* 再 来 其の一 * 3
この旅行で、私たち3人が待ち合わせた塾の本校がある最寄りの駅に着くと、既に父が迎えに来てくれていた。
その日は、そのまま父の車で家路についた。
父の車に乗る時に、「後で香里ちゃんちに行くから」という鈴木先輩の声に軽く手を振った私がいたけれど、それから家へ着くまでの間のことは、あまり記憶にない。
父が「大丈夫か?」と聞いてきたことくらいしか覚えていなかった。
眠ってはいなかったけれど、車の外の景色も、ほとんど記憶にない。
家へ着いてからも、母が心配そうに駆け寄ってきたまでは覚えているけれど、気が付いた時は、自分の部屋のベッドにいた私がいて、何気に目に入った掛け時計の針が、午後の2時を指していた。
あの空間の空気に包まれていた感はまだ少し残っていたけれど、ベッドの頭のところにある目覚まし時計を手に取り、もう一度、時間を確認すると、その目覚まし時計が毎朝、手にしている感触と少しも変わらず、自分の部屋の見慣れた風景と軽い空気は、夢でも幻でないことを私に確信させてくれていた。
それでも、やはり、あの身に振り掛かった様々なことを思うと、現実の世界へ戻って来ることが出来たと確信はしていたものの、まだ、心の一部には疑心があることは否めなかった。
恐る恐るといった感じで、リビングへ行った。
そこにも、いつもと変わらない風景があった。
父は会社へ行ったらしく、母がソファに座ってテレビのワイドショーを観ていた。
これも、私が平日休みの日に見慣れた風景。
それでも、「お母さんだよね?」と声を掛けてしまった私がいた。
旅館での出来事を知らない母は、当然のように不思議そうな顔を向けた。
「えっと……」
何を話してよいか判らなくなっていた。
母親を前に変な緊張があった。
「大丈夫なの?」
心配そうな母。
「何回か見に行ったんだけど、あまりに良く寝ているから起こさなかったのよ」
「また……」
そう言い掛けた私。
その後に続くはずの言葉は出て来なかった。
「また、そんなに良く寝ちゃってたの?」がそれ。
旅館で、何回も深く眠ってしまった私がいたため、「家でも」という感覚だった。
ただ、自宅のリビングの明るさが、あの旅館の明るさとは全く違っていたことが、更に“実際の私の家”ということを意識づけてくれ、母にこれ以上の心配をかけてはいけないと思い、少し無理して笑った。
いつも見慣れているはずの自宅の“明るさ”が、こんなにも安堵を与えてくれていたことに感謝すら覚えていた私がいた。
日常の当たり前と思っていた空間にも……。




