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花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: 三布
第二章  進行中
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第二章 16

 小立ホームに戻った利沙は、いつも通りに夕食を済ませてから、

 自習室のパソコンに向かっていた。


 子ども達がしている内容のチェックを行い、修正と追加をしていた。


「夕実、今日はもう寝たら?」

「うん。でも、もう少し」

「無理しない方がいいよ?」


 夕実と里美の会話が聞こえてきた。

 夕食の時に気づいたが、どうやら夕実は風邪をひいているらしい。


「……そうね、そうする。おやすみ」

「おやすみなさい。お大事に」


 夕実は、部屋に帰って行った。

 今、自習室には、利沙と、里美と勇也の中学生、宏と啓太の高校生の五人だけだった。


 その中で、パソコンを使っているのは、今は利沙だけだった。

 みんなにお願いして、点検するからと、いつもより早めにパソコン教室を切り上げていた。


 みんながパソコンに慣れてきたので、思い切ってもう少しレベルを上げてみようと考えていた。


 明日は金曜日。

 いつも金曜日からパソコンを長く触る事が多いので、今日中に済ませておきたかった。

 そこで、今日は夕食後からはパソコンを利沙が独占していた。

 子ども達、特に小さい子達は触りたがったが、


「今日は我慢」


 と、言い聞かせて早々に部屋に帰らせた。

 側で待たれても今日中には終わらないし、集中したかった。

 邪魔者には、退散してもらったという訳だ。


 ただ、パソコンを使わなければ、自習室は本来勉強する場所なので、一向に構わなかった。

 だから、四人はそれぞれの勉強に没頭していた。


 自習室には、四人の鉛筆を走らせる音と、参考書をめくる音。

 それに、利沙の使うパソコンのキーを打つ音だけが静かに流れていた。


 隣のキッチンでは、香先生が明日の準備を整えていた。


 夜は徐々に更けて、いつの間にか自習室には利沙しかいなくなっていた。

 その利沙も作業を終えると、部屋に戻った。

 静かに時間だけが穏やかに過ぎていった。


 翌朝。

 平日の慌しい一日が始まった。


 その中にあって、夕実は体調がすぐれないらしい。

 昨日の風邪がまだ回復していないので、今日は学校を休むと、香先生が連絡していた。


 それを聞いた年少者は、


「いいなあ。お休みできるんだ」


 と、言っていたが、年長者から散々な言われようで、


「おまえな、風邪ひくと体はだるいし、食べたいものは食べられないし、

 ずっと寝てないといけないんだぞ。それでもいいか?」


 と、半分は脅した感じになっていたが、でも、そこまで言われて、


「夕実おねえちゃん。大丈夫?」


 やっと、気遣える言葉が出てきた。

 とにかく、学校に送り出すと、一気に静かになった。


 小立先生も出かけたため、今は、香先生と利沙。

 それに風邪のためベッドに寝ている夕実が、ホームに残っていた。


 夕実はベッドで休んでいるが、利沙はいつも通り二階の掃除を始めた。

 廊下、窓、トイレ、洗面所、ベランダ。

 洗濯機を廻しながら、次々と慣れた手つきでこなしていく。


 ただ、部屋だけは掃除機をかけられないので、雑巾で拭き掃除をしていた。

 片足が不自由とはいえ、十分器用にこなしている。


 その部屋を掃除している時に、夕実は目を覚ました。


「あっ、ごめん。起こしちゃった?」

 利沙は、夕実の方に目をやって、初めて目が覚めている事に気がついた。

 どうもしばらく前から目覚めていたらしい。


「ううん。大丈夫」

「そう。よかった。でも、後にしたらよかったのか? ごめん」


「いいよ。でも利沙こそ、いつもそんな事してるの? ずいぶん慣れた手つきしてる」

「まあね。他に出来る事ないし、学校行ってるわけじゃないし」


「ふうん。ねえ、一つ聞きたいんだけど。

 利沙って、朝何時に起きてるの? 

