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花が咲く 第一部 ~その時見た夢~   作者: 三布
第二章  進行中
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第二章 14

 あいさつを終えた利沙は、相談室へ向かった。


 相談室は、診察室と同じ広さの部屋に応接室のような雰囲気のソファーとテーブル、

 壁際には、診察用の机がひっそりと置かれていた。


 江元先生は、壁際の机の椅子に座っていて、

 利沙が入っていくと、ファイルを持って、テーブルに置きながら、利沙を誘った。


「いらっしゃい。分かった?」


「はい。でも、ここきれいですね」

「そうでしょう。こっちに座ってね」


 江元先生は、ファイルを開きながら利沙をソファーに促した。

 利沙は、江元先生と向かい合うように座った。


「どう、あれから一週間たったけど、何か変わったところはある?」

 江元先生は、いきなり本題を切り出した。


「そうですね、変わったと思います。私は、いい方に変わったと思います」

 自信を持って言う利沙に、


「そう。何が変わったのか、詳しく教えてもらえますか?」

と、興味を持って江元先生は、利沙に聞いてきた。


「はい。あの後、ホーム側から協力を求められました。

 協力といっても大した事ではなかったですが、パソコン教室をホームで開いています」


「パソコン教室、ですか。どういう経緯で始める事になったの?」


 利沙は、ホームでの経緯を順を追って話した。

 江元先生は、頷きながら聞いていた。


 一通り聞いてから、

「そう、友延さんは納得している事なら、私は反対しませんが?」

「私は、楽しいと思っています。これからも続けたいです」


「それは良い事ね。やりたいと思う事が出来るし、それが望まれてる事なんてないものね?」

 と、笑顔で江元先生は喜びながら、一言だけ追加した。


「それでも注意して欲しい事は、無理をしないという事。これだけは守って欲しいと思います」

「分かってます。無理をするというより、充実してます」


「それは、良かった。本当は心配していたの。

 楽しそうにしてるのが、友延さんを見ていたら伝わってきたわ。良かった」


「私って、そんなに心配かけてました? ……すみません」

「いいの。心配性なだけだから。でも、今のまま小立ホームでやっていけそうね」

 江元先生は確認するように話しかけてきた。


「もちろん、やらなければならない事が、いっぱいあります。

 まだまだ、始めたばかりで。これからが本番なのに、ここで投げ出すわけにはいかないでしょう? 

 頑張ります。みんなのためにも。もちろん、自分のためにも」


「そう。まあ、やり過ぎない程度に、しっかり頑張ってください」

 そう言って、お互いに噴出すように笑い出した。


 そこで、江元先生は、思い出したように。

「そうそう、先週してもらったテスト。結果知りたいよね? ……これなんだけど」


 江元先生は、何枚かの紙をテーブルに並べながら、

「良く出来てました」

 そう言いながら、一枚のグラフの書いてあるプリントを利沙の目の前に置いた。


「これが、成績表です。

 知能テストの結果は、IQ185という事です。とても高い結果が出ました」


 江元先生は、利沙を伺うように見たが、利沙は特に変わりなく、

「ふぅん」

 と、言ったきりだった。

 江元先生は気を取り直して、


「IQ185なんて、とってもすごい事なんだけど、どう、感想は?」

 と、利沙の方をじっと見ながら話したが、利沙はというと、特にこれといった反応は無く、


「そうですか? でも、どうって言われても。

 だから、どうした? っていう感じなんですが」


 江元先生にしてみれば、「頭が良い」と結果が出たのだから、

 もっと喜ぶのかなと思っていたので、正直なところ、利沙の反応の無さに、がっかりした。


 「嬉しくないのか」と聞きたい気持ちを抑えて、こう切り出した。


「こんな難しい問題を簡単に解いたり、パソコンを使いこなしたり、人よりも出来る事がたくさんある。

 それを、どう思っていますか?」


 利沙は、少し戸惑いながら、


「自分が人よりも出来る事が多いとは、全然思っていません。反対に、出来ない事の方が多いと思います」


 江元先生は意外だと思いながら、

「それは、どんな時に思いますか?」


「どんな時? ……例えば、何かしようとしても、思うようには出来ない事ばかり。

 順番が決まっていたり、どう考えても非効率だと思えても、それに従わなければならない。

 簡単に考えればいいのに、なんでも難しく考えようとするし。


 意見が違えば、自分が間違っていても譲らない。


 第一、自分が何よりも優位に立とうとする。


 自分より劣ると思えば優しくする。

 自分が優位に立てない時は、あからさまな敵対心を抱くか、

 その力を使って、自分も恩恵にあやかろうとする。


 それがどんな事でも、私利私欲が手に取るように周囲を理解出来てしまう。

 私は、それがすごく嫌になる。


 何も気がつかなければ、どんなに楽かなって、良く考える。

 なのにIQが高いというだけで、何でもいいように言われるのは、心外です」


「……そうか。そうよね。……」

 江元先生は、考え込むように唸っていた。


「先生。そんなに真剣に考えないで下さい。

 私、そんな深刻になるほどの事はありませんから。

 だいたい、ずっとそんなだと疲れますし、最近は、見なかった事にする事も覚えましたから。

 それにテスト勉強は、今までした事ないし、いい事もありましたから」


 利沙は、慌てて先生に対してそう告げた。

 江元先生は、そんな利沙を見て、


「ありがとう。でも、初めからわかっていたのね? 

