* 呪 縛 * 2
「今、このお部屋を出て……階段……で、ロビーを通って……」
森田先輩がそのように言い出した。
まるで自分を未来へトリップさせている感じで、私たちが旅館から出て車へ乗りこむまでの経緯を辿っている風だった。
私たちは、目を閉じて、私たちの“これから”を予測してくれているであろう森田先輩のそのような様子を黙って見ていた。
「やっぱり、今、出ない方がいいわ」
目を開け、私たちに向かって、はっきりとそう言った森田先輩。
「そうなんですか……」
「どうしてですか?」と聞くつもりもなく、どちらかと言えば、「やっぱり」という感覚の方が強かった。
鈴木先輩も同じ感じに見えた。
そして、私は不意に“あの声”を思い出した。
「イクナ」
「イナ」
昼間の温泉での鈴木先輩への老婆の言葉も「ツレテイクナ」。
そして、フロントへかけたはずの電話の受話器からの「ソコニイナ」。
どちらも、私たちを止めている言葉。
思えば、ガスの臭いがした時も、その声で旅館を後にすることはなく、向かいの部屋へ移った訳で……そして、また、この部屋へ戻ってこなくてはならない羽目になっている事実も確かに存在していた。
「ですね」
私は、もう一度、自分に言いきかせる意味も含め、そう呟いた。
「……ガスは、さっきよりかなり薄いから、出来るだけ、香里ちゃんの方にいよう」
森田先輩の提案だった。
「いよう」と言った森田先輩も、寝るつもりはなく、外が明るくなるまで起きて待つつもりだったよう。
「そうだね」
ずっと黙っていた鈴木先輩も、それに賛同したように、やっと口を開いた。
そして、私の布団を、例のガスストーブから一番遠くの壁まで押し当てるように移動させ、ふたりの先輩も、それぞれの布団をそれぞれが重なるくらいまで、私の方へ移動させた。
先輩達の布団を移動させたとはいえ、今度は、私の布団の上で3人が重なるように座っていた。
会話らしい会話はなかったけれど、3人が固まっていられることで、この旅館へ来て、初めてといった感じくらいの安心できた時間がそこにあった。
そして……。
「……ちょ……」
「マズい……」
「……どうしよ……」
「……た方いい……」
「でも……」
不意に何処からか、そのような声が聞えてきた。
きちんとした会話にはなっていない。
しかし、誰かと誰かが会話をしていることには間違いはなかった。
聞き覚えのある声?
「どうかした……」
そこまで言い掛けた私は、突然、酷い吐き気に襲われ、それ以上の言葉を発することが出来なくなってしまった。
何か反応したかったけれど、吐き気が酷く、「気持ち悪い」という意思表示さえ出来ないでいた。
「相当、酷そうだよよね……」
これは森田先輩の声。
「どうしよう……」
これは、鈴木先輩の声。
自分自身、そのような状況でも、二人の先輩が私を気遣ってくれていることは判断出来ていた。
……気遣う?
そこで初めて気付いた。
あの会話は、私の様子を見て……という感じだった。
『今の自分の状態は言っていないのに、どうして……また、私、変だったの?』
意識が朦朧とするくらい、とにかく気分が悪いのにもかかわらず、そういうことは冷静に判断することが出来ていた。