 私、今朝早く目が覚めたけど、利沙いなかった」


「そうかな? きっと、気のせいよ」

「そんな事無いよ。朝四時ごろも、五時ごろも目が覚めたけど、利沙いなかった。

 帰ってきた様子もなかった。昨日も夜遅かったでしょう?」


 そう言いながら、夕実は体を起こした。

 利沙が気を遣って、


「大丈夫?」

 と、手を出そうとしたが、その手を払いのけて、


「早く起きて、何してるの? 何か都合の悪い事でもしてるの。

 掃除って、その罪滅ぼしのつもり?」


 夕実は、興奮しながら話しだし、止まらなかった。


「小立先生も香先生も、利沙の事で振り回されてる。

 昨日だって何かあったんでしょう? 

 先生困ってた。

 ……利沙は気づかないかもしれないけど、利沙が来てから、香先生白髪が増えたって言ってた。

 昨日、病院で何があったか知らないけど、これ以上先生達を困らせないで。

 私達に迷惑かけないで欲しいの。

 みんな、利沙がパソコン教えてくれたからって、許したわけじゃない。

 ここにいるのも、本当は出て行って欲しいんだよ。言えないだけで。

 ……だから、少しでもここにいたいなら、……考えて行動してよね」


 利沙は、夕実が言い終わるのを待って、


「ごめんなさい。そんな風に思われてたんだね。……少し落ち着いた?」


「いいわ。そんなに気を遣わないで。それより朝早く何してるの? いつ起きてるの?」


「……、別に、これといった事はしてない。」


「じゃあ、何時に起きてるのよ? ずいぶん早いのね。それとも今日だけ、毎日?」


「……いつも同じ。大体三時くらいかな?」

「三時? 何してるの。そんなに早く起きて」


「何? か。そうね、なんて言ったらいいか」

「何よ。何かまずい事してるの?」


 利沙は、言おうか言うまいか迷っていると、

「そんなに言いたくない事なら、ここから出て行って。

 何してるか分からない人と一緒には住めない」


 夕実のまっすぐの視線を受けて、利沙は思い切った。


「そうだね。でも、犯罪に関する事は何もしてないよ。ただ、ちょっと分かりづらいかも」

「いいわ。言って」


 夕実はベッドから起きてきて床に座り、利沙もその夕実と向かい合わせに座った。


「私は、夕実達と同じように学校に通っている時から、ずっと仕事をしてる。

 詳しくは話せないけど、パソコンを使って、ソフトの開発をしているの。

 プログラマーって仕事聞いた事あるかもしれない。

 その仕事に携わっている関係で、ここのパソコン教室に使ってるパソコンも用意してもらった。

 昼間だけだと時間が足らないので、朝の時間を使って仕事をしてる。

 詳しく話せないのは、そことの契約があるから、これ以上は話すわけにはいかない。っていう事。

 ただ、こんな施設にいる子が、仕事を持ってる事は認められない。 

 けど、一人暮らしをするには、保護者や保証人がいる。

 私には、一人暮らしをするだけのお金はあっても、そういった人がいない。

 だから、せめてそういう人が見つかるまでは、ここで暮らすしかない。

 今、そういう人を探してるから、もう少し待って欲しい」


 夕実は、話の内容に驚いたが、


「仕事って、お金? なにそれ、ずっと仕事してるって?