 自分が人よりIQというか、頭が良いという事に」


「分かっていた、っていうよりも、なんとなく違うな? って思っていました」

 江元先生からは、利沙が言葉を選んでいるように見えた。それでもあえて、


「違うって、何が?」

 すると利沙は、考えながら少しずつ話し出した。


「違うっていっても、どう言えばいいかが、わかりませんが」


「いいわ、友延さんの感じた通りに話してみて」

 江元先生は、迷っている利沙に、助け舟を差し出した。


「・・・感じた、か」


「そう。思ったでもいいし」

 すると、利沙はおもむろに、こんな言い方をした。


「先生。勉強って、何のためにするんでしょうか? 特に、学校の授業とか勉強って」

「そうね。友延さんはどう思ったの?」


「私はずっと、無駄な時間をかけているように思いました。

 なぜ、わざわざ時間をかけて、同じような事を勉強しなければならないのか」


「時間をかけて?」


「そう。だって、一度見れば分かる事を、何度も何度も繰り返して。なぜするのか分かりませんでした」


「分からない?」


「ええ、同じ事を繰り返して、予習だの復習だの、おまけに宿題やレポートまで。

 何かの研究や、観察なら理解できますが、

 教科書や図鑑で見た事を、そのまま写す事の意味が分かりませんでした」


「それで?」


「それでも、私は何か意味があると思って、提出はしました」


「テストに、意味があると思ったの?」


「はい。でも、ただするだけ。特に意味を見つける事はできませんでした。

 特にテストは、分かっている事を、確認するものだと思っていたら、出来ない人がいる事に驚きました。

 最初は、何がどうして分からないのか、分かりませんでした。

 意味があるとすれば、何が分からないのか、確認するためでしょうね」


「最初は分からなかった?」


「そのうち、出来ない事があるのが普通なんだと、感じるようになりました。

 私の周りでは、出来る子が分からない子に教えてあげる事がよくされていましたし、

 何より出来る子は、注目を浴びていたからです」


「注目を浴びる?」


「ええ、すごいって。テストの点数が高い子は人気者でしたから」


「人気者? 友延さんも」


「いいえ。私はその頃には、あまり出来ない方でしたから。人気者ではなかったです」


「出来ない方?」


「はい。その頃には、私は正直に答案用紙に記入していなかったです。

 あまり、注目を浴びたくなかったので」


「記入しなかった?」


「問題の一部に、わざと書きませんでした。

 嘘をつくのは嫌だったので、何も書かなかったんです。

 担任の先生には何か書くように言われましたが、やっぱり書きませんでした。

 でも、分かってて書いてないと、疑われた事もありません」


「疑われなかった?」


「もちろん、うまくごまかせる程度でしたから。

 全く出来ない振りはしてません。ちょっとだけ、出来ない振りをしただけです」


「出来ない振り?」


「これが、なかなか難しくて。どの程度を答えないようにするのか、良く考えました。

 テストの問題を見て、まず、みんながどの程度正解出来て、どの程度できないのかを予想し、

 それに応じて、自分がどこまで答えるのかを決めました」


「程度を考えたの?」


「はい。だって、周りとあまりにも差がついたら変でしょう? 

