第三章 12
美菜には、話さなくなった理由があった。
父親がした借金が原因で両親が離婚。
その後、親権は、母親に移った。
母親の実家で暮らしていたが、その実家で暮らすようになって、美菜が新しい環境に馴染めず、不登校になった。
いじめの存在は確認されなかったものの、本当になかったか、というのもはっきりしない。
ただ、美菜にとっては父親がいなくなり、卒業を前にしての転校。
一気に変わった環境に馴染めなかった。
ある意味仕方ないかもしれない。
ただ、経済的な問題もあり、母親は美菜と会える時間がないほど、朝早くから夜遅くまで仕事をしていた。
それでも、やっと何とかなっていた程度だった。
とにかく、美菜の面倒は全て祖母が担っていた。
それが美菜には気に入らなかった。
時々家を抜け出しては、町をぶらぶらしていた。
昼間に街中を小学生がうろついていれば、目に付きやすい。
そんな時、事件が発生した。
やってもいないのに、万引きしたと思われた。
ある店で事務室に連れて行かれたが、結局何も出てこなかった。
勿論、万引きなんてしていないのだから、出てくるわけがないのだが。
その後から、美菜は益々大人に対して、いい感情を持てなくなった。
それでも美菜は、必死によく見てもらおうと頑張っていたが、美菜には味方が出来なかった。
元々、引越してきたばかりで、知り合いもいなかったし、友達もいなかった。
もっと前の美菜を知っている人がいたら、きっと、美菜は立ち直れたかも、
いや、その前に、こんな事にはなってなかったかもしれない。
でも、美菜は孤独だった。
祖母には話せなかった。
心配を掛けたくなかったのと、自分が悪い子だと思われたくなかった。
祖母にまで見放されるのでは無いかと、そんな思いもあった。
全てが、悪い方へ悪い方へと向かっていた。
気づくと、美菜は、家出をしていた。
夜遅くに歩いているところを、補導された。
迎えに来た、祖母は、ずっと泣いていた。
「どうして、こんな所にいるの。私はどうしたらいいの?」
ずっと、こう言いながら、泣いていた。
そんな祖母に悪いと思いながら、謝れなかった。
なぜか分からないが、謝らなければならない事は分かっているのに、どうしても謝る事は、できなかった。
その日は、家に帰れたが、そんな事が、何日かに一度、繰り返されていた。
そのうち、祖母が美菜を育てる自信がなくなっていた。
母親は、仕事を理由に、全く美菜に興味を示さなかった。
悪い事は重なる、祖母が体調を崩した。
それは、高齢からくるものだが、美菜には自分が、迷惑をかけたからだと思えてならなかった。
小学生、しかも生活全般をみてくれていた保護者の入院。
しかも、母親は、仕事が忙しく美菜の面倒を見てくれる人がいなくなり、
美菜は児童福祉事務所の紹介で、三光園に来る事になったのだ。
美菜には、大人への不信感と、祖母に対する罪悪感が混在しており、
自分の感情を押し込めている様子がみられた。保護された時から、一切言葉を発していなかった。
三光園に連れて来られてからも、施設の説明に対しても、反応がなく分かっているのか、
そもそも、聞いているのかさえ分からなかった。
ただ、ここに来る子の中には、こういう子は少なくない。
職員も、特に不思議に思わなかった。
みんなそれぞれ抵抗してみているのだから。
その子の気持ちを出来るだけ理解し、その子が、早く三光園になじめるように、
それを考えてサポートしていくだけだった。
そして、美菜とは年の離れた利沙と、同室にしたのにも理由があった。
同じ年位の子と一緒になっても、美菜には負担になるかもしれないと考えた。
新しい学校になじめずにいた美菜が、再び同じ様になじめなかった時の事を考えて、
少し年が離れていて、美菜の気持ちを考えて行動しそうな、利沙に白羽の矢が当たった。
ちょうど利沙は、二人部屋を一人で使っていたし、同室になりたがる子もいなかった。
と、いうのも理由の一つ。
でも、意外にいい組み合わせではないかとも、思っていた。
利沙はあれで、年下の子の扱いが上手かった。
荷物の片付けが終ると、利沙は、美菜に対してこう言った。
「改めて、はじめまして。利沙っていいます。十七歳。学校には行ってない。
美菜ちゃんは、小学六年だよね? 今は二月だし、もうすぐ卒業だね。そうしたら中学生か」
そう言う利沙と、美菜は視線を合わせないようにしていた。
頷く事もなく、何か反応するでもなく。
「美菜ちゃん、聞こえてるよね?
……言葉を出さないと、伝わらない事がある。自分の意思表示するのは、とても大切な事なんだ。
って、誰かに言われた事ない?」
利沙は、笑顔で、美菜のうつむき加減の顔を覗き込むように言った。
「そんなの気にする事ない。話したくなったら、話せばいい。
それまでは、自分の意思で話さないと決めたなら、話さなくていいんじゃないかって、私は思うよ。
ただ、話したい。って思ったら、その時は、遠慮なんてしてはダメ。
絶対に聞いてもらうって思ったら、意地でも聞いてもらうんだよ」
そう言って、利沙は、メモにこう書いた。
「私は、少し前まで話せなかったんだよ。大丈夫、みんなは美菜ちゃんを歓迎してるから」
それを見た美菜は、一度利沙の方を見たが、
そのすでに利沙は自分のベッドに後ろ向きに腰掛けていて、美菜の方を見ていなかった。
美菜は仕方なくメモを渡した。
「なんで話せなかったの?」
美菜のメモにはこう書いてあった。
利沙はそれを見て、美菜を自分の隣に座らせて、その頃の事を、少しずつ話始めた。




