* 逃 避 * 6
「あの……消防の……」
私が、あの消防隊員に伝えたことを聞こうとした時、森田先輩が「しっ!」と口に指を当てていた。
一瞬、その仕草を不思議に思った私だったけれど、すぐに事情がわかった。
診察室には医者と看護師さんがいる。
たぶん、聞かれてはいけない“何か”があったと直感した。
私が目を覚ました時に笑っていた先輩たちに安心してしまっていた私。
いくら笑顔を見せてくれていたとはいえ、あの状況下にいた先輩たちに何もなかったとは言えない……一時でもそのように思ってしまっていた私は、先輩たちに申し訳ない気持ちになっていた。
しかも、私が一足先に旅館を出た事実もある訳で……。
申し訳ないと思いながらも、同時に、また、ゾッとするものを感じたけれど、そこは病院で、取り敢えずは“逃げ出す”的はことは考えないでよかったという気持ちも手伝い、森田先輩の指示に従った。
目が覚めた時には、先輩たちの姿を見ることが出来たという安堵感で、ある意味、興奮していた私がいて気付かなかったけれど、見ると、先輩たちは旅館の浴衣をきたままだった。
それからしても、“何か”があったことは容易に察しがついた。
それでも、私の前では笑顔で接してくれ、平静を保ってくれている先輩たちに、小さな声で「ありがとうございます」と言った私。
相変わらず、二人の先輩は「や~ね~」と笑ってくれていた。
それから1時間ほど経った。
私の点滴も終わり、帰宅してもよいとの診断を受けた。
本当に軽いガス中毒だったみたいだった。
「じゃ、私たちも着替えるから、香里ちゃんも着替えちゃいな」
そう言って、鈴木先輩は、私がこの旅行で着て来た洋服を渡してくれた。
『本当に浴衣で出て来なくてはいけないくらいだったんだ……』
改めて、そう思っていた。
3人がそれぞれ着替え終わり、医者と看護師さんへ挨拶を済ませ、診療所を後にした。
「あ、治療費とか……」
「それは、旅館が払うからいいよ」
「でも……」
「先生にもそう言ってあるし、消防署の人もそう言ってたし」
「そうですか」
「あと、警察の人もね」
森田先輩が最後に付け足すように言った。
「警察……も来たんですか?」
「うん。詳しいことは車の中で話すから、早く!」
鈴木先輩のその言葉に、“一刻も早く”という意味を思った。
私が消防隊員と旅館を出た後、何があったのかは、本当はすぐにでも知りたいところではあったけれど、やはりここでも、二人の先輩の様子で、そこでは我慢した。
そして、私たちは診療所の前に停めてあった鈴木先輩の車へ乗りこんだ。
何だか、懐かしいような……そんな気さえしていた。