 だから、周りと同じような点数になるように調整しました。

 それが、思った通りにいった時は嬉しかったです」


「思った通り?」


「私が、例えば八十点を狙ってて、その通りの点数で帰ってきた時には、本当に嬉しかったです」


「嬉しかった?」


「もちろん、いつもいつも思い通りにいくとは限りません。

 だから、楽しかったです。テストを受けるのも、答案を返してもらうのも」


「テストが楽しかった?」


「はい。ワクワクしました。

 テスト勉強なんてしなくても、一度授業に出たところだったり、教科書に載っている事なら、

 問題を見たら分かりますし、特にテスト問題に関しての勉強はしませんでした。

 ただ、友達がどういった事が難しいと感じるのか、どこが出来ないのかは、確認するようにしました」


「確認?」


「確認っていっても、ただ、一緒に勉強したりするだけですけど。これも楽しかったです」


「楽しかった?」


「友達と勉強するのが楽しかったです。勉強の合間に何気ない話とかの雑談です。

 でも、勉強も楽しかったです。

 色々な考え方を、みんなそれぞれ持っていて、みんなが違っているから、それがとても面白かった」


「みんなの考えている事が、面白かった?」


「考えている事だけではないです。

 しぐさや癖とか。ほら、人間無くて七癖って言うでしょう。

 それって本当だなあって、良く思いました」


「しぐさや癖を見ていたの?」


「見ていたのは、確かですが。

 どちらかというと、そこからその人の考え方とか、得意不得意を見極めていたというか。

 テストの時の参考にしてました。

 これくらいの問題なら、解ける解けないとか、あの人は簡単に解いちゃうだろうな? とか。

 言い方を変えると、リサーチしてた感じかも。

 こんな人はこのパターンで、こういうのが苦手なんだとかを、一人一人比較したりしてました」


「リサーチ、してたの? 友達を?」


「まあ。そうなります。


 例えば、江元先生は、先週私が解いたような問題は苦手ですよね。

 どちらかといえば、本を読むのが好きで、それも小説よりも実録系、歴史物を好んでるとか。


 そういった事がだんだん見えてくるようになりました。

 もし、間違っていたらごめんなさい」


「…………」


 江元先生は、言葉を飲み込んでしまった。


 リサーチされていた。

 一方的なカウンセリングではなく、江元先生が利沙のリサーチの対象になっていた。


 その事に利沙から直接聞くまで気づかなかった事が、ショックだった。


 利沙にショックを受けている事を気づかれてはいないかと気になったが、

 それを聞くわけにもいかずにいると、


「すみません。特に気にしていたわけではなくて、なんとなく。

 そんな気がしただけです。……すみません」


 と、利沙は、軽く頭を下げた。


「いいのよ、気にしなくて。あっ、ちょっと待ってね」

 そう言うと、江元先生は立ち上がった。

 そして壁際の机に向かって歩き出した。


 机に置いてあったプリントに手を伸ばして、何かを探している振りをした。


 利沙は、その後姿を追っていたが、机についた頃には、前を向き直り、壁に掛けてある鏡を見ていた。


 江元先生は、戸惑っていた。

 まさか、自分がここまで見られていて、

 しかも分析されてしまうと、どう接したらいいのか分からなくなった。


 今まで様々な人の面接を行って分析してきたが、自分が知らないうちに分析されていたなんて。


 初めてだった。


 自分がこんなに追い込まれるとは、思った事もなかった。

 自分より頭のいい人を相手にする事はあった。

 どこかの社長だったりした事もあった。

 社会的にも高い立場の人とも接した事はある。


 だけど、ここまでIQの高い人とは接した事はなかった。


 自信はあった。つい、さっきまでは。


 利沙が特別なのか、それともIQの高い人が全員そうなのかは分からない。

 しかし、立場が逆転したような、圧迫感を利沙に感じた。


 いや、今感じた事ではない。思えば最初に会った時からなんとなく、普通の子とは違う印象を受けた。

 それは、家庭環境や生育環境から来るものだと思っていた。

 だからこそ、それまでの経験から、自分に哀れんでいるように解釈していた。


 その正体を、今、見た気がした。


 威圧感。


 利沙には、独特の威圧感がある。

 なんとなく触れられたくないような、それ以上には人を近づけないような。

 なんともいえない雰囲気が漂っていた。


 と、すれば、江元先生は、その入ってはいけない空間に入り込んだらしい。

 そして、利沙は、それを知らせるために、自分の江元先生自身の分析結果を知らせたのだ。


 警告として、これ以上には近づくなと知らせるために。


 本人が自覚しているのか、それは不明だが。


 江元先生は、自分を落ち着ける為にも、何かしなければと感じていた。


 さっきから、時々江元先生は、利沙が見ている鏡に、視線を走らせる事があった。

 利沙と視線が合う事はなかったが、そんな時。


「江元先生。髪に何か付いてるよ。糸くずかも?」

 不意に、利沙が話しかけてきた。


「えっ。どこ?」


 江元先生は、慌てて髪に手をやった。が、なかなか髪についている糸くずまで届かない。


「もう少し右、あっ、行き過ぎ。おしい。もう少し上」


  なかなか取れそうも無い。見かねた利沙が、


「先生取ってあげるよ」


 利沙は、立ち上がり杖を突いて先生に近づいて行った。


「ありがとう。そんなに目立つ?」

「そうでもないけど、ただ、一度目に付くと気になるから」


 利沙が、江元先生の髪に手を伸ばしかけた時、利沙がふらついて先生に寄りかかる様に倒れ、

 それを支えようと振り向いた江元先生の首に、利沙の手が絡んだ。


 結果として、その場面だけを見ると、


 利沙が江元先生の首を絞めた格好になった。


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