして、本郷先生は利沙にこう告げた。


「友延さん。声出せる? 何でもいいから」


 先生は、真面目な顔で利沙を見た。

 思わず利沙は目を背けた。


「こっち向いてくれる。友延さん。本当の事が知りたいの。

 本当は声を出さないんじゃなくて、出せないんじゃない?」


 利沙は驚いた。


 全くもって核心をついてくる。


「やっぱりそうね、もし違っていたら、違うって言ってくれる? 

 そうしたら私が間違っていたと分かるから」


 本郷先生は、利沙の顔を見つめていた。

 利沙も先生から視線を外せないでいた。


「なぜ、分かったかって思っているでしょう? それはさっき。

 わざときつい範囲まで動かしたの。悲鳴が上がるかと思ってね? 

 でも、あなたからは、悲鳴どころか、うめき声も出なかった。

 私が気づいたんじゃない、佐々井先生が気づいてたの、ほとんど確信を持ってた。

 今日、偶然ここに来る事になったから、私が確認したの」


 本郷先生は、一人で続けた。


「責めているわけではないの。

 それならそれで、した方がいい事をしたいと思ってるの。そのために協力してほしい。

 いつから声が出なくなったのか教えてくれる? 

 あ、もちろん話すのではなくて、書いてくれたらいいわ。書くもの持って来たから」


 本郷先生は診察用のカバンから、手のひらサイズのメモを取り出した。ペンも準備してあった。


「今はこれを使って。ただ、これを貸すのは、ここの規則に反するので渡せないの。ごめんなさい。

 これから手続きをして許可を得なければならないの。

 たぶん、すぐに許可をもらえると思うけど。さあ、これ使って」

 

 本郷先生は、利沙の手を取りながらメモを渡し、もう一度聞いた。


「いつから声が出なくなったの? 

 自分の意思ではなく、出そうと思っても出なくなったのは、いつ?」


 利沙は、それを拒否した。

 どうしようか迷ったあげく拒否した。


 別に治してほしいとも、治りたいとも考えていなかった。


 反対に声が出なくなって都合がいいと思っていたのに。


 だから、利沙はメモを先生に押し返した。


「どうしたの。何故書かないの、書かないと、あなたの言いたい事が分からないでしょう?」


 今、分かった。

 利沙が先生に感じた違和感。

 それは先生が、優等生だからだ。


 自分のしている事は何でも正しい。

 間違いなんてない。


 頭のいい、いい子の先生には、自分のしている事が否定されるたは、今までになかったのかもしれない。

 少年院に入っている、哀れな子ども達に奉仕に来てやっている。

 そんな風に考えている。


 それが手にとって分かった。


 哀れんでいるようで、そのくせ、顔は喜んでいる。


 私は、こんなに不幸な子の治療をしてあげていると。


 利沙は、一気に離れた

 。この人とは、関わりたくなかった。


 そんな利沙に本郷先生は、手を伸ばし肩に触れようとした。

 その時、利沙は、無意識にその手を振り払った。


 本郷先生は、まさか自分が拒絶されるとは思っていなかったのだろう、派手に転がった。


「痛い。何するの? 友延さん。私は、あなたを助けようとしてるのよ」


 本郷先生の、派手な叫び声が廊下に響いた。

 その声を聞いた指導官が、利沙の部屋に入ってくると、


「指導官、この子は治療しようとした私に、暴力を振るった。

 せっかくここまできてやったのに、この子は凶暴よ」


 そう一気にまくし立て、荷物をまとめて飛び出した。

 その後、指導官は、


「何がありましたか? 友延さん。話さないと分かりません。聞こえているのでしょう。

 医務室の先生に暴力を振るうのは、許されません。

 まず、何があったのか言いなさい。

 言いたくないなら、しばらく、ここから出る事は出来ませんよ」


 指導官は、じっと利沙が話すのを待った。

 しかし、利沙は指導官の方を見なかった。


「分かりました。しばらくここにいなさい。処分は決定次第知らせます」


 指導官が出て行った部屋の中で、利沙は一人になった。


 その後、数日は医務室に本郷先生がいたが、佐々井先生が復帰したので、本郷先生は本来の病院に帰っていった。


 利沙も、一週間反省室の処分だった。


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