* 幻 影 其の二 * 8
「ここ……本当に、人、いるのかな」
鈴木先輩が言った。
「本当に……?」
「だって、夕ご飯の用意もそうだけど、さっきもフロントへは電話通じないし……」
その言葉を聞いて、私は、瞬間、恐怖が蘇った。
『ココニイナ』
あの声と言葉が脳裏に浮かんでいた。
それでも、その時には、平静を装うしかなかった。
無理して平静を装う必要もなかったのかもしれなかったけれど、その時の私達の会話は、私達が“今”いる部屋のことだったから……何となく、そのような気持ちが働いていた私がいたのだった。
「温泉も……そうだったんでしょ?」
あの温泉でのことは、まるっきり記憶にない鈴木先輩だった。
「娯楽室……」
そう言い掛けた森田先輩はそれ以上の言葉は出さずに、ただ私を見た。
私は、森田先輩の鈴木先輩に対する心遣いを感じ、やはり黙って小さく頷いた。
「でも……フロントの人とか、お部屋へ案内してくれた仲居さんとはお話したし……」
“あの”場所からの記憶から逃れたいという潜在意識が働いたのか、少し、話題の矛先を変えた私。
「そうなんだよね……」
「あと、お坊さんもいたし」
「あ、そっか」
お坊さんを見たのは、森田先輩と私。
そのことは鈴木先輩には言っていなかった。
「お坊さん?」
「あ、ちょっと廊下で見かけたんです……よね?」
私は咄嗟にそう返し、森田先輩を見た。
「そうそう。ちらっと」
私に合わせてくれたように、森田先輩も私の方へ視線を向けていた。
「お坊さん……ね……」
何となく腑に落ちないといったような鈴木先輩ではあったけれど、無理もない。
不思議なことが立て続けに起きている、この旅館の中で会ったのが、旅館の人以外、お坊さんというのだから。
誰でも、そのような反応はするとは思う。
「それにしても、人の気配がなさすぎるよ」
「あ!ほら!上の階はお子さんもいるみたいだったし!」
私は、また明るい話題の方向へ話を持って行こうとしていた。
本当に、これ以上の不思議や恐怖は懲り懲りだったから。
「ま、それはそうだね」
やっと鈴木先輩も納得してくられたようだった。
私は……本当は鈴木先輩が言った「誰もいないんじゃない?」という言葉に同意だった。
たぶん、森田先輩も。
数名の旅館の人には会って話までした訳だけれど、あまりにも人の気配が少なすぎた。
いくら、シーズンオフだからと、一般の人の温泉入浴も出来る旅館。
旅館の人も含め、もう少し多くの人と会って当然。
だったら、話した旅館の人やあのお坊さんは!?
私の頭の中は、混乱を極めていたけれど、それ以上、考える余地もなく、とにかく、一刻も早く朝が来ることを祈るばかりであった。
「とにかく、早く、寝ちゃおっ!」
その部屋のことを言いだした鈴木先輩ではあったけれど、やはり、それ以上の話はしたくなかったのか、それまでの不思議と恐怖体験を思い出したくなかったのか、私達にそう言うと、今度は一番はやく、布団にもぐりこんでしまった。
>>* 潜 在 * につづく




