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第二章 15

 その瞬間、入り口から二人の男達が入ってきた。

 そして、利沙の手を取り上げ体ごと壁に押し付けた。


「えっ。何?」


 利沙は、何が起こったか分からなかった。


「友延利沙だな? 今、何をした?」


 利沙は、そう言われても、この状況を理解できなかった。


「なにって、何かした? それに、あんた達だれ?」

「とぼけるな。警察だ。今先生の首を絞めただろう? はっきり見たぞ」


「警察? ……」

「どうした? 何も言わないのか。それとも言えないのか?」


 江元先生は、少し(むせ)ながら、

「待って下さい。友延さんは、ただ、私の髪に付いた糸くずを取ってくれようとしただけです」


 そうは言ったが、あまり説得力がなかった。

 余程強く手が絡んだらしく、江元先生の首には、はっきりと手形が付いているうえ、声も()れていた。


「そうとは、言えないでしょう? 本当にそれだけなら、はっきりと言うはずだ。

 言えないのには理由がある」


「放してよ。何も悪い事はしてない。痛いでしょ」


 利沙は、壁からは引き離されたものの、体は拘束されたままだった。

 机にうつぶせにされ、手を後ろにまわされたうえ、押さえられていた。


「うるさい。何をしたか自分に聞くんだな?」


「なにを聞くって? 勝手に来て迷惑でしょう。それになんでこんなところにあんた達がいるの?」


「俺達がいると迷惑か? 何も関係が無ければ、迷惑もなにも無いだろう。

 俺達がいると、都合が悪いのか? 

 まず、その理由を聞かせてもらおうか。いったい、何がしたかったのかも」


「うるさいのは、そっちでしょう?

 なにもないよ。こんな事されるいわれはないね。早くその手を放しなさいよ。痛いでしょう」


「動くなよ。抵抗するなら容赦はしない。初めてじゃないんだし。分かってるだろう?」


「……だったら、何? 無抵抗の善良な市民相手に、こんな事して許されるの」


 利沙は、この状況でもひるんでいなかった。

 それどころか対等にやり合おうとしている。


 ここに来て、江元先生は改めて、友延利沙という子が、分からなくなっていた。


 素直でいい子。そう思っていたら、人を観察して分析まで行ってしまう。

 しかも、警察官相手にひるまない。


 江元先生は、利沙に対して、猜疑心さえ抱いていた。

 江元先生は首の処置をするため、部屋を出た。


 なぜ、今日ここに警察官がいるかと言うと、

 利沙の再犯の可能性の有無を確認したいと、以前から捜査協力を頼まれていた。


 少年院を出る時、利沙が入るホームの管轄の警察署に、要観察の要請がなされていた。

 そのため、毎週警察官が小立ホームに立ち寄っていた。

 利沙の再犯が確認されたらすぐに身柄を確保できるようになっていた。


 今日の面談で、再犯の確立が低いと分かれば、立ち寄る回数を減らしたり、省く事も出来ると考えていた。


 そのために、面談が始まった時からずっと隣の部屋から、この部屋を見ていた。


 利沙が見ていた鏡は、マジックミラーになっていて、

 相談室の隣には専用の小部屋があり、そこからこの部屋を見たり、話の内容を聞く事も出来た。


 警察官達はここまでの経緯をすべて見ていた。


 しかも、江元先生が鏡を頻繁に見ていた事で、助けを求めていると考えており、

 部屋に入るタイミングを伺っていたところに、事が起こった。

 慌てた警察官は、とりあえず利沙を抑制した。という事。


 利沙は、何が起こっているのかを理解は出来ても、

 なぜなのかは、さっぱり分からなかった。


 確かに、手が先生の首に回ったかもしれない。

 でも、偶然の出来事を一々事件にされたら、たまらない。


 利沙は、とりあえず椅子に座らされていた。

 前には、警察官が利沙をにらみ付けている。


「もう一度聞く、友延利沙だね?」


「…………」

 利沙は答えなかった。すると、


「なぜ、江元先生の首を絞めたんだ?」


「…………」


「なぜ、答えない。ここは、警察じゃない。思った事は話した方がいい」


「…………」


「どうしても、答えないなら、どうなるかくらい分かってるだろう?」


「…………」


「いいかげんに、何か言ったらどうだ? 友延」


「準備いいよね? 何かあるのが分かったみたい」


「やっと、口を開いたな。もう話す気が無いのかと思った」


「話さなかったら、どうするつもりだったの?」


 利沙は、平然と聞いて、その様子は江元先生と話している時と変わりが無い。


「分かって聞いているだろう? 当然、(警察)署に来てもらう」

「はっきり言うねぇ」


「緊張してないな。ふつうこういう状況だと、普段のようにはいかないだろう」


「普段ね。……これが、私のいつも通りだと思われたくない」


「そうか。でも、そんな事が聞きたいわけじゃないよ」


「何が聞きたい? 私に話す事は無い」


「ない、か。じゃあ、さっきはどういう理由で、先生の首に手をやったのかな?」

「偶然。たまたま。ちょっとよろけて。で、手を着こうと思ったら、先生がいた」


「偶然、首があった?」

「そうそう。私は、全然考えてなかったもの、そんな、先生に何かしてやろうなんて」


「都合のいい言い訳だ。私にはそう聞こえたよ」


「……言い訳?」


 利沙は、大きくため息をついて、それからは、話さなくなった。

 一方的に警察官が話し出して、


「今の言い訳が通用するなら、世の中の悪人は、みんないなくなるな?