 それって少年院に入ってた時もしてたの、そんな事出来るの?」


「さすがに、少年院にいる時は出来ないけど。だから、後でひどい目にあったけどね」

「ひどい目って、いじめられたの?」


「ああ、違う。違約金ってやつ。……結構高かった」


「イヤクキン? 何、それ?」


「契約違反に伴うお金の事。

 期日までに納入できないとか、契約通りの物が出来ないとか。

 そういった時に発生するの。それに伴うお金の事」


「その、違約金って、いくらなの? 払えるくらいの金額なの?」


「まあ、無茶な金額ではないけど、安くはない。払ったけどね」

「どれくらいなの、具体的に教えて?」


 夕実は、今までになく興味を示した。

 利沙はためらいながら、


「話したくない。私にとって、結構な屈辱だったから」


「でも、だから知りたい。って気持ちがあるんだけど?」

「…………」

「じゃあ、桁、だけでも知りたい。一万とか五万くらい?」

「……ううん。違う」

 夕実は考えて、


「払えるくらいだよね? ……五千円」

 利沙は、吹き出した。


「違う違う。全然違う。もっと上の方」

「ええ、だって払えないよ。これ以上は」


「でしょう? だから、言いたくないの」

「でも聞きたい。誰にも言わないから」


 利沙は、夕実の興味をそらす事が出来なかった。

 今更ながら、話さなければ良かったと後悔した。


「……誰にも話さない? 本当?」

「本当に本当。絶対話さない。約束する」


「そう、……それなら話してもいいか」

「うんうん。大丈夫、約束は守るから」


「そう?」

 夕実の執念みたいなのに、利沙はとうとう根負けした。


「じゃあ、言わないでね。本当に悔しかったから」

「分かった」


 勢い良く頷いた夕実の顔を見て、利沙は小声で。


「五千万」


「……ゴセンマン?」


 夕実は、思った以上の金額を聞いて、大きな声で利沙の言葉を繰り返した。


「しいぃ。静かに」

 利沙は、慌てて夕実の口を自分の手で塞いだ。

 その手の中で夕実は、


「……ごめん。もう、大丈夫」

 利沙は、夕実の口から手を放した。


「いいけど、……声が大きいよ」


「ごめん。ちょっと、っていうか、凄くびっくりした。

 そんな金額聞いた事ない。でも、本当に払ったの? ……五千万」


 夕実は、最後の五千万だけは、特に小さい声になった。


「払ったよ。こっちが悪いし、まだ、仕事続けたいし」

 利沙は、平然と言った。

 開き直っていた。


「そんなお金、どこにあるの。今もある?」

「言ったでしょう? 仕事してたって。だから、あった。けど、今はどうかな? 

