第三章 11
6
園長先生を含め個々の職員は、ここにいる子ども達から、信じられていた。
親身になって悩みに寄り添ってくれる。
それが、三光園の特徴。
他の施設でなじめない子も、ここに来るとここの雰囲気になじんでしまう。
そんな独特の雰囲気があった。
梅の花がほころんだ頃、豊の進学先が決まった。
そのすぐ後に、一人の子どもが三光園にやって来た。
新しい子どもが入ってくる事自体は、珍しい事でもなんでもない。
特にこの年度末には入れ替わりがよくある。
だから、先生達も忙しくなるとはいえ、至って普段とは変わった事はなかった。
今までは。
今日入って来たのは、小学六年生の女の子。
背が高く細身だった。
印象は暗い感じだった。
しかし、こういう施設に来るにはそれなりの理由があり、表情が暗くなるのは、特に不思議な事はない。
むしろそれが普通だ。
何も分からない所にいきなり連れて来られて、ニコニコしている事はまずない。
児童養護施設。
ここには色々な事情を抱えたままの子どもが来る。
それが、なかなか解決されない事も多い。
と、いうより、ここの来てから少しずつ解決できるように、職員一同が力を尽くす。
子どもは、ショックを受けている場合もある。
家族から離されて、いきなりの集団生活。
これには、慣れるも何も、家族と離れるだけでもかなりな心理的な負担が大きい。
それに、大人に対して不信感を抱いている事もある。
実の両親からか、身近な大人にいい感情を持っていない事も少なくない。
そしてそれは、本人の自覚の有無に関わらず、必ずと言っていいほど、職員にも伝わってくる。
だから、職員は子どもの感情に素早く反応する。
どんなに拒否されても諦めず、子どもの心に寄り添おうとしてくれる。
それが必ず子どもに通じると信じて。
子どもをそのまま、丸ごと引き受けようとしてくれている。
それが子どもに通じた時、子どもの方から笑いかけてくれる。
その時がくると信じていた。
三光園に、女の子がやって来た。
複雑な事情を秘めて。
夕食の時、園長先生から紹介された。
「みんなの仲間が、一人増えました。美菜さんです。仲良くしてあげて下さい」
美菜と紹介された女の子は、軽く頭を下げただけだった。
その後、園長が言った言葉に、みんなが呆れた。
「部屋は、利沙と一緒だから、利沙よろしく」
なぜ、呆れたかと言うと、利沙と同室にするというから。
利沙は、二人部屋を一人で悠々と使っていた事もあるが、どうも、相性がなかなか合わないようで、
今まで何人かが同室になったが、利沙がパソコンにかかりきりになると、話し相手にもなってくれないと、
同室になった者からの苦情が絶えなかった。
仕方なく、利沙は今まで一人になっていたが、
何も事情を知らない新入りを、利沙の同室者に決めた。
ただし、今回は、何とかなるだろうとの思惑もあった。
夕食後、利沙と美菜は部屋に入った。
みんなにからかわれながら。
「利沙、ちゃんと相手してやれよ」
「自分の世界に入り込むんじゃないぞ」
口々に子ども達が囃し立てるのを、後ろに聞きながら、利沙は部屋のドアを閉めた。
利沙は、何を思ったか、今閉めたばかりのドアを何の前触れもなく、
いきなり開けた。
すると、何人かの興味津々な子どもが、ドアに張り付いていた。
そのドアがいきなり開いたものだから、後ろにひっくり返った。
「なにしてんの? あんた達」
ひっくり返った子ども達は、
「い、いや、その。利沙で大丈夫かなって」
おっかなびっくり話す子ども達に向かって、
「うるさい。自分の部屋に帰りなさい。
二度とやったら、……テストの点、みんなにばらすから、そのつもりで」
そう言うと、乱暴にドアを閉めた。そのドアの向こうでは、
「それはないだろう」
の声が、しばらくしていた。
その子達は、利沙に勉強を見てもらっている。
当然、テストの点はばれている。ちょっと知られたくない物もいくつもあった。
しぶしぶそれぞれの部屋に戻って行った。
利沙は、しばらくドアに耳を当ててその状況を見極め、静かになって初めて、ドアから離れた。
その状況を静かに見ていた者がいた。
美菜だ。
ちょうど利沙の後ろからだ。
利沙は振り向くと、
「もう大丈夫。静かになったよ。荷物、片付ける?」
美菜の荷物が、ダンボールに入って入り口に置いたままになっていたので、
利沙が、その箱を美菜の使うたんすの側まで運んだ。
全部で三個。そんなに多くないが、きちんと詰められていた。
「一人で片付ける? それとも手伝おうか?」
利沙は話しかけたが、返事がない。
そういえば、この子の声を聞いた事がない。さっきも夕食中、一度も声を出さなかった。
というより、人と視線を合わさない。
避けているようだった。
それでも、利沙は話し続けた。
「荷物は、ここに入れてね。私はこっち使ってるから」
利沙達の部屋は、洋室の六畳で、部屋の中央にちょうど部屋を手前と奥を二分するように、
横向きに二段ベッドが置かれていた。
利沙は手前のスペースを使っていて、奥側を美菜が使う事になる。
ベッドは利沙が下を使っているので、美菜は上になるが、
「美菜ちゃん。って呼んでいい?
ベッドなんだけど、私が下を使っているから、美菜ちゃんは上を使ってね。
事情があって、はしごを上れないんだ」
利沙の足は、少しは歩けるようになった。
普段は部屋の中なら生活するのに、杖は使わなくても、なんとかなる程度にはなっていた。
が、まだまだ不安定で、段差があると転んでしまう事があった。
はしごは上れない。
美菜はそれが聞こえたのか聞こえないのか、反応がなかった。
利沙は、確かめようと美菜の前に行き、突然美菜の鼻頭に食いつきそうな位まで顔を近づけた。
美菜はびっくりして飛びのいた。
「びっくりした?
声をだせ、なんて言わないから、頷くとか、手を振るとか、何か合図送ってくれないかな?
それとも、何も聞こえないの。だったら、筆談にしようか?」
そう言って、利沙はメモ用紙とペンを持ってきた。
そして、そのメモに何か書いて、ペンも一緒に渡した。
利沙は、ダンボールに入った荷物を片付けていた。
すると、美菜は利沙の手から、そっと荷物を取り、たんすの引き出しに入れた。
何も言わなかったが、利沙にはいやな感じはしなかった。
その後、二人で片付ける最中も、美菜は何も話そうとしなかった。
利沙も無理に話をさせようともしなかった。
利沙一人が、何か取り留めのない事を、静かに話していた。
話したくない時は、どんな事をしても話したくないのだ。
それに、話したくなったら、自然に話すようになる。
と、考えていたし、以前の自分と重なるところもあって、強引に何かしようと思わなかった。




