第三章 10
その流れを見ていた人達がいた。
園長以下、職員の先生方。あと、施設にいる子ども達だった。
その視線に気づいて、利沙は、
「園長先生、ここを貸していただいて、ありがとうございました。
助かりました。有線でないと、盗聴されるかもしれなかったので、どうしても。
だから使わせてもらって助かりました。ありがとうございました」
そう言うと、佐々木室長も、
「御協力ありがとうございました。本当に助かりました」
と、みんなに向かって頭を下げた。
「いえ、……それより、あの、どちら様ですか?」
園長先生の言葉を聞いて、利沙も、佐々木室長も、あっ。と思った。
その場を片付けた利沙達は、さっきまで先生達が話していた会議室に場所を移した。
ちょうど昼食の時間になり、パソコンの置いてある食堂では、迷惑になるからだ。
会議室には、利沙と佐々木室長。
園長先生と、利沙の担当の咲島先生がいた。他の先生は、昼食の準備にかかっていた。
利沙は、机にもたれかかるように、脱力した。
今回は、久しぶりに時間に追われていたからだ。
いつもとは、少しだけ違っていた。
「私は、佐々木と申します。TOMいえ、友延さんとは何年か前から一緒に仕事をさせてもらっています」
佐々木室長は、名詞を差し出してあいさつをした。
園長先生も、名詞を交換した。
「何年も前からですか、では、今までの事は?……」
「はい、全て知ってます。色々ありましたから」
佐々木室長は、利沙の方に軽く視線を向けた。
利沙は、それに微笑み返した。その頃には、利沙もシャッキッとしていた。
「そうですか。具体的には、どんな関係か、教えていただけますか?」
園長先生の疑った視線に気づいた利沙は、
「園長先生、……変な事考えたでしょう?
そんな関係じゃないよ。仕事って言っても、先生達が考えてるような、
いやらしい事じゃなくて、私が作ったパソコンソフトの販売やなんかを手伝ってくれてるの。
大人って、……」
利沙が、半ば呆れていると、佐々木室長が、慌てて、
「そ、そんな風に見られて。いや、それは……」
「そんな事は言ってない。ただ、どんな仕事か分からなかったから」
園長先生も、図星を指されて動揺していた。
「分からないって、今、見ていたんでしょう? だったら、分かりそうなのに」
利沙は、不服そうに呟いた。
それは聞かないい振りをして、園長先生が切り出した。
「それより、何年か前と言われていましたが、具体的にはいつ位ですか? 大体で結構ですから」
「なんで、そんな事聞くの?」
横から、利沙が口を挟んだ。
園長先生は、
「さっき、確かに見ていた。利沙をちゃんと理解してくれている方だ。
そんな方といつめぐり会ったのかと思ってね」
「そうか、そうだね。でも、いつだったかなぁ? ……」
利沙が、考えあぐねていると、
「そうだな、直接会ったのは、随分後だった、中学一年の時だったかな。
メールだけで最初はやり取りしていたから、あれは、……」
「そうだ。最初はメールだけだったけど、いつって言われても」
利沙と佐々木室長は、しばらく考えていたが、
「いいですよ、そうですか。中学一年の時、その前からメールでのお付き合いがあったという事ですね?」
園長先生の言葉に耳を傾ける事なく、二人は考えていた。
そこまで出掛かっていて、ここで諦めるのは、悔しい気持ちもあった。
すると、佐々木室長が、
「……思い出した。確か、TOM基金を立ち上げた頃でしょう?
かなり慌しくて、ソフトまで手が回ってない時がありましたから。だったら、……」
その言葉に、園長先生と咲島先生が、
「TOM基金?」
と、二人口をそろえた。
その言葉に、利沙も、
「そうだ、その頃。一番忙しかった。確かに、基金を立ち上げた時。
……室長凄い。覚えてくれてたんだ。
だったら、……基金は六年目だから、五年前ですね」
「覚えるも何も、かなりこっちとしても大変だったので、忘れようがない。もう五年」
二人が、視線を合わせたところに、
「TOM基金って言われましたか? 今、TOM基金を立ち上げたと?」
園長先生が、恐る恐る聞いてきて、
「はい、それが……」
利沙が、答えようとして、気づいた。
佐々木室長には、状況が良く飲み込めなかった。
だから、
「TOM基金がどうかしましたか?」
こう言った。慌てて利沙が止めに入ったが、もう遅い。
「TOM基金を、利沙が立ち上げたと、おっしゃるんですか?」
園長先生が、改めて聞くと、
佐々木室長は、なんの躊躇もなく、素直に認めた。
その隣で、利沙がうな垂れていた。
佐々木室長を恨めしそうに睨みつけて。
それでようやく、佐々木室長にも事態が飲み込めた。
「そうか、すまない。
そうか、ここの子どもに優先者枠を使ったのか。
それならそれで、言っといてくれないと。
TOMがちゃんと教えてくれないから」
利沙は、益々呆れた。
「……全部言った。室長、……今、全部言った」
「あれ、そうだったか?