 詳しく見てないし、管理は任せてるから」


「任せるって。誰に?」

「専門家だよ。信頼の出来る人」


「ふうん。でも、今も仕事してるんだよね。だったら、お金いっぱい持ってるの?」

「いっぱいかどうかは分からないけど、ある程度は持ってるのかな?」


「さっき、一人暮らしできるって言ってたでしょ。

 ……すごいね。だって、ここ出て行く時は、支度金って出るけど、大した金額じゃないから。

 大学進学あきらめる人って多いんだ。お金って、あるに越した事ないよ」


「そうか。そうだよね。普通は、お金なんて子どもは持ってないよね?」


「そうだよ。しかも仕事持ってるって、それも凄い。就職活動とかしなくていいもんね。

 いいね、特技があって」


 夕実は、ため息交じりに話した。

 少し興奮気味だった。


 それを見た利沙は、

「夕実。絶対話さないでね。約束だよ」

「分かってる。でも、利沙でもそんな事あるんだね?」


 夕実は、ニヤニヤしながら言うと、


「利沙でもって。何?」

「利沙が、パソコンでミスしたっていうのがね。……いいなと思って」


「ミスくらいするよ。色々あったから。

 でも、これは特別だよ。でも、本当に話さないでね」


「大丈夫。約束したもん」

「ありがとう。あっ、体大丈夫? 風邪だったよね。少し休む?」


「そうだった。大丈夫、なんだか、元気になったみたい。寝たからかな、スッキリしてる」

「そう、ならいいけど。でも、無理しないでね。私、片付けてくる」


「うん。ごめんね、無理やりだったかな?」


 その言葉に利沙は、首を横に振るだけだった。

 掃除道具を持って部屋を出て行った。

 夕実は、改めてベッドに入った。


 利沙は、掃除と洗濯が終わると、パソコンに向かって仕事を始めた。

 昨日のうちに子ども達のパソコンのチェックと、ソフトの更新は終わっていたので、

 利沙は、子ども達が帰ってくるまでの間、自分の事に集中できた。


 利沙がパソコンに向かっている間、香先生はあまり利沙に声をかけないようにしていた。


 仕事の事もあるが、香先生は利沙が少し苦手だった。

 どこがと言われると、なかなか言い辛いが、なんとなく関わらないようにしていた。


 特に自習室に利沙がいる時は、キッチンにあまり立っていなかった。

 だから、この日もお昼がすむと買い物に出かけてしまった。


 利沙は、お昼ごはんが終わってからもパソコンの前にいた。


 すると、急に雨が降り出した。


 利沙は、集中していたので気がつかなかったが、二階から、夕実が叫んだ。


「雨、雨が降ってる」


 その声に、利沙は慌てた。

「洗濯物っ!」


 そう言って、メモリーだけ抜くと、パソコンをつけたまま立ち上がった。


 慌てていた。

 

 洗濯物は二階のベランダに干してある。

 自習室横には二階に上がる狭い階段があった。

 それを杖を使って上がると意外に時間がかかる。

 それでも何とか上がると、夕実が雨にぬれながら洗濯物を入れていた。


「夕実。濡れるよ。早く入って。私がするから、早く」


 そう言って、夕実を建物の中に押し込んだ。

「でも、濡れるよ」


「だめ、洗濯物は乾かせばいいけど、風邪ぶり返すと大変でしょう? 

 せっかくよくなってるんだから。早く、ここはいいから、さあ」


 利沙は、強引に夕実を建物の中に押し込んだ。

 仕方なく、夕実はその場を利沙に預けた。


 だからといって、すぐに部屋に行く事もためらわれたので、

 利沙が入れた洗濯物を受け取って、廊下の窓の上や部屋の入り口の上など、

 掛けられるところに掛けていった。


 もう、ほとんど入れ終わった頃。


「最後の分。これ干したら休んで。……結局頼んじゃった。ありがとう」

 利沙が夕実に手渡した時、


「あっ」


 夕実が、利沙の後ろのベランダを見て、声を上げた。


「えっ、何?」


 利沙もつられて、後ろを振り返った。


「ハンカチ? かな、今落ちてった」


 慌ててベランダに飛び出した。

 もちろん、杖を使う利沙より夕実の方が早かった。


 下を覗いていた夕実の側に利沙が行くと、夕実が指差していた先に何か落ちていた。

 ちょうどホームの生垣の向こうに、一枚のハンカチらしいのがあった。


「あれかな? やっぱりハンカチだ。誰のだろう、取ってこないと」


 そう言って、夕実が取りに行こうとして階段に向かっていた。

 それを見て利沙は、


「私が行く。夕実は待ってて。風邪引きさんに、取りに行かせられないでしょう?」


 利沙は、そう言ったが、夕実は、


「でも、外だよ? 利沙は一人で外に行っちゃいけないんでしょう? 

 先生言ってたよ。前に誘拐された事があるから、何があっても外に行かせないようにって」


「大丈夫。すぐそこだよ? 

 これ干したら、夕実はベッドに入ってて。

 私も取りに行って帰ってきたら、仕事片付けちゃうから。


 大丈夫、すぐだよ」


 利沙はそう言うと、杖を持って階段を降りていった。

 夕実は最後の洗濯物を干した。

 そして、ベッドに入るといつの間にか、眠りに落ちていた。


 次に目が覚めたのは、学校が終った子ども達が帰って来た時だった。


「ただいま。夕実、大丈夫? 元気になった?」


 夕実のベッドを覗いていたのは、小学生の奈月と智代だった。


「うん。大丈夫。ありがとう。もう、そんな時間?」

「うん。もうすぐ三時だよ」

「そうか、もうそんな時間か」


 夕実がそう言いながらベッドから起き上がった時、智代が言った。


「ねえ、利沙知らない? 

 先生が探してた。


 パソコンがついたままなんだって」


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