 江元先生は、面談中、何度も私達に合図を送ってくれていた。

 君が危険だと感じたら、教えてくれるように頼んでおいたからね。

 そして、私達は、いつどのタイミングで入るかを見図っていたんだ。

 そこに、あんな事が起こった。まるで、君が私達の事に気づいていたのかと思ったよ?」


 と、そこに首の処置を終えた江元先生が帰ってきた。

「お待たせしました。ごめんなさい、遅くなって」


 利沙は、先生の首に巻かれた包帯を見て、言葉が出なかった。それに気づいた江元先生は、


「本当は、全然大した事は無いのに、こんなに大げさにされただけだから。

 気にしないで。目障りだと思うけど」


 笑顔でそう告げた。

 それに対して利沙は、立ち上がって謝ろうとしたら、


「立つな、座ってろ」


 と、警察官に押さえこまれ、元の椅子に座らされたので、そのままで頭を下げた。


「先生。すみませんでした。痛みますか?」


「大丈夫。本当に大した事無いから。……まあ、ちょっとだけ」


 江元先生は、笑顔のままで、右手の親指と人差し指で隙間を作って利沙に見せた。

「すみません。先生」


「良かったな。大した事がなくて、これなら傷害罪ですむかもしれないな?」

 警察官のこの言葉に、


「傷害って、いったい何の事ですか? 友延さんは何もしてませんよ」

 江元先生は慌てて、そう告げた。


「先生。御協力ありがとうございました。

 友延利沙は、このまま署の方に連行させてもらいます」


「何の事ですか? 事件なんて起きてません。これは、私の不注意です。

 医師として、不安定な体を支えられなかっただけです。

 もっとしっかり支えてあげられれば、私だってこんな事にはならなかった。

 これは、私が悪いんです」


 江元先生は、利沙と警察官の間に割って入って、利沙をかばおうとした。


「しかし、これは」

 警察官が続きを言う前に、


「これは、事件でも何でもありません。支えきれなかった。私のミスです。

 だから、今日は帰って下さい。友延さんは、今後、事件を自ら進んで起こす子ではありません。

 この子に、事件は関係ありません。……ごめんなさい、友延さん」


 と、最後は、利沙に向かって話したが、警察官にははっきりと厳しい口調で、きっぱりと言い切った。

 警察官も、その迫力に一歩退いたが、まだ、何か言おうとして、


「早く、帰って下さい」


 江元先生の言葉に、二の句が告げなくなり、警察官は、何か一言だけ言って、部屋を出た。


 その後、江元先生は、力なく座りこんでしまった。

「先生、大丈夫ですか?」

 利沙は、慌てて手を出したが、


「大丈夫。ちょっと、びっくりしたの。……私もやる時はやるわね」

 自分でも感心しながら、利沙の手を握って立ち上がった。

 息を整えてソファーに座り、


「本当、ごめんなさい。変な心配をかけたみたいね」

「いいえ。私こそすみません。余計に手を煩わせてしまって」


「そんな事気にしないの。子どもは、本当はもっと自由に生きた方がいいわ。

 ……でも、余計な事を考えさせるように、大人がしているのよね。

 最近の子は、友延さんに限らず、気のきく子が多すぎる。

 もっと子どもらしく生きないと、大人になって後悔するわ。

 もっと、遊んどけば良かったって。

 でも、大人になって気づいた時には遅いんだけどね」


 江元先生は、ソファーにもたれかかったままの姿勢で話した。


「ところで、何の話してたんだったかしら?」

 江元先生は、半分疲れた感じで話したが、その顔は笑っていた。

 利沙は、答えを見つけらずにいると、


「ああそうだ。思い出した」

 おもむろに向き直り、


「私は、あなたにとても興味があります。

 もっといろいろな話しが聞いてみたい。そう思っています。

 どんな風に感じ、どんな風に考えるのか。

 見えている世界も多少違うのではないかとも思うので、事件とかそんな事を抜きにしても。

 たくさん話したい。・・・・・・いいかしら?」


「……まあ、いいですけど」

 利沙の返事に、


「よかった。来週のリハビリの後、時間取っておいていい?」


 利沙が頷くと、江元先生はニコニコしながら予定表に記入していた。


「ありがとう。この事は、内緒ね?」

 江元先生は、自分の首を指差しながら利沙にウィンクした。

 利沙も笑顔で返した。


 その後、利沙は相談室を出て、受付前の待合室で迎えの小立先生を待ち、

 そのまま、迎えに来た先生の車で、ホームへと帰って行った。


 ただ、小立先生は、受付で何か言われたらしいが、その事を利沙に言う事は無かった。


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