でも、TOMがここの子に使ったんだろう?
自分の創設者用優先枠を。
良かったじゃないか、いずれはばれるんだし、今ばれても仕方ない。
去年は、去年お世話になった所の子に使った。
それもばれてたんだろ?
諦めた方がいい。TOMには隠し事は出来ない。
TOMは正直すぎるんだよ」
佐々木室長は、平然と話した。
そして、
「私は、この後しなければならない事がたくさんあります。ですから、これで失礼します」
こう言って、立ち去った。
会議室では、三人が沈黙していた。
随分長い間続いたと思われたが、
「さっきの話。本当か? TOM基金の事」
園長先生が切り出した時、利沙は、なんともいえない表情をした。
前回ばれたのは、手続きが全て終ってしまってからの事だった。
それに、本当に喜んでくれた。
しかし、今回は前とは違い、書類が送られてから時間が経っているにも関わらず、
なかなか返事がもらえていなかった。
もしかしたら、断ってくるかもしれないと連絡を受けたばかりだったからだ。
もし、ここで自分からだと分かったら。
本当に断るかもしれない。
そんな事になったら。そうなれば、チャンスを失う可能性だってある。
「本当です。佐々木室長が言っちゃいましたね。あれがそのまま。その通りです。
ここに一人使いたいと、TOM基金の本部に伝えました。
書類の返事が来ないと、連絡ももらっています。
書類は着いてますよね? こんな話が出るくらいだから」
利沙は、特に何の感情も込めずに話した。
顔は、真剣に園長を睨んでいた。
「着いているよ。それで、悩んでいたんだ。
一体誰が送ってきたのか。
TOM基金、あまり聞きなれないものだから、何か悪い者にでも騙されてるんじゃないかとね」
園長も、何も感情を込めずに話した、こちらも表情は真剣だ。
利沙は、怒られるのかと怖くなった。
その時、
「ありがとう。これが本物でよかった。これで、正式に申し込める。
これは、豊にとって、大きなチャンスだ。本当にありがとう」
立ち上がったかと思うと、利沙の両手を強く握り締めた。
園長先生は満面の笑みを浮かべていた。
利沙は、一瞬何が起こったか、理解できずにいた。
それを察したのか、咲島先生が、
「ありがとう。出所さえしっかりしていたら、申し込もうって話し合いで決まったの。
ちょうど今日、その話をしていたところだったから。
園長先生だけじゃない。私も嬉しい。ありがとう。早速申し込まなきゃ」
そう言ったかと思うと、さっさと出て行った。
それを、園長先生が、
「頼むよ。咲島先生」
そう言って、見送った。
その頃には、園長先生も利沙から手を離していた。
「さあ。お昼ごはんを食べよう。嬉しい時もおなかはすくもんだ。
そうそう、この事は、子ども達には内緒にしておく事。いいね。
ところで、佐々木さんが利沙を、トムって呼んでいたのは、友延利沙よりも、
TOMとして最初に会っていたからだね?
だから、二人の間では、TOMが普通なんだね。
利沙、よかったね。いい人が近くに、心の近くにいてくれて」
園長先生は、そう言うと、会議室を出て行った。
利沙はなんだか、心があったかぁい感じになっていた。
TOM基金に申し込みを済ませると、すぐに奨学金が振り込まれ、それで入学金などの支払いを済ませた。
豊は、チャンスを掴んだ。
豊には、TOM基金についての詳しい説明はされなかった。
園長先生は、豊には基金の信用は確かだとだけ伝えた。
豊も、それで納得した。園長先生を信じていた。




